13:宮沢賢治
廣田くんは4年になるタイミングでネーヴェフレスカを辞めたそうだ。実習などで忙しくしていたらしい。
「母校へ実習に行っていたの?」
「いや、S市の小学校に行った」
私は実習中の廣田くんの話が気になって、いろいろ聞こう!と思ったタイミングでマスターが料理を運んできた。
「おまたせ。本日のまかない2つ」
白木のトレーに乗せられたプレートが2つ、テーブルに並べられた。
渋い飛び鉋の大皿に浅く盛られたごはん。その上に薄切りのアボカドが綺麗に並んでいて、中央にはゴロゴロとさいころ状にカットされたマグロと、マグロのたたきが半分ずつ乗っている。白ごまとスプラウトがふわりと散りばめられていて、とっても美味しそう。
浅漬けのような千切りの白菜と、アツアツのお味噌汁も添えられている。
「いただきます」
両手を合わせて、親指にお箸を挟んだ廣田くんがペコリと頭を下げている。私も「いただきます」と言ってお箸を持った。懐かしいな、いつも美夕が一番最初に「いただきまーす」と言って、横山さんと私たちがそれに続いていたっけ。些細な仕草ひとつにも懐かしさがこみ上げてきた。
「美味しい!」
ピリッとわさびが効いたマグロは、オリーブ油なのかな?どこか洋風の感じもして、アボカドととても合う。浅漬けだと思った白菜はピクルスのような味がした。和風のようで洋風のようでもあって、この'まかない'も、最初に感じた違和感を全く感じさせなかった。
「よかった」
お味噌汁を飲んでいた廣田くんが、また小さく笑う。
「廣田くんはよくこのお店に来ているの?」
食事マシーンのように黙々と食べていた5人組は気がつけば食べ終えたようで、もう姿は見えなかった。でも廣田くんと、とても親しそうだったな。賑やかで楽しそうな人たち。
「うん、ほぼ毎週」
廣田くんの居場所に呼んでもらえたみたいで嬉しかった。何よりとっても美味しい。
そこからは質問タイムの再開だった。私ってこんなに喋ったっけ?って自分でも驚くくらいたくさん話した。実習の話は、何度かはぐらかされてしまって聞き出すのに苦労したけれど、最後には観念したのか笑いながら苦労話?を聞かせてくれた。小学生女児に翻弄される廣田くん、なんだか目に浮かんじゃう。
「はい、デザート」
トレーを下げたマスターが、ホットコーヒーとプリンを2つずつ、テーブルに置いてくれる。デザート付きだったんだ。いかにも喫茶店のプリン、と言った見た目をした美味しそうな四角いプリンが、足つきのシルバー皿の上でツヤツヤと輝いている。
「魚は入ってないから安心して食べてね」
ニヤッと笑ったマスターが、2つのトレーを持ってカウンターへ戻って行く。
きっと私の顔が???ってなっていたんだろう。苦笑を漏らした廣田くんが教えてくれた。
「森本水産って知ってる?」
「うん、大きな会社だよね」
「ここ、森本水産の店なんだ」
知らなかった。それでシーフードメニューなんだ。道理で抜群に美味しいわけだ。S駅から近くて、雰囲気も良くて美味しくて。ちょっと宣伝したら大行列になること間違いなしなのに、こうして静かな時間が守られていることが嬉しかった。
「タツも辞めたよ」
横山さんは大学院へ進学して、そこで忙しくしているんだと教えてくれた。廣田くんとはたまに連絡を取り合っているみたい。
「美夕は美容師してる」
「そうか」
言葉は短かったけれど、廣田くんの顔にも懐かしい想いが浮かんでいるようだった。1年前は同じ場所にいたのに、今は全員が別の場所で生活している。
「本屋は長いの?」
「1年になるかな」
ネーヴェフレスカを辞めてわりとすぐに始めたから、1年を少し超えたところ。このまま3月まで続けようと思っている。
「初めて会った」
「そうだね。よく来るの?」
宮沢賢治の詩集を買っていた廣田くんだ。読書好きなのかもしれない。
「うん、たまに行く」
そこからはお互いの読書の話になった。廣田くんはかなりの読書家だった。廣田くん情報の働き虫に本の虫も追加された。私からはそれほどお勧めできる本がなかった。だってほとんど廣田くんが既に読んでいた本だったんだもの。
「来週、岩手行くんだ」
なんでも[宮沢賢治ツアー]なるものがあるそうで、そのツアーで岩手を巡って来ると説明してくれた。先程ランチをしていた「空気Bいたでしょ、あいつと2人旅」なんだって。先週廣田くんが買った詩集は、そのお友達に渡すものだったらしい。きっと自分の詩集は何度も読みこんでいるんだろうな、そんな気がした。
「文豪の軌跡巡り、素敵だね」
また廣田くんの新しい顔を見つけた気分だった。
「帰ってきたらまた会えるかな。お土産買って来る」
「うん、お土産話たくさん聞かせてね」




