12:新たな一面
夜、23時過ぎ。シャワーを浴びて部屋に戻ると、スマホに通知が2件ついていた。タップしてLINEを開く。
[今日はありがとう]
[近いうちに会える?]
1分おきに届いていた2件のメッセージは、今日バイト先で再会した廣田くんからだった。個人宛に届いた初めてのメッセージ。
懐かしいな。廣田くんはチーム横山で唯一スタンプを使わない人だった。いつも短いけれど、必ず文章で返す人。オプチャでもそれは一貫していた。
ありがとうと書いてあるので、まずはそれにお礼を返した。
[お買い上げありがとうございました]
[いつでも大丈夫。バイトは火・金です]
ちょっと文章が変かなと思ったけれど、そのまま送った。意味は通じるよね?
2つ目を書いている最中に既読がついた。今、この画面の向こうでは廣田くんが私の返信を見ている。そう思いながら浮かぶのは、やっぱりチーム横山の日々だった。
数分後、スマホがぷるんと鳴った。
[水曜日、どうですか?]
人気番組のタイトルみたいなメッセージにクスッと笑いがこみ上げる。けれど、廣田くんはそう言った冗談を言うようなタイプではないから。
[水曜日は午前だけなので、午後から空いてます]
なんで敬語になっちゃうんだろう?と思いつつも、そう返信した。
[昼飯、どう?何時頃S駅に着きますか?]
[13時頃には着きます]
[我楽多前でいい?]
廣田くんが指定した我楽多というのは、風変わりな巨大オブジェで、S市民にとって定番中の定番待ち合わせスポットだ。いつも友達との待ち合わせでも使う場所。あの場所ならすれ違う心配もない。
[わかった。遅れそうなときは連絡するね]
「うん、それじゃ水曜日に]
連絡を終えて、早速予定をカレンダーに入力する。「13時我楽多前」
水曜日。通常通り2限目を終えた私は、電車でS駅へ向かった。
西改札を出て、我楽多へ向かう。廣田くんは、私がこの改札から出てくるのがわかっていたみたいに、西改札側で待っていてくれた。5日前、書店で会った時と同じ紺色の細身のピーコートがとても懐かしかった。それは4人で遊んでいた頃から廣田くんが着ていたもの。
「ごめんなさい、待たせちゃった」
「今来たところ。来てくれてありがとう」
なんだかギクシャクとしてしまう。いつも隣で騒いでくれた美夕も横山さんも今日はいない。何か言わなきゃ。
「昼飯、何か食べたいものある?」
そうだった、ランチの約束だもんね。こういう時絶対言ってはいけないNGワードがある。「なんでもいい」これは友達同士の間でも'言ってはならないワードトップ3'だ。それは相手が男の子でも同じはず。
「パスタ以外で。昨日の晩ごはんパスタだったの」
廣田くんが小さく笑った。
「近くにタツとよく行ってた店あるんだ。そこでもいいかな」
「うん、そのお店に行きたい」
線路横の路地を2人で歩く。生まれた時からS市に住んでいるのに、こんな場所があることを知らなかった。目の前の賑やかさから切り離されたように、素朴で落ち着く不思議な空間だった。
「ここ」
両隣をビルに挟まれたそのお店は、絵本の中に出てくるレンガの家みたいだった。僅かに見える東側の壁は蔦で覆われていたようで、残り僅かになった赤い葉っぱが壁にしがみついている。
カラン、と音を立てて廣田くんがドアを開けると、野太い声が一斉に飛びかかってきた。
「おー、律も来たのか」
「一緒に食おーぜ、席詰めろや」
「嫌無理だろ。マスター、隣の席使っていいっす――か.......」
入り口近くの4人掛けボックス席に、ぎゅうぎゅうに座っていた男の子5人の視線が一斉に私に向けられる。途端先程まで聞こえていたマシンガントークがパタリと止まった。男の子もマシンガントークするんだ、あれは女だけのものだと思っていたよ。
「店、間違えた」
廣田くんが心底嫌そうな顔をしている。こんな顔もするんだ、私にはそれが新鮮に映った。
「あー、俺空気Aっす」
「俺は酸素Bです」
「アホか、酸素も空気だべ。お前は空気Bな」
5人組はそれだけ言うと、無言で食べ出してしまった。
「なんかごめん。店変える?」
廣田くんが眉尻を下げて困った顔でドアを閉めた。お店の中に入り込んでいた冷たい空気が外へ追い出されていく。
「ううん、せっかく来たしここで食べよ」
私たちの声が聞こえていたのか、カウンターの中から一際低く通る声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。奥空いてるよ」
お店は逆L字型になっていて、廣田くんは入り口から一番遠い奥の席へ向かった。途中5人組の横を通りかかったけれど、皆さん目の前の料理に夢中だった。
コートを脱いで椅子に座る。タイミングを合わせてマスターがお水とメニューを持って近づいてきた。
「今日は空気悪くてごめんね。今、清浄機[強]にしてきたから」
ちらと5人組に視線を送ったマスターが、ニッコリと笑いながらお水を置いてくれる。私は曖昧に、声を出さず笑みだけを返しておいた。
廣田くんがこちら側にメニューを開いて置いてくれる。LUNCHと書いてあるページには、本日のカレー、本日のドリア、それから'本日のまかない'と3つのメニューが並んでいる。
どうしようーどれもおいしそう、と廣田くんの顔を見たら、人差し指でカウンターをつんつんと指して「メニューはあの看板に書いてある。今日のまかないはマグロのづけ丼だって」と教えてくれた。
とんでもなく豪華なまかないだ。そしてお店とのギャップも相当だった。ちなみにカレーはシーフードカレー、ドリアはサーモンとほうれん草のドリアと書いてある。
「まかない、にしようかな」
「マスター、日替わり2つお願いします」
「あいよー」という返事が返ってきて、私は廣田くんに視線を戻した。視線が合って、少し気まずくなる。
「就職、決まった?」
廣田くんが振ってくれたその話題から、私たちは空いていた1年を埋めるようにお互いの話をたくさんした。
「うん、プリモに。廣田くんは?」
私の内定先に廣田くんは少し驚いた顔をした。
「大手だね、おめでとう。総合職?」
「ううん、地域採用だよ。一般職」
廣田くんが言った通り、プリモは大手と言っていい食品メーカーだ。総合職ともなると女の子でも全国転勤がある。けれど私は転勤のない地域枠採用だ。
「俺も決まった。小学校教諭」
「おめでとう!すごい!廣田くん先生になるんだ!」
小学校の先生かー。廣田くんらしい、のかな。小さな子に囲まれている廣田くんを想像したら、なんだかすごく楽しそう。




