11:再会
正式な内定が出て、卒業後の目処もついた。
週に2回、書店でのアルバイトは続けていた。最後の冬休みに旅行に行くことも決まった。中学からずっと一緒に過ごしてきた大切な5人の友達。6人で相談して行き先は台湾に決めた。最初はヨーロッパに行くつもりだった。「フィレンツェには絶対寄りたい」って子や、「ウィーンは外せない」っていう子もいる中で、私はギリシャに行きたかった。6人全員がヨーロッパに行きたかったのだけれど、「せっかく行くなら夏がいいよね」誰が言い出したんだったっけ――。その一言に全員が納得した。冬のヨーロッパは夜が長いと聞く。6人とはいえ女だけの旅行で長い夜は心配だったから。
「いつか夏に行こうね」そう誓い合って、台湾行きのチケットを予約した。
美夕ともたまに会っている。私は主に愚痴を聞く係。美容師1年目の美夕は、それは忙しい毎日を送っていた。ひと月に休みが6日と聞いただけで、私の本音は「うわ……」だった。学生時代からの彼とは順調に続いているようで、同業者ということもあり、働く店は違えど週に一度の定休日は同じ。働くようになってからのデートは彼の部屋でゲームしたり映画を観るだけで終わっているらしい。
それは月曜の夜。美夕の仕事明けに、焼鳥屋のカウンターで乾杯を済ませたところだった。
「もうさ、休みの日まで歩きたくないわけよ。冷蔵庫にお茶取りに行くのも3回じゃんけんして負けた方が取りに行く」
「私、じゃんけん強いからさ」と笑っているところを見ると、毎回お茶くみさせられているのは彼氏さんのようだ。
それでも美夕の口から一度も「辞めたい」という言葉を聞いたことはない。本人も夢を現実にするための一歩をようやく踏み出したところだって、言ってたっけ。
美夕の話を聞いていると、社会人は大変だな、と思う。今の私にはやっぱり想像でしかわからない世界だ。アルバイトは気楽だもの。
「なんか悪かったね。休日前に呼び出しちゃって」
今日も早く家に帰って寝たかったかな、少し申し訳なく思っていたら美夕が両手をぶんぶんと振った。
「何言ってんの!沙樹は別!私が会いたいの!もっと私を癒してよ」
こういう時だけ甘えた声を出すんだから。可愛い美夕をよしよしして、焼鳥に手を伸ばす。美夕の好きなぽんじりを口に入れてあげると、目尻を下げて喜んでいる。私にとっても美夕のそういう姿を見ることが癒しだよ。
11月のある日、私は書店のカウンターにいた。初雪が降り、根雪になる前のこの季節は街が暗く感じる。窓のないこの空間は季節を無視しているみたいに、規則正しく並ぶ蛍光灯の光が煌々と店内を照らしていた。
1人のお客さんが文庫本を持って近づいてくる。カウンターに置かれたそれは、宮沢賢治の詩集だった。
「お待たせ致しました。カバーをおかけします――か?」
視線を上げた時、目を丸くして驚いている顔と目が合った。
「伊藤さん――」
「廣田くん」
1年ぶりに会った廣田くんは以前と変わっていなかった。ネーヴェフレスカを辞めて以来一度も連絡は取っていない。チーム横山のグループは解散していなかったけれど、トーク画面のうんと下の方へ追いやられていた。
「お願いします」
その声で我に帰る。スリップを抜いて、カウンター下から取り出したカバーをかけて詩集をビニール袋に入れる。テープを留めてカウンターの上に置いた。
「693円になります」
お財布から千円札を出した廣田くんがトレーの上にそれを置く。受け取ってお釣りを渡しておしまい。
「ありがとうございました」
店員と客。そこで終わるはずの関係。けれど廣田くんは少しだけ躊躇うようにお釣りを受け取った後も、その場に立っていた。幸い後ろに並んでいるお客さんもいない。
時間にすればほんの数秒だったと思う。
「――今度連絡していい?」
「うん」
即座に返事を返した。彼も大学生活の中で出会った大切な友達の1人だもの。一瞬のうちに、4人で出掛けた様々な場所を思い出した。
あの頃の私たち――横山さんと廣田くん、美夕と私。4人は大きく2つに分かれていたように思う。動の横山さんと美夕、そして静の廣田くんと私。その中でも廣田くんは圧倒的に静の人だった。仕事中もプライベートな時間でも、彼が声を荒げる姿を見た記憶はない。大笑いしているところも、不貞腐れるような姿すらも見たことがなかった。常に凪いだ海のような人、それが私の知っている廣田くんだった気がする。
その廣田くんが起こしたほんの小さな波。私がその波に気がつくのはもう少しだけ先のことだった。




