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神薙  作者:
第五章
PR
17/20

巫 001

 土曜日、矢野の迎えで凪冴は機関へと向かう。準備運動代わりに朝永や双子と手合わせをした。双子は決戦を観たいと最後まで駄々をこねていたが、仕事だと連行されていった。

 何が起きても大丈夫なようにと、いつもより遙かに物々しい部屋に凪冴は通されていた。随分と頑丈そうであり、神威と戦うことがそれほどリスクのあることだと凪冴は改めて思い知らされる。観ることを許されたのは矢野と朝永だが、二人とも強化ガラスの向こうにいた。

 やがて久我が厳重そうに太刀を持ってきた。そして、彼もまたすぐに出て行き、強化ガラスの向こうで笑む。


 神威が扉を開けて入ってくるわけもない。凪冴も自分の中の変化に気付かないほど鈍感ではなかった。

 その気配を目の前に感じた時には既に凪冴の手にイメージの木刀が握られている。そして、あの白い太刀と交わる。

「よお、出てきてやったぜ? 泣いて喜べ!」

 喜ぶ間も与えないとばかりに彼は仕掛けてくる。見た目通りの非力な子供の力の強さではない。

 神威は笑っていた。綺麗な装束を着て、美少年と言えるその顔で、邪悪にさえ見える笑みを浮かべている。〈鬼〉らしいと言えばそうなのかもしれないが、頭に角があるわけでもない。

「自信がなきゃ、あの木の棒を使ってもいいんだぜ?」

 神威の太刀が凪冴の木刀を打ち砕くが、イメージでの話だ。実体の木刀は矢野に預けている。全て自分の力でぶつかるつもりだった。

 何かを言う代わりに凪冴は力の塊を撃ちつける。実戦で使ったことはない。やってみること自体初めてのことだった。

 しかし、夕夜がそれに近いことをしているのは目にしている。彼はバットで相手を殴るばかりか力をボール状にして打つということをして見せてくれたことがある。

「そんなもんで俺に勝てると思うな!」

 神威が太刀を振るう。それもまた実体のない刀だ。本物は今も隣の部屋、久我の手の中にある。

 だが、心が折れれば刀も折れる。

「私は君の入れ物じゃない!」

 全て綺麗に受け入れたわけではない。納得していない気持ちもある。永希のことならば協力したいが、それ以外は凪冴にとってリアルではない。

 たとえば、これまでの人生を捨てることと、この十日のことを忘れることを天秤にかけられたら凪冴は後者を選ぶが、できるとしても彼らは絶対にしないだろう。

 見知らぬ誰かのために人生を捨てるという選択ができるほどの広い心は凪冴にはない。未練を断ち切ることができないのだ。

「お前は巫女になる。俺は神だ。その依り代になることを光栄と思え!」

 ガツガツと何度も力が激しく衝突する。打ち合う度にジンジンと手が痺れ、ビリビリと空気が震えるようだ。

「君みたいなムカつく神様がいてたまるか! 〈鬼〉でしょ!」

 強く、強く力を込め、木刀を振るう。力が大きくなるほど凪冴の感知も強まる。神威の動きは荒々しい。戦い慣れているのだろう。彼は千年もそうしてきたのだろう。

「……ムカつくって言ったな?」

 神威の動きがピタリと止まったが、チャンスではなかった。彼は迂闊に攻撃できない空気を纏う。

 怒り、あるいは殺気なのかもしれない。神威の白銀の髪がまるで血を吸うように赤く染まっていく。凪冴は恐れない。

「言った」

 臆することなく答えれば髪と同じように赤く染まる目がギョロリと凪冴を睨む。

「人間の分際で!」

 低く唸る声は少年のものというよりは〈鬼〉という生き物なのだと思わされる。

「それが〈鬼〉の本性でしょう?」

「んだと?」

 神威の姿が変化する。額の辺りは盛り上がり、小さな角が生え、指先からは鋭い爪が伸びる。やはり彼は〈鬼〉であるのだと思い知る。人に近い姿を取れるということはそれだけ力を持つということでもあるらしい。

「人から生まれて人を見下して……!」

 千年も生きれば神なのかもしれない。少なくとも神薙機関にとってはそうなのかもしれない。

 だが、凪冴にとっては違う。勝手に自分の中に入ってきた傲慢な侵略者だ。

「俺が認めるのはあいつだけだ!」

 太刀を捨てた神威が爪を振るう。凪冴は見切る。

「最初の巫? 彼女はもういない」

 巫は千年も前に死んだだろう。それから、ずっと彼は孤独だったに違いない。彼は長命で、その辺りに漂っているものとは訳が違う。

「てめぇはあいつにはなれねぇ!」

「なるつもりもない!」

 今度は振るわれた一撃を躱しきれなかった。けれど、怯むわけにはいかない。腹を裂かれる様が浮かんだら、そこで終わりだ。

「君の望みは何? 我が儘放題で選んだ人間の器を使い捨てにすること?」

「違う!」

 神威は否定するが、違わないと凪冴は思った。彼は人間を信用していない。協力するようでその気がない。利用しているだけなのだ。自分の何かの目的のために人の体を欲する。

 久我達はそれを知っていながら、神威に〈鬼持ち〉を差し出す。自分達では〈鬼〉を狩り切れないとわかっているからだ。

 神威はとても強い。今でも彼は本気ではないだろう。力の全てを出しているわけではない。出されたら凪冴は消えるかもしれない。千年生きた鬼に対するのはたった十五年しか生きていない人間の小娘だ。

 勝てるはずがないことは戦う前からわかっていた。

 けれども、ここでの凪冴の勝利は神威を倒すことではない。

 凪冴は言葉の代わりに力を集める。そして、白い木刀から太刀へと変化させる。実物を見たところで定まるわけでもないが、本来木刀は何かを斬れるものではない。それがイメージの邪魔をする。だから、凪冴は最強の刃を思い浮かべるのだ。

 さっと神威の表情が変わったのがわかった。

「お前がそれを使うな!!」

 そんな怒りなど無視して斬りかかるつもりだった凪冴は太刀が砕かれたことに気付かなかった。反応することができなかった。

 それはとてつもない衝撃だった。たとえば、トラックに衝突されたらこうなるのかもしれないと凪冴はぼんやり考えた。わけのわからない内に体が浮いている。滞空時間がとても長いように思える。

 そして、床に叩き付けられ、凪冴の意識は闇に包まれた。


 闇の中で歌が聞こえた。か細い声で、どこか懐かしい旋律で、まるで子守歌のようだ。

 目を開けると白い景色の中に小さな姿がある。一瞬、神威かと身構えて違うことに気付く。

 長い黒髪は染めるということを知らないだろう。透けるような肌を包む純白と目を引く緋色の袴は巫女装束のようだ。かつて夢の中で凪冴も着たことがある。

 彼女の腰にはその時の凪冴と同じようにあの白い太刀が下げられている。

 巫、凪冴は直感した。彼女こそがあの巫なのだ、と。

「そう、私が最初の神威の飼い主」

 言い放つ彼女は凛として美しい少女だった。

「意外なことを言うんですね」

 彼女が本当に巫ならば、千年前の人間のはずだ。そんな冗談を言うとは思えない。否、彼女が本当に巫であるかなどわからない。

「だって、私は…………だから」

「えっ?」

 肝心なところは聞こえなかった。

「神威をお願いね」

 もう一度、答えてくれるわけでもなく、彼女は微笑んで、そして、消えてしまった。


 目を開けて見えたのは神威だった。見下ろされている。

 仰臥したまま天井に目を向ける。やけに高く感じる。神威もそうだ。小さな少年だったはずなのに、妙に大きく感じる。

 そうやって侮ったから負けたのだ。

 勝てなかった。凪冴の思うところの勝利ですら得られなかった。

 たった五日で、どうにかできるはずがなかったのだ。

 それはとんでもない驕りだ。この〈鬼〉のために人生を捧げる覚悟をした者達への冒涜だ。

 じわりと凪冴の目に涙が滲む。

「ナギサ」

 彼にそう名前を呼ばれたのは初めてだったように思う。だが、喜びはない。

「……何ですか、神威、様」

 負けた以上、そうしなければならないのだとわかっていた。結局、器以上にはなれない。

 悔しいのではない。ただただ悲しかったのだ。彼にとって、ただの使い捨ての容器でしかないことだ。共に戦ってはくれないことに。

「様付けなくていいぜ、特別だ」

「えっ……」

 思わぬ言葉に涙が引っ込んだ。聞き間違いではないかとじっと彼を見上げる。

「俺を征服して使いこなすなんて今のお前には無理だ。それは認めろ」

「うん……」

「でもな、お前を使うってのは撤回する。一緒に戦ってやる。俺はお前を使い捨ての器にしない。それなら、怖くないだろ?」

 ニッと神威が笑って手を差し伸べてくれる。体を起こせば打ち付けられた背中が痛んだ。

「君は神威に認められたんだ」

 太刀を手に入ってきた久我は言う。続く矢野も朝永も笑み、実感はまるでないが、凪冴の目から安堵の涙がこぼれた。

「泣くな、馬鹿。俺は昔から女に泣かれるのは苦手だ」

「〈鬼〉なのに、人間っぽいね。なんか、昔の人っぽくもないし」

 神威は困ったように頭を掻いている。その髪色は白に戻っていた。

「千年もの間、俺様がまるで変わらなかったとでも? 今や横文字だって使えるぜ! どうだ、凄いだろ? ちなみに、俺様はチョコレートが大好きだ!」

「変なの」

 ぽろりと率直な感想が漏れた。千年の間、進化したとでも思っているのだろうか。いよいよ千年生きた〈鬼〉というのが胡散臭くなってくるところである。

「チョコを馬鹿にすんな! 初めて食った時、俺様は涙した! 雷に打たれた気分だったぜ」

「〈鬼〉もチョコ食べるの?」

 そもそもの疑問がそこにあった。

「まあ、俺が表に出てる間、五感は俺様のものでもある」

「つまり、体乗っ取って、チョコを食べると……」

「おう、ちゃんと運動しろよ? 前に入った器はブクブク太って大変だった」

 神威は聞き捨てならないことをしれっと言い放った。

「この女の敵! チョコは一日一かけまで! 私の体で勝手は許さない!」

「一かけとか少なすぎるだろ! お前はチョコ好きの敵だな! せめて一枚、一枚だ!」

「〈鬼〉のくせに、板チョコ一枚とかどういう神経してるのよ!!」

「この神威様が戦ってやるんだ、板チョコ一枚ぐらい安いもんだろ! ははん、さてはお前、チョコ一枚も満足に買えない貧乏人だな? どうりで貧相な体つきのわけだ。納得納得」

「……神威、やっぱりムカつく」

 チョコレート好きの〈鬼〉など初めて聞いた。

「チョコなら狸に買ってもらうもんなー」

 矢野が久我を指さす。朝永まで頷く。狸ではないと言いたげな顔をしている久我だが、その通り狸なのだと凪冴も思う。

「買い与えないでください! 女の子がどれだけカロリーを気にするか、久我さんにはわからないでしょうけど!」

「だが、神威と戦うとかなり消耗するはずだ」

 そういう理屈で久我はこれまで言われるがままにチョコレートを与えてきたのだろうか。

「久我さん、神威の餌くらい自分で買えますから」

「餌って言うんじゃねぇ、供物だ、供物!」

 そう言って久我は神威に与えてきたのだろうか。だが、彼は人間、せいぜい数年のことのはずだ。もしかしたら、前任者がそうだったのかもしれない。

「神威、さっさと戻って」

 彼と話しても無駄だと凪冴は思った。体は貸す。しかし、いざとなれば抑え込むしかない。

「俺様に命令すんな」

「戻りなさい!!」

「へいへい。そろそろ疲れたしなぁ」

 こうして出られるなら自分で戦えばいいと凪冴は思う。実際はそういうわけにはいかないからこそ、神威は人の器を欲するのだろう。

「いいか、決戦は新月の夜だ」

 久我が持つ太刀に触れ、神威は振り返る。

「大丈夫なの?」

 新月の夜、永希は〈鬼〉となってしまうのではないか。保たないと三浦は言った。凪冴の脳裏に不安がよぎる。

「俺だって久しぶりだからな。月の力を借りねぇと綺麗にはいかねぇぜ」

「月の力?」

「奴は〈鬼化〉するかもしれねぇ。だが、俺も〈鬼〉だ。新月の力があれば超最強だぜっ!」

 凪冴は神威がただの十四歳の変な子供ではないかと疑った。

「じゃあ、信じて任せる」

 不安がないとは言わない。けれど、彼は欲しかった言葉をくれた。一緒に戦ってくれると言ったのだ。

「もし、裏切ったら、君を消滅させる方法を考えるから」

 絶対に許さない。そう意味を込めて睨めば、神威は肩を竦めて笑った。

「お前にはできそうで怖いよ」

 言い残して神威の姿は太刀に触れ、吸い込まれるように消えていった。

「久我さん、説明していただけますか」

 狸と呼ばれた男を凪冴はじっと見据える。今ははぐらかしてほしくなかった。

「君は神威が出て戦えばいいと思ったかもしれないが、それはできない。彼が今出てこられたのは、ここが特殊な環境だからだ。おそらく、もう出てくることはないだろう」

 寂しいようなそうでないような複雑な気分だった。

「神威が言ったように決戦は新月の夜にするべきだろう」

「手遅れになることはないんですか?」

 凪冴としてはそれが一番気がかりだった。二度目の新月を迎えさせる前に止めなければならないのではなかったのか。

「神威も〈鬼〉だ。彼が何度新月と満月を越えたと思っいてる? その影響力は普通の〈鬼〉の比ではない。彼も久しぶりだし、〈鬼持ち〉としての君もそうだ」

『なぁに、心配になんか及ばねぇさ』

 頭の中で声が響いた。

『約束は守ってやる。俺は神威様だからな』

 ニッと笑うのが見えた気がした。

「信じます」

 凪冴は軽い気持ちではなかった。目的が果たされなければここにいる意味はなくなってしまう。

 永希を救い、遥希を救うことだけが全てだ。今は本当にそれしか考えられない。

 たとえ、神威に認められた後でも変わらない。実感はないが、認められたからこそ、それだけしか見えなくなったのかもしれない。

「まあ、俺もついてるからな」

 頼もしいと思っているのか、矢野は自分の胸を叩く。久我は朝永に目を向ける。

「朝永、お前の謹慎は解除する。もう妙な気は起こさないだろう」

 凪冴は反射的に朝永を見たが、目を逸らされてしまった。

「アサシンだって、恥ずかしがることがあるんだな」

 矢野はずっとニヤニヤと笑い、朝永に睨まれても続けていた。

 その様は仲が良いようでもあって、凪冴が久我と顔を見合わせて笑っていると二人から睨まれた。



 神威に一時的に体を譲ること、初めこそ嫌だったが、心が伴っていれば苦痛でもない。

 お互い信頼するから体を貸し、戦う。その信頼を深める段階にある。彼を受け入れて二日、久しぶりに戦うことに神威が慣れるために凪冴は体を貸してやった。尤も、機関にいる間だけのことである。それ以外は断固として拒否した。

 何もかも許すわけではない。許し難いこともあるわけだ。

 たとえば、神威は男で凪冴は女だ。彼の振る舞いに凪冴はいちいち文句を言わなければならなかった。千年生き、その間女にばかり憑いてきたという神威だが、合わせるという努力はまるでしてこなかったらしい。女心をまるでわかっていない。

 スカートだって初めてではないだろうに、気にする様子がまるでない。とにかくがさつとしか言いようがない。

 今もまた許せない状況になっている。


「あー、最っ高だなっ!」

 凪冴の姿で凪冴の声で、少し低く、そして下品に叫んだ。

『私の体で叫ばないで! 女の子らしくしなさい!』

 凪冴は自分の中から叫ぶ。

「うるせぇなぁ。俺は男だぞ?」

『私の体なんだから!!』

 神威は男で凪冴は女、性格もまるで違う。神威はとにかく豪快だった。

「ここの奴らは知ってんだ。気にすんなよ」

『ここでだって、どこでだって関係ない!』

 彼のせいで奇異に見られるのは凪冴には耐え難いことだった。神薙機関の人間は皆知っているが、微笑ましく見てくれない者も多い。外でこの調子では人の目が痛いものだ。

「やっぱチョコはサイコーだな!」

 目の前にはお菓子の山、休憩室には大量に置かれている。神威の目には毒だと凪冴は思う。

 個別包装のチョコレートを一つ二つと口にし、更に手を伸ばそうとしている。

『チョコは一日一かけまで!』

「うるせぇ、うるせぇ!」

 神威はまずチョコレートに関しては凪冴の言うことを聞かない。

『戻りなさい!』

 叫んで凪冴は主導権を取り戻した。

『もうしねぇ。もうしませんから! だから、そのチョコを一口! もう一個だけでいいんだ!』

「反省しなさい」

 神威が散らかした菓子を戻し、ゴミを捨て、凪冴は溜息を吐く。

「おうおう、またやってるなぁ」

 いつから聞いていたのだろう。矢野はニヤニヤと笑っている。凪冴は神威とやりとりしてるつもりだが、実際は凪冴の独り言だ。

「矢野さんは謹慎解けないんですね」

 謹慎とは言っても機関で雑用をしているだけだが、後から謹慎を言い渡された朝永はすっかり解除されている。命令系統が違うというのもあるのだが。

 もっとも、朝永も現場に出ない時間は凪冴のトレーニングに付き合うと彼は言う。

「あー、もう一生現場に出れねぇかも」

「嬉しそうに言わないでくださいよ」

 矢野は笑顔だった。良からぬことを考えているのが丸わかりというものだ。

「別に俺、一生お前の専属運転手でもいいぜ? 現場に出れなくたって役得役得」

 本当に嬉しそうに言うから困るのだ。彼の本気を実感したとしてもどうにかできるわけではないというのに。

「……真面目に仕事しない人は嫌いです」

「うぐっ……」

「いいぞ、水野。もっと言え」

 その声は突然聞こえてきた。見れば三浦が腕組みしていた。

「三浦さん!」

「私は悲しい。ロリコンを戒めるための謹慎が、まさかロリコンを喜ばせていたなんて……! キリコ姉さんにも証言してもらったのに! 嘆かわしいぞ!」

 休憩室の入り口で彼女は本当に悔しそうにしていた。凪冴がいる休憩室は〈鬼追い〉のものだ。〈鬼狩り〉には別にあるのだが、矢野がそちらに行きたがらないのだ。

 お互いの領地がどうのという面倒な話になるらしい。それに、〈鬼追い〉の方が良い菓子があると言われた。

 実際、双子に連れられて〈鬼狩り〉の休憩室に言ったこともあるが、籠に山のように入っているということもなかった。あえて言うならば、手を出せば祟りがありそうな名前の書かれた菓子の方が多いくらいだ。

 〈鬼追い〉の休憩室にいると仲の良さを感じるが、〈鬼狩り〉の方はまるで逆だ。他のメンバーにはあまり合わないが、良い印象はない。

「サブロー、俺を鍛錬と現場が大好きなアサシンと一緒にされちゃあ困るぜ? 現場に出れなくたって、内勤よりもひどい雑用だって何でもねぇ」

「くそっ、今すぐ送迎の任務と教育係を解任してやりたい……!」

 三浦は壁を叩き始めるほど悔しいようだ。

「まあ、上が決めたことだしね」

 ふらりと現れた咲間は三浦を宥めるわけでもなく、その横を素通りして、凪冴の向かいで菓子に手を伸ばし始める。

「でも、実際ユウがいないときついよね。いちいち〈鬼狩り〉呼んでお小言」

「す、すいません……」

 思わず凪冴は謝っていた。

「なぜ、お前が謝る?」

「私が原因ですよね?」

 三浦は不思議そうにしていたが、凪冴もわかっている。彼女は凪冴にしたことが原因で矢野を謹慎にさせたがった。そうすることで懲らしめられると本気で信じていた。

 だが、実際、全く思い通りにならなかったというところだ。むしろ、矢野は喜んで凪冴の送迎などの雑用をこなしてしまっている。

「でも、悪いのは全部ユウだから」

 咲間は笑う。彼の笑みは人を魅了するが、凪冴には通用しないものだった。彼の〈幻惑〉が通じないとわかれば安心して話すことができる。

「大体、きつかった原因はアサシンまで謹慎食らってたからだろ?」

 矢野はふてぶてしい態度で言う。〈鬼追い〉の中で彼は若手に入るらしいが、そんな謙虚さが彼にあるとは思えない。

「ほとんどの場合、あいつが来るからな……」

 三浦と朝永が同期だからなのか、彼が二軍だからなのかはわからない。

 この数日で朝永と月岡兄弟の行動パターンが違うことはわかった。朝永は主に深夜にパトロールを行うらしかった。確かに高校生が深夜に出歩いていたら何かと面倒だろうと凪冴も思う。二人が仕事に行くのは決まって夕方だ。

「つまり、ユウとアサシンが悪いわけ」

「で、でも、どっちの原因も……」

「こういう時は全面的に男が悪いんだよ」

 自分も男だろうに咲間は言う。

 そういうものなのかと凪冴が三浦を見れば彼女も大きく頷いた。

「水野、頑張れよ。私は全力でお前を応援する。力になると誓おう」

「俺も俺も」

 三浦に続いて咲間は手を上げるが、あまりにも軽かった。

「下心あるやつは黙ってろ!」

「ユウにだけは言われたくないよね。年下のくせに」

「どっちも下心があるんだから、黙れ」

 矢野と咲間はなぜか睨み合いを始めてしまったが、三浦の一喝で互いに肩を竦めた。

 そして、凪冴は彼らの仲の良さが羨ましかった。


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