鬼狩り 001
水曜日、この日も凪冴は矢野の車で神薙機関へ向かう。そう言えば、永希に出会ったのは一週間前であった。
短いような長いような不思議な期間である。色々なことがありすぎたが、まだ終わらない。終わらせたところで本当の終わりは見えもしない。あるのかすらも怪しい。
「矢野さん、送り迎え面倒じゃないですか? って、一回だけ聞いてみますけど、きっと愚問ですよね」
「おう、ナギの専属運転手になれんなら本望だ」
やはり、愚問だったようだ。
転校したら、もう少し通いやすくなるのか。気になるものの、今から気にしていたくもなかった。目の前のことだけを考えるべきだとわかっていた。
今日も瞑想からだというところで、鍛錬場には来客があった。
「よっ、ナギー」
「やあ、ナギちゃん」
にこやかな同じ顔が並んでいる。夕夜と星平、二人は制服を着ていた。高校生だと思うのだが、凪冴は二人の歳を知らなかった。
「事情はアニキから聞いたぜ?」
「そうそう神威と決闘するんでしょ? ユウ兄だけに話すなんて水臭い」
「俺らも協力するぜ?」
「同じ〈鬼狩り〉一軍の仲間だからね」
星平がそう言った瞬間、凪冴は二人が信用できなくなった。仲間というのが、とても胡散臭く感じる。
「うわっ、お前、何だよ、その疑いの目は?」
「感動に目を潤ませてくれたら、チューしてあげたのに」
「お二人だって、神威がほしいんじゃないですか?」
じっと凪冴は二人を見た。
彼らは〈鬼狩り〉だ。神威のために〈鬼狩り〉は鍛える。たとえ、神威が男は嫌だなどとわがままを言おうと、機関には圧倒的に女性が少ないのがわかる。
「俺ら、二人で一人なのに、神威分けられねぇだろ」
「そうそう、共有なんて無理。でも、どっちかのモノになったら、惨劇が起こるよ。双子の本気の殺し合い、見たい?」
あまりに凄惨そうで、凪冴はふるふると首を横に振った。
「こいつらは、まあ、神威に関しては他の奴らとは違うぜ?」
それまで口を挟まず見ていた矢野が言う。敵意は感じられず、双子もまた同じだ。
「矢野さん、お二人と仲、良かったんですね?」
〈鬼狩り〉と〈鬼追い〉は仲が悪いというのがここでの常識だったはずだと凪冴は思う。〈鬼狩り〉は〈鬼追い〉を見下すが、双子の様子はまるで逆だ。
二人の言ったアニキあるいはユウ兄が示す人物は一人しかいないだろう。
「アニキは特別なんだぜ?」
「〈鬼狩り〉の奴らとか大っ嫌いだし、〈鬼追い〉とか正直どうでもいいんだけどね。でも、ユウ兄は違うの」
なぜか双子は矢野を兄のように慕っているらしい。
「お前ら、兄弟愛以外に大事なもんねぇもんな。ブラコン? いや、ある意味自分大好きだよな。遺伝子上ほぼ同一人物なんだろ?」
「でも、アニキは俺らのアニキだからな」
「そうそう、ユウ兄はユヤよりお兄さんっぽいよ」
そう言って、二人は顔を見合わせる。双子であるせいか二人の関係は兄弟であるというより親友という方が近いように思える。
「まあ、とにかく協力してやるってこった。泣いて喜べ!」
「そうそう、抱き着いてもいいんだよ?」
ニコニコと二人は笑っているが、どっちの言うこともする気になれなかった。
「俺らは仕事あるから、いつもってわけにはいかねぇけど」
「でも、時間のある時はいつでも相手してあげるよ?」
「俺は別に修行以外の相手ででもいいけどな」
「結局、メアドとか聞きそびれちゃったし」
二人の話を聞いていると、どこまでも長くなりそうで凪冴は助けを求めるように矢野を見た。
「お前ら、俺を差し置いて口説いてんじゃねぇ」
この場合、矢野に期待したのが間違いだった。
「早い者勝ちだぜ、アニキ」
「そうそう、ユウ兄は十分口説いたでしょ? プレゼントまでしちゃって」
星平は凪冴の手首にはめられたブレスレットを指して言う。凪冴はすっかり矢野からのプレゼントを気に入って入浴や就寝以外の時には肌身離さず付けるようになっていた。それをしているとどうにも落ち着き、集中力が高まるのだ。付けているとなぜか感知能力にも広がりがある。
「何で、それが俺だってわかんだよ!」
「これだったんスか、プレゼント」
「俺達はユウ兄が何か持ってたのしか見てないですからね」
双子はニヤニヤと笑っている。矢野はまんまとはめられたようだ。
「そう言えば、矢野さん、言ってましたよね?」
凪冴は矢野と双子の関係に違和感を覚えていた。矢野はてっきり双子のことも嫌っていると思っていたのだ。その原因となる言葉があったのだ。
「気を付けろって、私に賭けてもいいって」
凪冴が言うと、矢野は思い出してほしくなったとばかりに顔を背けた。
すると、双子はまた顔を見合わせて笑い始めた。夕夜はゲラゲラと星平はクスクスと声をあげている。
「うっわ、アニキ。マジ惚れじゃないっスか。いや、わかるっスよ?」
「まあ、俺はユウ兄とユヤも一緒に四人で、でもいいけどね」
気付けば自分に怪しい笑みが向けられていて、凪冴は気になったことを直球で聞いてみることにした。
「お二人とも暇潰しなんですよね?」
問いかけた瞬間、双子が固まったように見えた。暫く沈黙が訪れ、どうしたものかと凪冴は声をかけようとした瞬間、二人は全く同じタイミングで動き出して顔を見合わせる。
癖なのか、いつもそのタイミングは本当にぴったりだった。双子のシンクロというものなのかと凪冴は思う。人間の神秘を見ている気分だ。
「心外だぜー? 本気本気」
夕夜の口調は軽く、ごまかしとしか思えない。
「口では何とでも言えますよね。私、次のターゲットなんですよね。お二人のゲームの」
「手厳しいね」
星平はただ肩を竦めて見せた。
「アニキは俺らにナギーを取られたくないみたいなんだぜ? 先手打ったつもりってやつ?」
「でも、事実だろ?」
「うぐっ……後輩の恋路を邪魔するなんて……!」
矢野の冷めた視線に夕夜は言葉を詰まらせたが、否定はしない。
「可愛い後輩につく悪い虫を排除するのも先輩の役目だ。それがたとえ、自分の弟みたいな奴らでもな……いや、だからこそ、俺は阻止する!」
矢野は格好付けたつもりだったのだろうか。拳を握り締めているが、凪冴はそろそろうんざりし始めていた。
「今回は違うんスよ。ついに俺らも天使になれるかもしれねぇっス」
「えー、〈双子天使〉より〈双子悪魔〉の方がカッコ良くない?」
「お前らは女絡みじゃあ全く信用できねぇ。散々、サイテーな遊びしてたのは事実だろうが」
必死に弁解しようとする夕夜、どうやら自分達の呼び名を気に入っているらしい星平、その二人を威嚇するように矢野が見ている。
そして、また双子は顔を見合わせ、悪魔と言われるに値するような、何か企んだような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ロリコン気味だとは知ってましたけど、まさか本気になるなんて思いませんでしたよ」
「そうそうアニキがほんっとーに年下に現抜かすなんてな!」
「俺はお前らの本気の方がこえーよ、マジで」
こうなると凪冴はもう置いてきぼりだった。男同士にしかわからない世界を展開されてしまったようだ。
「まあ、お世話になったアニキを陥れるようなことはしないっスよ」
「遠慮して、手を引くとか、応援するとかはないですけどね」
「お前ら……」
矢野では事態の収拾は不可能のようだった。このままでは貴重な時間がなくなると凪冴は危惧した。
〈鬼狩り〉の〈双子悪魔〉が協力してくれるというのは心強い。〈鬼追い〉の矢野では限界というものがあるはずだ。しかし、この調子では先が思いやられるものだ。
「矢野さん、アニキとしてサイテーな遊び、やめさせようとしなかったんですか?」
じーっと凪冴は矢野を見た。慕われているなら、どうして可愛がっている後輩を健全な方向に指導しなかったのか、彼に疑問を持っていた。
すると、夕夜も星平も一瞬ポカンとした顔でやはりお互いの顔を見た。
「そうそう、アニキも同罪だ!」
ビシィッと夕夜は矢野に指を突き付けた。
「やめろとは言ってくれなかったですよね」
微笑んでいる星平も矢野に罪を擦り付けようとしているらしかった。
矢野は黙り込み、コホンと咳払いした。
「無駄話はここまでだ。瞑想始めるぞ」
「あ、あの、お二人ともよろしくお願いします!」
凪冴はペコリと頭を下げる。二人は顔を見合わせて笑った。
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