第6回 託されたもの
光苔の明かりが、やけに眩しかった。
蓮は石柱に背中を預け、そのままずるずると座り込んだ。膝が笑っている。配信中なら、絶対に見せられない姿だった。
保科は何も言わずに、少し離れた岩に腰を下ろした。急かす気配はなかった。
どれくらい黙っていたのか、わからない。
「……バズると思ったんだ」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
「誰も撮ったことのない場所を撮れば、一発で有名になれるって。立入禁止区画なんて、最高のネタだろ」
四年前の秋。
新人免許を取ったばかりの蓮は、同期の拓海と涼太の三人で、東の縦穴を降りた。新人が入れるのは第十層まで。そんな決まりは、カメラを回す興奮の前ではただの数字だった。
第十六層の外れ。黄色と黒のロープが張られ、「崩落危険・立入禁止」の札が下がっていた。
三人で顔を見合わせて、笑いながらロープをくぐった。
最初の十分は、最高だった。崩れかけた天井、見たこともない色の鉱石。これは絶対に伸びる。蓮は夢中でカメラを回した。
崩落が起きたのは、その直後だった。
轟音とともに、来た道が岩で塞がれた。舞い上がった粉塵が晴れたとき、涼太が足を押さえて呻いていた。脛から下が、あらぬ方向に曲がっていた。
そして、闇の奥で何かが動いた。崩落の音に引き寄せられた、大きな影だった。
拓海が泣き出した。蓮は動けなかった。
そのとき、背後の岩の隙間から、誰かが滑り込んできた。
「動くな。声を出すな」
低い声だった。二十代半ばくらいの、日に焼けた男だった。大きな背嚢を背負い、腰には長刀と、もう一振り、短い刀を差していた。
「この区画、外まで聞こえるくらいの崩落だったぞ。何やってんだ、新人だろ、お前ら」
男は怒っていた。けれど、手は止まっていなかった。涼太の足に添え木を当て、影の動きを目で追いながら、天井の亀裂を見上げる。
「こっちは崩れる。北の亀裂沿いに抜けるぞ。そっちに東の縦穴への抜け道がある」
「あの、あなたは……」
「素材採りに来てたんだよ。届け出も出してる、正規の探索だ」
男は少しだけ笑った。
「ロープの向こうに入ったのは、お前らのせいだからな」
男は、涼太を背負って先頭を進んだ。影が近づけば石を投げて気を逸らし、崩れそうな場所では足を止めて音を聞いた。何度も、何度も、三人を振り返った。
抜け道の手前で、二度目の崩落が来た。
男は涼太を前へ放り出すように押しやり、蓮と拓海の背中を突き飛ばした。
振り返ったとき、男と三人の間には、岩が積み重なっていた。人ひとりがやっと腕を通せるほどの、小さな隙間だけを残して。
「行け」
隙間の向こうから、声がした。
「待ってください、今どかしますから――」
「無理だ。上がまだ崩れる。いいから行け」
隙間から、腕が伸びてきた。その手に、短い刀が握られていた。
「これ、妹に渡してくれ」
蓮は、震える手でそれを受け取った。
「仕上げの素材を採りに来たんだ。完成したら渡すって、約束してて……妹の名前は、あか――」
三度目の轟音が、言葉を呑み込んだ。
粉塵が収まったとき、隙間は、もうどこにもなかった。
「……出口に着いたのは、二日後だった」
蓮は、膝の上で握った拳を見つめていた。
「涼太は足を引きずってたし、拓海はずっと泣いてた。外に出て、病院に行って、それで……誰にも言わなかった」
言えなかった。言えば、自分たちが立入禁止区画に入ったことがばれる。免許は取り消される。それに、あの人が死んだのは、自分たちを助けに来たせいだ。
責任を問われるのが、怖かった。
「名前も知らなかったんだ。あの人の名前も、妹さんの名前も。……いや」
蓮は、自嘲するように笑った。
「調べようと思えば、調べられたんだよな。行方不明者の情報なんて、いくらでも出てたんだから。調べなかったのは、知るのが怖かったからだ」
腰の短刀に、手が触れた。四年間、潜るたびに差してきた。手放せなかった。手放したら、あの日のことまで、なかったことにしてしまう気がした。
「俺たちがすぐに通報してたら、あの人は助かってたかもしれない」
返事はなかった。
顔を上げると、保科はじっと蓮を見ていた。慰める言葉も、責める言葉も、その口からは出てこなかった。
「……どうするんだよ。警察か? 管理局か?」
「私は保険の調査員です」
保科は静かに立ち上がった。
「私が確かめなければならないのは、陽介さんがどこで、どうして亡くなったのか。それだけです」
両手首の鎖が、小さく鳴った。
「その場所を、教えてください」
蓮は目を見開いた。
「行くつもりかよ。あそこは今も立入禁止だぞ。崩落だって、いつまた起きるか――」
「知っています」
保科は、事務所で書類を受け取るときと同じような顔で答えた。
「仕事ですので」




