第5回 配信者の嘘
第十四層の東側は、蓮のお気に入りの撮影場所だった。
ねじれた石柱が林のように立ち並び、岩肌を這う光苔が、青白い筋を闇に描いている。照明を足さなくても画になる。視聴者の評判もいい。
「はい、ということで! 今日も第十四層、東エリアからお届けしてまーす」
浮遊カメラに向かって手を振ると、手首の端末に流れるコメントが一気に加速した。
――きたあああ!
――レンくん今日もかっこいい!
――石柱エリアすき
――短刀見せて!
久我蓮は笑顔のまま、腰の短刀に軽く手を添えた。
「これ? いつものやつね。こいつがないと始まらないんで」
――命の恩人のやつだっけ
――エモい
コメントを読み上げかけて、蓮は一瞬だけ言葉に詰まった。すぐに次のコメントを拾い、笑い声でごまかす。
慣れたものだ。四年間、ずっとそうしてきた。
三日前にも、またあのメッセージが届いていた。
その短刀をどこで手に入れたのか教えてください。兄が打ったものなんです。
送り主のアカウント名は、akari。
開いて、読んで、閉じた。返事は書かなかった。書けるはずがなかった。
……妹さんの名前、アカリっていうのか。
四年かかって、ようやく知った。知ったところで、どうすることもできなかったけれど。
「よし、じゃあ今日は奥の縦穴のあたりまで行ってみようか」
気持ちを切り替えるように、蓮は歩き出した。
縦穴の真下で異変に気づいたのは、視聴者のほうが先だった。
――上!
――なんかいる
――うえうえうえ
蓮が顔を上げると、縦穴の暗がりから、何かが音もなく降りてくるところだった。
人だ。
一本の鎖を岩に掛け、それを伝って、まるで階段でも下りるように静かに降りてくる。着地の瞬間すら、ほとんど音がしなかった。
くすんだ紺色の作業着。両手首の革帯から垂れた二本の鎖。剣も杖も持っていない。
――誰?
――スタッフ?
――コラボ?
――鎖www
「えーっと……どちら様、ですか?」
蓮は配信用の笑顔を貼りつけたまま尋ねた。こういうとき、慌てた顔を見せるのが一番まずい。
男は鎖を手元に巻き取ると、作業着の胸ポケットに手を入れた。
取り出したのは、名刺だった。
「本郷橋ダンジョン生命の保科です。レンさんですね」
――保険屋wwwww
――ダンジョンで営業すんなw
――名刺出てきたwww
コメント欄が笑いで埋まる。蓮もつられて笑いそうになった。
けれど次の一言で、その笑いは喉の奥で凍りついた。
「一ノ瀬陽介さんについて、お話を伺いたいのですが」
蓮の指が、反射的に端末を叩いていた。
配信終了。
浮遊カメラの赤いランプが消え、コメントの流れが途切れる。光苔の青白い明かりの中に、自分と男だけが残された。
心臓がうるさい。
「……配信中にそういうの、困るんですけど」
「申し訳ありません。止めていただけて助かりました」
男――保科は、最初からそうなるとわかっていたような顔で頭を下げた。
「三十万人の前でする話ではありませんから」
蓮は唇を舐めた。落ち着け。この男が何を知っているというのか。
「誰ですか、それ。一ノ瀬……? 知らない人です」
「その短刀を打った方です」
保科の視線が、蓮の腰に落ちた。
「柄頭の灯籠の透かし。一ノ瀬鍛刀所の跡取りだった陽介さんが、妹さんのために打っていた守り刀です。妹さんが、配信を見て気づかれました」
akari。
会ったこともない彼女の顔が、浮かんだような気がした。
「……これは、もらったんです。ずっと前に、ダンジョンで知り合った人から」
「その方のお名前は」
「覚えてません」
「命の恩人なのに、ですか」
蓮は言葉に詰まった。
保科は責めるでもなく、淡々と続けた。
「陽介さんは四年前の秋、第十六層に潜ると届け出を出して、そのまま戻りませんでした。当社の救助員が三日かけて捜索しましたが、痕跡はひとつも見つかっていません」
「だから、俺は関係ないって――」
「久我さんの探索者歴は四年。新人免許を取られたのも、四年前の秋ですね」
保科は手帳を開いた。
「管理局の入退場記録を確認しました。保険金の支払いに関わる調査ですので、閲覧の許可が下ります」
背中を、冷たい汗が伝った。
「四年前の十月十二日。陽介さんが入場したのと同じ日に、あなたを含む新人三名の入場記録があります。新人免許で入れるのは第十層までです」
保科は顔を上げた。
「ところが、あなた方が出てきたのは二日後の明け方。出口は、第十六層からしか繋がっていない、東の縦穴のゲートでした」
何か言わなければ、と思った。
言い訳でも、嘘でも、何でもいい。この四年間、ずっとそうしてきたように。
けれど、喉から声が出なかった。
光苔の明かりに照らされた保科の目は、どこまでも静かだった。怒ってもいない。軽蔑してもいない。ただ、すべてをわかっている目だった。
「久我さん」
保科は、静かに言った。
「あなた方は四年前、第十六層の立入禁止区画にいましたね」




