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ダンジョンの保険屋さん〜最強の保険調査員、救助も講師も営業もこなす社畜無双〜  作者: あいうえワをん
第1話 名刺の行方

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第4回 支払い保留

 灯が帰ったあと、事務所にはしばらく、壁掛け時計の音だけが響いていた。


「兄は生きているかもしれない」と言ったときの灯の目を、保科は思い出していた。あれは、願望にすがる人間の目ではなかった。確かめると決めた人間の目だ。


「あの、保科さん」


 まなみが、遠慮がちに口を開いた。


「さっきのお話、よくわからないところがあって。行方不明の人の保険金って、どうなるんですか? 死亡保険なんですよね。死んだかどうかわからないのに」


「いい質問です」


 保科は灯が置いていった封筒を手に取った。


「ダンジョンでは、遺体が見つからないことが珍しくありません。崩落に巻き込まれたり、魔物に持ち去られたり。でも、遺体がないから払わない、では、遺族はいつまでも生活の目処が立ちません」


「確かに……」


「なので当社の規約では、行方不明の状態が一定の期間続いた場合、亡くなったものとみなして、受取人に保険金を支払うことになっています。一ノ瀬陽介さんの場合は、その期間がもうすぐ満了する。だからご家族に、手続きのご案内を送ったんです」


 まなみは付箋に何かを書き込んだ。


「じゃあ、もし本当に生きてたら?」


「そもそも死亡保険金を払う理由がありません。契約もそのまま続きます」


「生きてたら、みんな助かるってことですね」


「そうなります。ただ」


 保科は封筒を机に置いた。


「もうひとつ、可能性があります。本人が生きていて、家族もそれを知っていて、わざと行方不明を装っている場合です」


 まなみが目を丸くした。


「えっ、そんなこと」


「ダンジョンで消えるのは、借金や面倒事から逃げるには都合がいい。何年か隠れていれば、家族には保険金が入る。実際に過去、そういう事例がありました。そうなると、保険金の不正請求です」


「灯さんは、そんな人には見えませんでしたけど……」


「私もそう思います。ですが、それを確かめるのも私たちの仕事です」


 そのときだった。


「聞いたぞ」


 社長室のドアが、いつの間にか細く開いていた。


 剛三が、のっそりと出てくる。ずっと聞き耳を立てていたらしい。


「一ノ瀬のとこの倅の件だな。小野寺、保険金はいくらだ」


「えっ、あ、はい。少々お待ちください」


 まなみが慌てて端末を叩く。


「えっと……三千万円、です」


 剛三の眉が、ぴくりと跳ねた。


 この春から、本郷橋ダンジョンでは事故が相次いでいた。救助要請はいつもの倍を超え、保科たちが駆け回っているおかげで、加入者の死亡はかろうじて出ていない。だがその分、救助にかかる経費は膨らむ一方だった。そこへ三千万。剛三の頭の中で、算盤の珠が弾ける音が聞こえるようだった。


「支払いは保留だ」


 剛三は太い指で、保科の机をとんと叩いた。


「生きてりゃ払わずに済む。偽装なら不正だ。どっちにしろ調べてこい」


「社長。今週は講習が三コマと、届け出の確認が四十件、それから別件の現地調査が二件――」


「合間にやれ」


「合間がありません」


「作れ」


 剛三はそれだけ言うと、社長室に戻っていった。今度は、ドアはきっちりと閉められた。


 保科は小さく息を吐いた。


 手帳を開く。来週まで、空いている枠は一つもない。


 その日、保科が仕事を終えたのは夜の十時を回ってからだった。


 正確に言えば、終えていない。照明を半分落とした事務所で、保科はパソコンの画面を見つめていた。


『レンのダンジョン日記』


 灯に教えられたチャンネルの動画を、古いものから順に流している。


「保科さん、まだいたんですか」


 帰り支度をしたまなみが、衝立の向こうから顔を出した。


「調べものです。もう帰っていいですよ」


「その配信、灯さんが言ってた人ですよね」


 まなみが画面を覗き込む。


「でも、どうやって会うんですか? 灯さんがメッセージ送っても返事がなくて、ダンジョンまで探しに行っても会えなかったのに」


「同じ第十四層といっても、広さは本郷橋の街ひとつ分あります。闇雲に探して会えるものではありません」


 保科は動画を止めた。


「ですが、配信には必ず背景が映ります」


 画面の中では、蓮が岩壁を背にして喋っている。その背後に、ねじれたような形の石柱がいくつも並んでいた。


「この石柱は、第十四層の東側にしかありません。地下水が染み出して、岩が溶けてできたものです。それから、この苔」


 保科は画面の隅を指さした。岩肌に、青白く光る苔が筋のように生えている。


「光苔は、風の通り道に沿って生えます。この生え方なら、すぐ近くに上の層へ抜ける縦穴がある。東側でその条件に合う場所は、二か所しかありません」


 まなみは、ぽかんと口を開けていた。


「……保科さん、それ全部覚えてるんですか」


「十年潜っていれば、嫌でも覚えます」


 保科はチャンネルのトップページに戻った。


 最新の投稿は、配信予定の告知だった。


 ――明日夜八時から生配信! 今回も第十四層でいきます!


「行くんですか」


「行きます。生配信なら、映像を見ながら場所を絞り込めます」


 それに、と保科は胸の内でつぶやいた。


 画面の中で、蓮は今日も腰に例の短刀を差していた。どの動画でも、一度も欠かしたことがない。


 もらいもの。命の恩人の。


 灯は、兄が生きていて、その刀を誰かに渡したのだと信じている。


 だが、四年前の捜索で、陽介の痕跡は何ひとつ見つからなかった。そしてこの配信者の探索者歴は、プロフィールによれば、ちょうど四年だ。


 保科は手帳を開き、明日の講習が終わる時刻の横に、小さく書き込んだ。


 第十四層、東。

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