↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンの保険屋さん〜最強の保険調査員、救助も講師も営業もこなす社畜無双〜  作者: あいうえワをん
第3話 ナチュラルボーンワン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/32

第7回 地上の大名行列

 帰り道は、拍子抜けするほど何も起きなかった。


 いや、正確には、何も起きなかったわけではない。岩陰から魔物が顔を出すたびに、保科が鎖で地面を叩く。ずん、という音が響く。魔物が逃げていく。その繰り返しだった。


 ルナは途中から、それを数えるのをやめた。


「えー、みんな。たぶん今、十七回目です」


 ――十八回目な

 ――数えてて草

 ――もうBGMだろこの音

 ――ずん(魔物退散)


 コメント欄は、すっかり保科の鎖の音に慣れてしまっていた。


 行列の先頭を、保科が黙々と歩いていく。そのすぐ後ろに、松尾夫妻。千鶴は夫の腕に手を添えて、ゆったりとした足取りでついていく。それから鷹宮の討伐部隊、剣崎の精鋭部隊、そして最後尾に、ルナのパーティ。


 ルナは、浮遊カメラを操作する手を止めて、少し考えた。


 そういえば、保科の顔を、ちゃんと撮れていない。


 カメラはずっと、行列全体を映していた。保科は常に先頭で、映っているのは背中ばかりだ。網を張ったときは正面から撮れたはずだが、あのときは網に照明が反射して、顔のあたりは白く飛んでいた。名刺を渡されたときは、自分が興奮しすぎて、カメラの向きなど気にしていなかった。


 ルナはそっとカメラを前に飛ばし、行列の先頭へ回り込ませようとした。


 その瞬間、保科がわずかに顔を背けた。


 偶然かもしれない。前方の暗がりを確かめただけかもしれない。けれど、カメラが保科の正面に回り込むたびに、なぜか保科は横を向き、下を向き、あるいは岩陰の魔物に向かって鎖を振るった。


 ――顔見えねえwww

 ――てか画質荒すぎて、正面でも顔わからんだろ

 ――下層の生配信なんてこんなもん

 ――保険屋の素顔求む


「……だめだ」


 ルナは、カメラを最後尾に戻した。


 なんとなく、それ以上は撮ってはいけないような気がした。




 地上の光が見えたのは、出発してから半日が過ぎた頃だった。


 正面ゲートの出口に近づくにつれ、外のざわめきが聞こえてきた。大勢の人の声。カメラのシャッター音。誰かが拡声器で何かを叫んでいる。


「……報道陣だ」


 鷹宮が、顔を引きつらせた。


 当然だった。討伐連合は、大々的に送り出されたのだ。帰還を待ち構えて、報道陣が集まっていないはずがない。しかも、ルナの配信で、ダンジョンの中で何が起きていたかは、すべて世間に筒抜けになっている。


 ゲートの外に、光が満ちていた。


 行列の先頭が、ゲートをくぐる。


 その瞬間、無数のフラッシュが焚かれた。


「出てきたぞ!」


「討伐連合だ!」


「鷹宮隊長、成果は!」


 報道陣が、一斉に押し寄せてくる。


 ルナは最後尾から、その光景を見ていた。


 フラッシュの嵐の中、行列がゲートから出ていく。松尾夫妻が、にこやかに手を振っている。鷹宮が、引きつった笑顔でマイクに囲まれている。剣崎は、袋を担いだまま、仏頂面で報道陣をかき分けている。


 そして、ルナは気づいた。


 先頭にいたはずの作業着の男が、どこにもいない。


「……あれ?」


 ルナは、人混みに目を走らせた。


 いない。紺色の作業着も、二本の鎖も、どこにも見当たらない。ゲートをくぐった瞬間までは、確かに先頭にいたはずなのに。


 報道陣も、同じことに気づいたらしかった。


「先頭にいた作業着の男性は、どちらに!?」


「配信に映っていた、鎖の男は!?」


 記者たちが、口々に叫ぶ。鷹宮も剣崎も、きょろきょろと辺りを見回した。


 誰も、保科がどこへ消えたのか知らなかった。


「鷹宮隊長! 討伐の成果について、一言お願いします!」


 マイクが、鷹宮の口元に突きつけられた。


「深層の魔物の討伐は、成功したんですか!?」


 鷹宮は、しばらく口をぱくぱくさせていた。


 それから、絞り出すように言った。


「……全員、無事に帰還しました」


「討伐は!?」


「……全員、無事に帰還しました」


 鷹宮は、同じ言葉を繰り返した。それ以上は、何も言わなかった。


 隣で、剣崎がマイクを向けられていた。


「組合として、今回の結果をどう受け止めていますか!」


 剣崎は、背中の袋を、どさりと地面に下ろした。


 袋の口から、白い髪がこぼれ出た。


「……白髪鬼の髪だ。組合に持ち帰る」


「倒したんですか!?」


「倒してねえ」


 剣崎は、それだけ言って、袋を担ぎ直した。


 記者たちが、顔を見合わせた。


 ルナは、手首の端末に目を落とした。


 ――討伐連合(一匹も倒してない)

 ――全員無事で帰ってきたのは保険屋のおかげ

 ――保険屋どこ行った

 ――消えたwwwww

 ――仕事に戻ったんだろ

 ――名刺の人、かっこよすぎる


 同時接続者数は、三十万を超えていた。


 ルナは、浮遊カメラを自分の顔に向けた。


 何を言えばいいのか、わからなかった。ただ、言いたいことは一つだけあった。


「えーと……みんな。今日は、ありがとう」


 ルナは、少しだけ笑った。


「私たち、生きて帰ってこられました。保険屋さんのおかげで」


 配信を切る。


 浮遊カメラの赤いランプが消えた。


 ルナは、ポケットから名刺を取り出した。


 株式会社本郷橋ダンジョン生命。調査員/救助・講習担当/営業。保科守。


 ゲートの向こう、報道陣の人垣の向こうに、本郷橋の商店街が続いている。


 その雑踏のどこかを、あの作業着の背中が、何事もなかったかのように歩いているのだろう。報告書を書くために。次の救助に向かうために。


 ルナは、名刺をそっと胸に当てた。


「……保険、入ろうかな」


 誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。