第7回 地上の大名行列
帰り道は、拍子抜けするほど何も起きなかった。
いや、正確には、何も起きなかったわけではない。岩陰から魔物が顔を出すたびに、保科が鎖で地面を叩く。ずん、という音が響く。魔物が逃げていく。その繰り返しだった。
ルナは途中から、それを数えるのをやめた。
「えー、みんな。たぶん今、十七回目です」
――十八回目な
――数えてて草
――もうBGMだろこの音
――ずん(魔物退散)
コメント欄は、すっかり保科の鎖の音に慣れてしまっていた。
行列の先頭を、保科が黙々と歩いていく。そのすぐ後ろに、松尾夫妻。千鶴は夫の腕に手を添えて、ゆったりとした足取りでついていく。それから鷹宮の討伐部隊、剣崎の精鋭部隊、そして最後尾に、ルナのパーティ。
ルナは、浮遊カメラを操作する手を止めて、少し考えた。
そういえば、保科の顔を、ちゃんと撮れていない。
カメラはずっと、行列全体を映していた。保科は常に先頭で、映っているのは背中ばかりだ。網を張ったときは正面から撮れたはずだが、あのときは網に照明が反射して、顔のあたりは白く飛んでいた。名刺を渡されたときは、自分が興奮しすぎて、カメラの向きなど気にしていなかった。
ルナはそっとカメラを前に飛ばし、行列の先頭へ回り込ませようとした。
その瞬間、保科がわずかに顔を背けた。
偶然かもしれない。前方の暗がりを確かめただけかもしれない。けれど、カメラが保科の正面に回り込むたびに、なぜか保科は横を向き、下を向き、あるいは岩陰の魔物に向かって鎖を振るった。
――顔見えねえwww
――てか画質荒すぎて、正面でも顔わからんだろ
――下層の生配信なんてこんなもん
――保険屋の素顔求む
「……だめだ」
ルナは、カメラを最後尾に戻した。
なんとなく、それ以上は撮ってはいけないような気がした。
地上の光が見えたのは、出発してから半日が過ぎた頃だった。
正面ゲートの出口に近づくにつれ、外のざわめきが聞こえてきた。大勢の人の声。カメラのシャッター音。誰かが拡声器で何かを叫んでいる。
「……報道陣だ」
鷹宮が、顔を引きつらせた。
当然だった。討伐連合は、大々的に送り出されたのだ。帰還を待ち構えて、報道陣が集まっていないはずがない。しかも、ルナの配信で、ダンジョンの中で何が起きていたかは、すべて世間に筒抜けになっている。
ゲートの外に、光が満ちていた。
行列の先頭が、ゲートをくぐる。
その瞬間、無数のフラッシュが焚かれた。
「出てきたぞ!」
「討伐連合だ!」
「鷹宮隊長、成果は!」
報道陣が、一斉に押し寄せてくる。
ルナは最後尾から、その光景を見ていた。
フラッシュの嵐の中、行列がゲートから出ていく。松尾夫妻が、にこやかに手を振っている。鷹宮が、引きつった笑顔でマイクに囲まれている。剣崎は、袋を担いだまま、仏頂面で報道陣をかき分けている。
そして、ルナは気づいた。
先頭にいたはずの作業着の男が、どこにもいない。
「……あれ?」
ルナは、人混みに目を走らせた。
いない。紺色の作業着も、二本の鎖も、どこにも見当たらない。ゲートをくぐった瞬間までは、確かに先頭にいたはずなのに。
報道陣も、同じことに気づいたらしかった。
「先頭にいた作業着の男性は、どちらに!?」
「配信に映っていた、鎖の男は!?」
記者たちが、口々に叫ぶ。鷹宮も剣崎も、きょろきょろと辺りを見回した。
誰も、保科がどこへ消えたのか知らなかった。
「鷹宮隊長! 討伐の成果について、一言お願いします!」
マイクが、鷹宮の口元に突きつけられた。
「深層の魔物の討伐は、成功したんですか!?」
鷹宮は、しばらく口をぱくぱくさせていた。
それから、絞り出すように言った。
「……全員、無事に帰還しました」
「討伐は!?」
「……全員、無事に帰還しました」
鷹宮は、同じ言葉を繰り返した。それ以上は、何も言わなかった。
隣で、剣崎がマイクを向けられていた。
「組合として、今回の結果をどう受け止めていますか!」
剣崎は、背中の袋を、どさりと地面に下ろした。
袋の口から、白い髪がこぼれ出た。
「……白髪鬼の髪だ。組合に持ち帰る」
「倒したんですか!?」
「倒してねえ」
剣崎は、それだけ言って、袋を担ぎ直した。
記者たちが、顔を見合わせた。
ルナは、手首の端末に目を落とした。
――討伐連合(一匹も倒してない)
――全員無事で帰ってきたのは保険屋のおかげ
――保険屋どこ行った
――消えたwwwww
――仕事に戻ったんだろ
――名刺の人、かっこよすぎる
同時接続者数は、三十万を超えていた。
ルナは、浮遊カメラを自分の顔に向けた。
何を言えばいいのか、わからなかった。ただ、言いたいことは一つだけあった。
「えーと……みんな。今日は、ありがとう」
ルナは、少しだけ笑った。
「私たち、生きて帰ってこられました。保険屋さんのおかげで」
配信を切る。
浮遊カメラの赤いランプが消えた。
ルナは、ポケットから名刺を取り出した。
株式会社本郷橋ダンジョン生命。調査員/救助・講習担当/営業。保科守。
ゲートの向こう、報道陣の人垣の向こうに、本郷橋の商店街が続いている。
その雑踏のどこかを、あの作業着の背中が、何事もなかったかのように歩いているのだろう。報告書を書くために。次の救助に向かうために。
ルナは、名刺をそっと胸に当てた。
「……保険、入ろうかな」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。




