第9回 劉曄、曹操と張繡の戦いを見守る
曹操は、対袁紹戦に全力を注ぐため、その邪魔となる宛城の張繡討伐に乗り出した。
この知らせは、すぐに劉表の下にも届いた。劉表が側近たちに聞く。
「曹操がいよいよ動き出した。我らは、同盟を結んだ張繡殿のために何をするべきか。」
蒯越が答える。
「曹操軍に張繡軍では、多勢に無勢と言えましょう。本来なら至急援軍を編成して送るのでしょうが、今回は援軍を送らずに、物資の供給だけをする、ということで如何でしょうか。」
「その理由を教えてくれ。」
「先日、賈詡殿が張繡軍は我々の盾になる、と申しておりました。実際に、それだけの実力があるかどうか見極めるのでございます。」
「なるほど・・・。」
「恐らく籠城戦になるでしょうから、兵糧の手配をして送るのが一番かと存じます。」
「そうか・・・。蔡瑁、軍事の責任者としてのお主の考えはどうだ?」
「蒯越殿の意見に賛同致します。今回は、物資の供給のみでよろしいかと。」
「わかった。では、早急に兵糧の手配をして、戦が本格化する前に、宛城に届けてくれ。」
―一〇日後―
劉表の下に急報が届いた。
「張繡、曹操に降伏をする」というものであった。普段は温厚で、ほとんど感情を高ぶらせない劉表が激怒した。
「降伏!それも、こんなに早くか!何が、この荊州の盾になるだ。何の役にも立っていないではないか!」
蒯越が言う。
「劉表様のお怒り、ごもっともです。これでは、兵糧を曹操にくれてやったのと同じことです。」
蔡瑁が言う。
「まさか、こんな展開になるとは・・・。こちらとしても、早急に対曹操の事を考えねばなりますまい。」
「うむ・・・。どうしたものか・・・。」
劉表のこの呟きに、劉曄が答える。
「ご心配には、及ばないと思います。」
「劉曄殿、なぐさめならいらぬぞ・・・。」
「いえ、そのようなものではございません。これは恐らく、軍師の賈詡殿が仕掛けた“偽降の計”であると思われます。」
「なに!偽降の計、だと。」
「はい。もし、これだけ早く降伏するのであれば、そもそも賈詡殿がわざわざ劉表様に会いに来て、軍事同盟の話などする必要はございません。」
「・・・。劉曄殿、詳しく話してくれ。」
「はい。賈詡殿は普通に戦って曹操に勝てないことは十二分にわかっていると思います。そこで、降伏をすることで油断をさせ、その隙をついて反攻に出るものと思います。」
「そんな事が可能なのだろうか・・・。」
「普通であれば難しいと思います。しかし、賈詡殿の智謀と張繡殿の武勇があれば、不可能を可能に転じる力はあると思います。」
「なるほど・・・。劉曄殿の話を一縷の望みとしつつ、曹操への備えを早急に行わなければなるまい。蒯越、蔡瑁、頼んだぞ。」
蒯越と蔡瑁は拝礼して退出した。
こうして、荊州は戦に備えてあわただしく動き出した。
―数日後―
劉表の下に急報が入る。
「曹操軍、敗退」というものであった。
劉曄の言うように、賈詡は偽降の計を仕掛け、見事に成功をさせたのである。曹操はこの戦いで長男の曹昂と身辺警護を任せていた剛勇の士、典韋を失った。目の当てられぬほどの、敗北であった。
この一報に、荊州中が湧いた。いつ曹操軍が攻め込んでくるかと、民たちも恐れながらの暮らしを強いられていたのである。
劉表は劉曄を呼び出して言った。
「劉曄殿!まさにお見事!劉曄殿の話の通りになった!」
「見事なのは賈詡殿と張繡殿です。私は何もしておりません。」
「何を言うか!その見識で、これからも私の事を助けて頂きたい。」
「わかりました。では早速、申し上げておきたい儀がございます。」
「何でも言ってくれ。」
「曹操は今回の敗退を受けて、そう遠くない将来に、再び宛城を攻撃するでしょう。復讐も兼ねますので、今回よりも大軍となると思われます。」
「うむ・・・。それで?」
「今回は兵糧の提供のみ行いましたが、次の場合、確実にこちらから援軍を送る必要があります。それも、大規模なものでなければなりません。」
「それで、曹操に勝てるのか?」
「恐らく、荊州から大規模な援軍が来るほど、強固な関係ではないと曹操は読むと思います。」
「なるほど・・・。わかった。劉曄殿の話、よく覚えておくことにしよう。」
全ては、劉曄の予測通りの展開となった。
そして、再び、その予測が当たることになるのである。




