第8回 劉曄、賈詡に感服する
劉曄は劉表に賓客の待遇で迎えられた。
劉表の周りには、劉曄以外の名士も大勢いたが、政治においては蒯越、蒯良の兄弟、軍事においては蔡瑁であり、この三名は荊州出身で、劉表の政治と軍事を全面的に支えていたと言える存在である。
その他、北方の戦乱を避け、学者や文化人も多く集まってきていた。襄陽は非常に活気にあふれ、劉表の本拠地にふさわしい場所といえる。
今のところ、大きな問題は起こっていない。
しかし、世の中は刻一刻、止まることなく変化をし続けている。
まず、劉曄が大人物であると考えた孫策が、暗殺により死亡した。弟の孫権が跡目を継いだが、孫策ほどの軍略の才は無いと見えて、しばらくは大きな動きはなさそうだ。
これは、劉表から見れば東からの脅威が軽減したと言える。
そして、孫策の死によって、動き出したのが、曹操である。
曹操は、常に江東の孫策の動きを警戒していたが、死亡したことにより、大きな決断をする。北方の雄、袁紹との対決である。そして曹操は、差し当たって自分の背後と言える宛に割拠している張繡を討伐することを決めた。
そしてその張繡から、襄陽の劉表の下に「流浪の軍師」として名高い賈詡が使者として送られてきた。
劉表は早速、賈詡に会うことにした。劉曄も側近の一人として話を聞く。劉表が言う。
「これは天下に名高き名軍師、賈詡殿。本日は、どの様なお話かな?」
「はい。劉表様も既にご存知かと思いますが、袁紹と曹操の対決の機運がにわかに高まって参りました。曹操は、その手始めとして、自分の背後にいる我々張繡軍を討伐するために動くと思われます。」
「なるほど・・・。それで?」
「我々が滅びれば、劉表様と曹操は国境を接することになります。そうならないためにも、我々をご支援いただき、劉表様の“盾”としてご利用頂ければと思います。」
「私が支援をすれば、張繡殿が盾となり、曹操と戦うということか・・・。」
「はい。劉表様のご支援を頂ければ、勝算は十分に立ちます。決して、お互いに悪い話ではないと思います。」
「なるほど・・・。皆の者は、どう思う?」
劉表は、側近たちに諮問した。まず、軍事の責任者である蔡瑁が答える。
「確かに、張繡殿が宛を押さえていることで、軍事的な緩衝地帯の役割を果たしております。同盟を結ぶことは検討する価値はあると思います。」
続いて、内政の責任者である蒯越が答える。
「実際にこちらから派兵までするのかどうかは議論の余地がありますが、物資面での支援は十分可能かと存じます。」
「そうか・・・。それでは賈詡殿・・・。」
「お待ちください。」
劉表の言葉を遮った者がいる。劉曄である。
「劉表様。確かに、蔡瑁様と蒯越様のご意見は的を射たものといえましょう。しかしながら、張繡殿が名将であり、賈詡殿が名軍師と雖も、本気になった曹操の圧力に最後まで抵抗できるとは思いません。そうなれば、こちらの出したものは、全て無駄となってしまいます。そこで、提案と致しましては、張繡殿には劉表様の家臣になって頂くのが一番であると考えます。曹操と国境を接することになりますが、宛城は要衝と言えます。取られる前に、取るべきです。」
「劉曄殿・・・。張繡殿の使者である賈詡殿の前での発言とは思えませぬぞ・・・。」
ここで、賈詡が言う。
「いえ、劉表様。そちらの劉曄殿のご意見が一番正しい。もし、私が劉曄殿の立場であれば、同じ提案をするでしょう。」
「なんと・・・。天下の名軍師賈詡殿が同じことを。」
「私が名軍師かどうかはさておき、一番理に適っている意見であるのは事実であると思います。しかしながら、我が主である張繡としては、今はまだ誰にも膝を屈することはできない、と申しており、本日は同盟という段でお伺いさせて頂いた次第です。」
「うむ、承知した。この劉表、張繡殿と軍事同盟を締結しよう。支援は惜しまん。ただし、先ほど申し上げていた通り、我々の盾となるお役目は果たして頂きますぞ。」
「もちろんでございます。今後とも、よろしくお願い致します。」
賈詡は拝礼し、退出した。退出した賈詡を劉曄は追いかけて言う。
「しばし、お待ちくだされ。」
賈詡が後ろを振り向くと、そこには劉曄がいた。
「賈詡殿。ご高名は伺っております。あの場での何事もなかったかのような切り返し、この劉曄、感服致しました。」
「私も劉曄殿の様なお考えをする人が、劉表様の陣営にいらっしゃるとは思っておりませんでしたので、些か驚きは致しました。」
「また機会があれば、お話するお時間など、頂きたく思います。」
「そうですね。私も、あなたとはいずれまた、お会いする様な気がします。その日まで、ご健勝で。」
賈詡は拝礼し、劉曄も拝礼を返した。
こうして、戦の機運は高まりつつあった。
そして、とうとう曹操が動き出すのである。




