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三国志・劉曄伝ー曹操の影として生き切った漢ー  作者: 涼風隼人


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第61回 劉曄、樊城攻防戦(一)

 劉備は、念願の漢中を支配下に置き、しばらくしてから漢中王を名乗った。既に魏王に昇った曹操への対抗である。

 

 そして、荊州の一切を任されている関羽は、ここぞとばかりに、樊城攻略へと兵を動かす。

 

 樊城を守るのは、曹操軍きっての守りの名将ともいうべき曹仁である。そこに、後に「鉄壁の満寵」と言われる満寵が副将として駐在していた。しかし、樊城はそれほど規模が大きい城でないことから、兵は五〇〇〇程度であった。

 

 関羽は主力三万を率いて、樊城を包囲。樊城を孤立させるため、別動隊一万にも襄陽を包囲させた。襄陽の守将は呂常である、兵力は、七〇〇〇。

 

 曹操は、関羽が侵攻してきたということで、焦りを感じ、すぐさま于禁に兵三万、遊軍として龐徳に兵二〇〇〇を託し、出陣をさせた。

 

 ここで、曹操軍に不運が重なる。

 

 于禁は低地に布陣をしたが、長雨による漢水の反乱で、于禁軍は水没をしてしまったのである。関羽は、ここで水軍を活用して攻勢に出る。

 

 于禁は曹操に仕えて、三〇年は経つ宿将と言えるが、打つ手なしということで、関羽に降伏した。

 

 一方、漢中を陥落させたときに降伏した龐徳は、曹操に仕えてまだ数年であるが、最後まで抵抗して忠義を貫き、惜しくもその命を落とすことになった。

 

 樊城も既に水浸しの状態となり、兵糧も間もなく尽きようとしていた。曹仁は撤退を考えたが、ここで副将の満寵が、「ここは歯を食いしばって耐えるべき。ここが落ちれば荊州の全ては関羽に帰すことになる」、と説得し、曹仁は死守する覚悟を決めたのである。

 

 曹操は、追加の援軍として、徐晃を派遣した。

 

 徐晃は十分な兵力が無いため、まず、樊城と襄陽の中間に位置し、関羽軍の圧力で孤立していた偃城を奪い返し、ここでじっくりと徴兵を行い、兵力を整え、一万を確保することに成功した。

 

 曹操は、芳しくない戦の展開を見て、遷都も検討したが、劉曄は止めた。

「魏王。遷都などする必要はありません。曹仁様、満寵殿、そこに徐晃殿が加われば、勝利の道は啓けましょう。」


「そうか・・。そうだな。守りに関して、その三将に勝る者などおらぬか。」


「はい。大丈夫でございます。」


 ここで、司馬懿が発言をする。

「魏王。私より、提案をさせて頂いてよろしいでしょうか?」


「構わん。申せ。」 


 司馬懿は言う。

「この策は蒋済様と考えたのですが、関羽は、この樊城、襄陽の攻撃に、荊州のほとんどの兵力を投入しております。それは孫権と同盟を結んでいるから、若しくは、孫権など自分の留守を狙う度胸もあるまい、と侮っているからです。ここは、孫権を焚き付けて、今こそ関羽を討つべし、と持ち掛けては如何でしょうか。」


「なるほど・・・。がら空きの関羽の本拠地を、孫権を使って取らせるのか・・・。確かに、妙案だ。劉曄、お前はどう考える?」


「蒋済様、司馬懿殿の策、採用すべきと存じます。孫権は必ず、乗ってくるでしょう。」


「わかった。すぐさま、使者を立てよう。」


 こうして、曹操は、孫権に使者を送り、形勢逆転を狙うのである。 

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