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三国志・劉曄伝ー曹操の影として生き切った漢ー  作者: 涼風隼人


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第60回 劉曄、漢中防衛戦

 とうとう劉備が、曹操に牙をむいた。

 

 漢中奪取に立ち上がったのである。

 

 曹操軍で漢中の守備についているのは、夏侯淵と張郃という、歴戦の名将である。

 

 今回、劉備の軍師としてつくのは諸葛亮ではなく、法正である。法正の能力はかなりのもので、劉備も大きな信頼を寄せている。法正が言う。

 「以前、もし曹操が張魯から漢中を奪った勢いで益州に攻め込んできたならば、我々は為す術もなく敗戦した可能性がありました。しかし、天は我々に時を与えてくれました。この間、国力は大いに増し、今こそ、中原への玄関口とも言える漢中を奪取するべきです。劉備様、ご決断ください。」

 

 劉備はこの言葉に漢中奪取の決意をしたのである。

 

 手始めに、呉蘭と雷同を下辨に向けて進軍をさせた。

 

 この知らせを聞いた曹操は、曹洪と曹休を下辨に急行させることにした。

 

 そして、自らは大軍を率いて長安に入城した。

 

 下辨での戦いは、曹洪と曹休が、見事に呉蘭と雷同を討ち取り、勝利をおさめたのである。

 

 緒戦は曹操軍の大勝利と言えるものであった。

 

 しかし、今回の劉備軍は諦めない。

 

 下辨の戦いの応援として南鄭から出撃した夏侯淵と張郃は、陽平関を越えて進軍をしていた。

 

 そこを劉備が隙をついて、陽平関に進軍し、夏侯淵と張郃は退路を断たれてしまう格好となったのである。

 

 陽平関を境ににらみ合い続いたが、劉備軍は定軍山へ陣を移した。

 

 夏侯淵は、これを劉備が引いたと判断し、定軍山に向かって進撃をする。しかし、ここで劉備軍の百戦錬磨の名将、黄忠の奇襲にあい、夏侯淵は討ち取られてしまった。

 

 夏侯淵死す、の報に接した張郃は、大混乱に陥っている軍を冷静沈着な判断で立て直し、最小限の被害で退却をした。

 

 曹操は、自ら軍を率いて進軍中にこの報を聞いて、この戦を夏侯淵の死に対する報復戦として、全軍の士気を高めた。

 

 しかし、今回の劉備は粘りに粘り、曹操軍の方が押される格好となった。兵站線も伸びきっており、兵糧の心配も出てきたのである。

 

 ここで曹操は劉曄に言う。

「やはりあの時、お前と司馬懿の言葉を聞いていればよかったな。」


「それはもう、過ぎ去った話です。残念ですが、今回はこのまま戦い続けても、勝機を見出すのは難しいかもしれません。」


「そうか・・・。司馬懿、お前はどうだ?」


「劉曄様のおっしゃる通りかと。長引けば長引くほど、相手を調子づかせ、こちらの傷は深くなると思います。」


「漢中は、劉備から見れば中原への入口。私から見れば、劉備を益州に閉じ込めておく関門であった。これを奪われるということは、劉備の確固たる独立を私自身、認めざるを得ないということだな・・・。」


 劉曄が言う。

「いずれにしても、引くか、それとも戦いの継続をするかのご判断をお願い致します。」


「漢中を失うのは惜しい、本当に惜しい。しかし、止むを得まい、全軍、退却とする。」


 劉曄と司馬懿は拝礼した。


 こうして、まさかの敗北により、曹操は漢中を失うことになった。そして、新たなる戦いが、荊州で始まろうとしていたのである。 

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