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三国志・劉曄伝ー曹操の影として生き切った漢ー  作者: 涼風隼人


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第58回 劉曄、再び濡須口へ

 魏王就任後、曹操が最初に起こした大規模な軍事行動は、再びの濡須口侵攻であった。

 

 まず、曹操は大軍を連れて合肥に入った。

 

 そして、合肥を少数精鋭で守り抜いた張遼や諸将を労い、今回の遠征軍に編入した。先鋒を託すのは、孫権軍に恐怖の対象とされている張遼である。

 

 今回も四〇万の大軍である。

 

 意気揚々と濡須口に進軍を開始する。

 

 ところが、ここで曹操軍を根底から揺るがす事態が起きる。

 

 なんと、今回も当然の様に従軍していた荀攸が、突然亡くなってしまったのだ。原因は不明であるが、いつも朝の早い荀攸が全く出てくる気配が無いので、家臣が見に言ったところ、床に就いたまま亡くなっていたという。

 

 この知らせを聞いて、曹操は人目を憚らず哭泣した。

 

 荀攸はほとんどの戦において、参謀の筆頭として参加しており、誰よりも曹操の気持ちを汲んだうえで、最善の策を提示するという、替えの効かない存在であった。

 

 長男の曹丕にも、この荀攸の事だけは見習うように、と申し伝えていたほどであった。

 

 しばらくして落ち着いた曹操が劉曄に言う。

「荀攸は常に我が意をくみ取り、それを活かした最善の策を立て続け、我が国をここまで大きくすることに貢献したまさに、第一級の功臣である。劉曄よ、お前に荀攸の代わりになれとは言わないが、より一層、我が言葉に耳を傾けてくれ。そして、お前なりの提言、献策を期待している。」


「かしこまりました。魏王のおっしゃる通り、私如きでは荀攸様の代わりになど、当然なれません。しかしながら、私なりの視点で、私なりに魏王の気持ちを考えたうえで、今後は尽くせるように致します。」


「劉曄よ、お前ばかりに多くを望んで済まないと思っているが、お前はそれだけの器だ。今後もよろしく頼む。」


 劉曄は拝礼して立ち去った。


 劉曄はこの遠征に、何やら不吉なものを感じた。


 荀攸の死が、それを曹操に知らせているような気がした。


 こういった、非論理的な思考は、劉曄の忌み嫌うところではあるが、これから更に何かが起きるような悪寒を感じた。


 そして、実際に、劉曄の悪い予感は的中する。


 この大軍に疫病が蔓延したのだ。兵だけではなく、有能な家臣たちも、続々と帰らぬ人になった。


 まず、ここ最近、若き参謀として注目を浴び、今回も帯同している司馬懿の兄である、司馬朗である。続いて、王粲や陳琳といった有能な文官たちも多く亡くなってしまった。


 司馬懿は、兄を常日頃から尊敬しており、その悲しみは図り知れないものであったろうが、哭泣をした後は、何事も無かったかの様に立ち振る舞った。劉曄はこの若き参謀の姿を見て「末恐ろしい漢よ」と感じた。


 この疫病の影響で、一時撤退をすべきという声もあったが、曹操は果敢に進軍を続行した。そして、濡須口に布陣をしたのである。


 対する孫権軍は、孫権自ら率いる七万。今回も呂蒙が、自ら造り上げた城塞、濡須塢で防備を固めている。


 曹操軍は、先鋒の張遼をはじめ、諸将が激しい攻撃を浴びせ続けるが、孫権軍も傷を負いながらも、頑強な守りで耐え抜いていた。


 そして、両軍、打つ手がなく膠着状態になる。


 この間も、疫病の猛威は止まらず、曹操軍の被害は拡大の一途をたどった。


 しかし、孫権軍も例外ではなく、疫病の猛威に晒されていたのである。


 曹操はまだ誰にも言っていないが、撤退を視野に入れて考えていた。そこへ、孫権から使者がやって来た。曹操はすぐに会うことにした。劉曄は当然、同席する。使者が言う。

「私は孫権の側近く仕える徐詳と申します。魏王に申し上げます。我が主孫権は、この戦をやめることを強く願っております。是非、和睦をしていただけませんでしょうか。そのお願いをお聞きいただければ、我が主孫権は、魏王に臣従の礼を取らせて頂きます。」


 曹操が答える。

「なるほど。それが本当であれば、こちらにとっても良い話である。しかし、口では何とでも言える。はい、そうですか、と信用を出来る話ではないな。」


「どの様にすれば、信用を頂けますでしょうか?」


「そうだな・・・。互いに、婚姻を結ぶのはどうだ。両家から姫を出し、以前の様に今一度、婚姻関係を結ぶのだ。それなら、そちらの申し出、受けてやろう。」


「かしこまりました。この話、お受け致します。」


「ほう、徐詳殿、孫権殿に確認はしなくていいのか?」


「はい。こちらで出来る事であると判断できることは、即答して構わない、と申しつけられております。」


「徐詳殿は孫権殿の信用がかなりある人物というわけだな。わかった、それでは、両軍撤退の上、その後、両家互いに姫を出し合い、婚姻を締結。孫権殿には臣従してもらう、これでよいな?」


「はい。問題ございません。それでは、これにて失礼をさせて頂きます。」


 徐詳は拝礼して立ち去った。曹操が劉曄に聞く。


「劉曄よ。今回の申し出、どう見る?」


「はい。孫権軍も苦しかったのは事実で、落としどころを探っていたのでしょう。臣従、というのは魏王におかれましても、心から信じていることではないと思いますが、通婚することで、多少の効果はあると思います。そして、孫権の本当の狙いは・・・。」


「狙いは、何だ?」


「荊州に未だに居座る劉備の家臣、関羽を討ち取ることだと思います。」


「関羽か・・・。なるほど。そちらに注力するために、こちらに動かれると困るということか・・・。」


「恐らくは。いずれにしても、和睦が成った以上、長居は無用です。速やかに、退却をしましょう。」


 こうして、濡須口での戦いは、孫権が臣従を申し出て、曹操が通婚の条件を出したことで和睦が成立した。


 そして、漢中に不穏な動きが生じるのである。

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