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三国志・劉曄伝ー曹操の影として生き切った漢ー  作者: 涼風隼人


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第56回 劉曄、漢中攻略戦(三)

 張魯が降伏したことにより、漢中の攻略は成功したと言ってよい。曹操は、ここで一旦満足をした。

 

 しかし、満足をしなかった者が二人いる。

 

 劉曄と、若き参謀の司馬懿である。

 

 劉曄が言う。

「魏公に申し上げます。漢中を思いの外、早く、そして少ない損害で落とすことが出来ました。この勢いに乗じ、益州の劉備を討つべきです。そうすれば、天下の三分の二を制することになります。そうなれば、苦汁を舐めさせられている孫権も、降伏するか、しなくとも北と西から攻め込めば、攻略できるものと思います。」


 司馬懿が続く。


「私も劉曄殿と同意見です。これは天啓といっても大げさでないほどの好機。劉備は益州を制したとはいえ、まだまだ完全なものではありません。今の状態で、我が軍の精鋭で攻め込めば、その一撃で益州を取れる可能性は、十二分にあると考えます。」


 曹操が言う。

「二人とも、慎重な性格だと思っていたが、ここで連戦をするべき、とは、なかなか挑戦的な意見だな。私は、この戦いで手に入れたかったのはあくまで漢中で、益州は視野に入れていなかった。益州を視野に入れたなら、兵の動員数は倍にしたであろう。」


 劉曄が言う。

「今、こちらは関中も制し、兵站の心配をする必要はありません。また、新たに将軍の派遣や、兵の増員が必要になったとしても、それも容易に行うことが出来ます。こちらは準備万端とも言える体制にあり、一方で益州の劉備は、まだ全体を把握できておらず、そちらに精一杯の状態でございましょう。先ほど司馬懿殿が申した通り、これは天啓とも言える好機、是非、是非、お考えくださいませ。」


 司馬懿が言う。

「この好機、逃してしまう手はありません。魏公、どうぞ益州侵攻のご下知を!」


 二人は、拝礼した。


 曹操は黙って考える。


 まず、曹操が言った通り、今回は漢中を劉備より早く押さえる、というのが至上命題であり、この目的は、無事に達成することが出来た。そして、もちろん、いずれは益州を、と考えていたが、それは少し先の話であり、今ではない。


 しかし、慎重な劉曄と、若き才能として育て始めた司馬懿の二人が全く同じ意見であるというのは、曹操にとって非常に興味深かった。


 この話、乗るべきか。そう考えたが、曹操は万が一、益州攻略をしくじるとなると、せっかくのこの漢中攻略が無駄になってしまうと思った。そして、二人に言う。

「劉曄、司馬懿よ。お前たちの意見、もっともだ。私も理解できる。しかし、人間、必要以上に多くを望むのはあまりいいことではない。今回私の目標は達成された。よって、ここで凱旋することにする。」


ここまではっきり言われれば、これ以上の献言は無礼に当たると言えよう。二人は拝礼して、退出した。


司馬懿が劉曄に言う。

「劉曄殿。この好機を逃すのは痛いことだと思うのですが・・・。」


「司馬懿殿。私もある人から教わったのだが、忠告をさせてもらう。我々参謀陣は、幕外での話や私的な交流は慎むべきであると。もし、お話があるようでしたら、それは魏公の前でお話しくだされ。」


「これは失礼いたしました。以後、気を付けます。」


 劉曄は、まさか、自分が賈詡に教えてもらったことを他の者に伝える機会があるとは思っていなかった。

「私も、それなりに年をとった証拠か・・・。」


 劉曄は一人呟き、微笑した。


 結局、曹操の決定通り、漢中から鄴へと凱旋した。


 魏公になり、初めての大勝利であり、鄴の城は祭りの様な賑わいで、魏公の帰りを迎えた。


 曹操は、漢中平定で満足したが、後に、この二人の提言を聞かなかったことを後悔することになるのである。

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