第54回 劉曄、漢中攻略戦(一)
伏皇后の事件後、曹操の下に不愉快な知らせが入った。
「劉備、益州牧となる」というものであった。
根無し草の、戦えばひたすら逃げるあの劉備が、攻めるに難く、守るに易い益州を手中に収めたのである。
荊州一部も継続して領有しており、勢力としても侮れなくなってきた。
ここで、曹操は決断をする。
漢中の張魯攻略戦である。
漢中は、益州と中原の窓口と言えるところで、曹操に漢中を押さえられてしまうと、劉備もその後の進展が苦しくなるのである。
そこを読んでの、漢中攻略戦であった。
漢中は五斗米道の教祖である、張魯が治める宗教国家である。しかし、その軍事力は馬鹿には出来ず、実際、劉備が益州を取れたのは、益州牧である劉璋が、劉備に張魯を倒してくれ、という願いをしたことから端を発している。それくらいの強さを持ち合わせ、中でも弟の張衛は名将として知られていた。
曹操は、早速、一〇万の軍を編成した。無論、曹操自らの親征である。劉曄は参謀として、この戦に参加した。
関中で、反曹操の生き残りの反乱などがあったが、問題なく撃退し、漢中への進軍は順調であった。
しかし、漢中に入るには、大きな「壁」がある。
「陽平関」を突破しない限り、漢中には入れない。
ただでさえ突破が難しい陽平関であるが、守将である張衛自らが指揮を執り、更なる難攻不落の要塞へと化していた。
曹操は陽平関を見上げて言う。
「これは・・・。山から攻めるのも不可能、正面突破も容易ではないな。関外の布陣もその兵の士気も高そうだな。これは、思っていた以上に、厄介な敵だな・・・。」
劉曄が答える。
「おっしゃる通りです。安易に突撃すれば、上からは矢の雨を受けることになりましょう。」
「何か策はあるのか、劉曄?」
「今のところはまだ・・・。いずれにしても、まずは関外の敵をどうにかしなければ、陽平関に到達することすらできません。」
「そうだな・・・。あとは、夜襲に警戒せよ。夜間の警備、巡察も怠るなよ。」
こうして、攻め手を欠いた曹操軍は、しばらく、張衛軍とのにらみ合いを続けることになった。
―数日後深夜―
夜間の警備、巡察の部隊が交代をする時間となった。今のところ、張衛軍に大きな動きはなさそうだ。すると、意表を突く突風が吹いた。ただでさえ暗闇の中、砂嵐の様な感じで更に視界が悪くなった。
ひとまず、交代のために自陣へ帰ろうとしたとき、何とたどり着いたのは自陣ではなく、張衛の陣地であったのである。
慌てて引こうとしたが、驚き慌てたのは、張衛軍の方であった。この隊を率いていた隊長は、砂嵐で視界を失い、道に迷ってここまで来てしまったが、こうなったら戦う、という気概を見せ、全軍突撃の命令を出した。
張衛軍はどれくらいの敵が来たかもわからず混乱状態に陥った。
前方が騒がしい。劉曄は気付いた。
「これは・・・。」
明らかに交戦している様子が伺えた。
しかも、こちらが押しているように見える。
劉曄はすぐさま、曹操の下に向かって言う。
「何があったか知りませんが、交戦状態になりました。ここはこちらの兵力を活かすべき時、全軍に突撃命令をお出しください!」
曹操は状況を全部把握していたわけではない。
しかし、慎重な劉曄が全軍で突撃せよと言っている。
曹操は劉曄を信じ、全軍に突撃命令を出した。
怒涛の様に押し寄せる曹操軍に、関外に陣を構えていた張衛軍は完全に壊滅状態に陥った。更に、避難してくる兵を入れるために開けられた扉に、曹操軍は一丸となって突撃し、関内へ入ることにも成功をしたのである。
こうなれば、多勢に無勢、曹操軍の圧勝であった。
曹操は劉曄に聞く。
「一体、何が起こったのだ。」
「詳細を確認したところ、夜の警備、巡察を行っていた隊が突風と砂嵐で視界を奪われ、間違えて張衛の陣に行ってしまったそうです。それを、あちらが夜襲と勘違いをし、その結果がこの勝利です。」
「はっはっはっ!奇妙な偶然というものがあるものだな。どんな策士であろうとも思いつくまい。その隊の隊長は本来であれば罰すべきであるが、この功に免じて、特別に許そう。」
「それがよろしいかと。ここさえ突破してしまえば後は順調に、ことは進みましょう。」
こうして、漢中攻略の最大の難所と言えた陽平関の戦いは、偶然という名の奇跡により、曹操軍の勝利となったのである。




