第53回 劉曄、兄劉渙の死を聞く
劉曄は、伏皇后の一件以来、念のため許都での滞在を続けていた。今度は隠れることなく、堂々と朝廷の監視を行った。
そこに、一つの知らせが届いた。
兄の劉渙が亡くなった、というものであった。
使いの者が言うには、風邪をこじらせて亡くなってしまったとのことだった。息苦しい中、最後まで弟である劉曄の心配をしていたという。
ここ数年、劉曄は目まぐるしく働き、正直、実家や兄の事を考える余裕はなかった。そこへの、訃報である。そして、劉曄宛の遺書があったとのことで、これを届けに来たという。
劉曄は、書状を改める。次の様に、書いてあった。
「劉曄よ、母が亡くなった時の事を覚えているであろうか。お前は、母の遺言に従い、私は、何もできなかった。正直、私はあの時のお前を恐ろしいと思った。例え母の遺言であるにしても、少年であるお前が人を殺し、血塗られた格好で母の墓前に報告しに行ったということが。今思えば、私がやるべきところを意気地の無い兄に代わってしてくれたのだと思っている。今更だが、礼を言う。少年時代より、お前はいつも私の先を行っていた。それ故、何一つ、兄らしいことをしてやれなかったことが悔やまれる。今は、魏公になられた曹操様の下で活躍していると聞き、安心している。出来れば、もう少し、ゆっくりと話す時間など欲しかったように思うが、その様な時間を持てない事こそ、お前が立派に働いている証拠であろう、と思うことにしている。劉曄よ、家督は長男に相続させる。お前の故郷である成徳県は、お前の帰りをいつでも待っている。体に気を付け、仕事に邁進してくれ。何の役にも立たなかった兄を許してほしい。劉曄よ、幸せで充実した人生を過ごしてくれ。」
遺書を読み終えて、劉曄は昔を思い出した。
確かに、兄に何かで負けるとは感じたことは無い。
大抵の事は、弟ではあるが、自分の方が優れていたと思う。
しかし、人としての本質的な「優しさ」という感情は、兄は溢れんばかりに持ち合わせていたが、自分には無いと思っていた。
最終的に人生を終える時に、どちらが幸せなのだろうか。
今の自分は、「生き切っている」という自信がある。しかし、それが幸せなのかどうかはわからない。
幸せというのであれば、おそらく兄の方が勝った人生であったと言えよう。
遺書を読み終えて、少し寂しい気持ちは芽生えたが、涙が出ることは無かった。劉曄は使者の者に言う。
「遠い所、わざわざ済まなかった。兄の家族は皆、大事ないか?」
「はい。皆様、劉渙様の死を受け入れて、新たな生活に向かっております。何の心配もございません。」
「そうか、それならよかった。お前に、この金子を与えよう。自由に使ってくれ。」
「ありがとうございます。皆様へのお土産でも買わせて頂きます。」
「当分、戻ることは出来ないであろうが、機会があれば立ち寄らせてもらう。」
「かしこまりました。では、これにて。」
使者は立ち去った。
こうして、劉曄は兄の死をしっかりと受け入れ、ここからまた曹操と共に、覇道のために奔走するのである。




