第50回 劉曄、濡須口の戦い
曹操の方では、大軍の編成が行われた。
今までのものでも最大規模と言える、四〇万の動員である。
一方、曹操侵攻の情報を得た孫権は、呂蒙の提案で濡須口に要塞である「濡須塢」を建造し、防御を固めた。孫権軍の動員した兵数は、七万である。
またも、圧倒的な兵力差による戦いであるが、赤壁の時とは違い、すぐに抗戦することを選んだ。孫権は言う。
「我々は、圧倒的に不利であった赤壁の戦いも、今は亡き大都督、周瑜の力で勝利をもぎ取った。今度は、ここにいる者共の力で周瑜に負けず、勝利をおさめようではないか!」
孫権の檄に皆、呼応した。
陸の上の戦いであれば、この兵力差を覆す自信は孫権には無い。しかし、水戦である以上、例え敵が曹操であっても、大軍であったとしても、何とかなる、という自負を持ってこの戦いに臨んでいる。
そして、戦いが始まった。
先制攻撃を仕掛けたのは曹操軍である。
曹操軍は、公孫陽が濡須塢の外に防御の陣を張っていたのを圧倒的な力で撃破し、捕虜とした。
この勢いで濡須塢も取りたいところであったが、さすがは名将である呂蒙の築造した要塞であり、そう簡単に落とすことは出来なかった。
ここで、この戦いは膠着状態に陥る。
そして、孫権軍に一つの不幸が起こる。
夜間の突然の突風で、董襲の船が転覆しそうになった。
兵たちは、董襲を連れて早く逃げようとしたが、董襲はこの船を預かる将として、何としても立て直す、と聞かなかった。結局、この船は転覆し、董襲は亡くなってしまったのである。
孫権は、この死を無駄にはしなかった。
これほどまでに責任感を持ち、最後まであきらめず、帰らぬ人になった董襲のためにも、この戦、何としても勝たねばならん、と再び檄を飛ばしたのである。
膠着状態が続き、若干、士気の緩みを感じていた孫権は、これで軍を立て直すことが出来た。
そして、曹操が動いた。
夜襲を掛けようと、川の中州に兵を上陸させたのである。
しかし、この夜襲を孫権はいずれ来るだろう、と警戒を怠っていなかった。
中州を孫権軍の船が取り囲み、一気呵成に攻撃を仕掛け、逃げようとして溺死した者数千、捕虜三〇〇〇を捕らえられるという、曹操軍の惨敗であった。
これでも、兵力格差は相変わらずではあるが、孫権軍の士気はさらに高まり、次の一手はこちらから仕掛けるべき、と孫権は考えた。
そして孫権は、全員の反対を押し切り、「曹操の水塞の全容を確認したい」と、小型船を出すよう命令し、自ら視察に乗り込んだのである。
最後まで、周りの者たちは反対したが、孫権は聞かずに船を出した。
曹操に報告が入る。
孫権軍より、一隻の小舟がこちらの水塞めがけて進んできている、というものであった。曹操は直感で、孫権が自ら見に来たと思い、すぐに命令を出す。
「その小型船に、ありったけの矢を射掛けろ!」
兵たちは、言われるがまま、手あたり次第、小型船に向けて矢を放ったが、それを予測していたかのように、船はゆっくりと旋回し、矢の射程から遠く離れていった。曹操は言う。
「お前たちは信じないかもしれないが、あの船には間違いなく、孫権本人が乗っていた。見事なものよ。我が息子に欲しいくらいだ。」
曹操は敵であるにも関わらず、孫権の勇気と度量に感嘆したのである。
そして、この孫権自らの偵察は無駄にはならなかった。
孫権の目から見て、水上の防備に隙は全く無かったが、その分、どうせ孫権軍が陸から攻めてくることはあるまい、といった緩みがあるのではないか、と感じたのだ。そこで、甘寧に聞く。
「甘寧よ。もし、お前に騎兵を与えて、曹操軍の陣の裏側から夜襲を掛けよ、と言ったらどうする?」
甘寧は力強く答える。
「もちろんやります。やるのであれば、一〇〇騎の少数精鋭で十分です。曹操軍を恐怖のどん底に叩き落すいい機会かと存じます。」
「やれる、ということだな。」
「もちろんです。全員無事の帰還をご覧に入れて差し上げます。」
―深夜―
甘寧率いる精鋭一〇〇騎は、夜陰に紛れてゆっくりと確実に、曹操陣営の裏側に回り込んだ。甘寧は辺りを見渡すが、こちらに気付いている様子は全くない。
甘寧は声を出さず、手を上げて振り下げた。
これを合図に、甘寧自ら先頭で飛び出す。
裏側ということもあり、警備の兵も多少気が緩んでいたのであろう。
「あっ!」と声を出した瞬間、甘寧の矛の餌食となった。
甘寧は一〇〇騎一丸となって直進できるまで直進し、頃合いになったところで、全員に退却指示を出した。
曹操軍の被害は、甚大であった。とても一〇〇騎の仕業だとは誰も思わず、一〇〇〇騎以上はいた、といった報告が曹操に上がったほどであった。
そして、甘寧は約束通り、一騎も欠けることなく孫権の下に戻ったのである。
孫権は甘寧に言う。
「甘寧よ、実に見事であった!」
「こういう作戦の時は、俺を指名してくれれば、いつでもやらせて頂きます。兵たちも喜んで死地に飛び込みます。そのかわり、恩賞は手厚くお願いしたいと思います。」
「はっはっはっ!さすが、甘寧!我に甘寧がある限り、曹操にそう簡単にひねられるものではないわ!」
孫権は非常に上機嫌であった。
一方の曹操は、珍しく感情を露わにして激怒した。
水際や裏側の警備にあたっていた者たちを、全員処断したのである。曹操が言う。
「孫権め。小癪な真似を・・・。こうなったら、力で押し潰してくれるわ!」
荀攸をはじめとした参謀である、賈詡、程昱、そして劉曄は何も言うことが出来なかった。
実際、膠着状態の打破を、策をもって出来ずに、孫権の策がことごとく的中して、こちらの被害が大きくなっているのが現状である。
そこに急報が入った。
なんと、しばらくは安定して大丈夫であろう、と思っていた西方で、馬超が反乱の狼煙を上げたのである。
曹操の怒りは頂点に達した。そして、冷静になった。
「皆の者。全軍退却の準備だ!急げ!」
こうして、曹操軍は全軍退却を余儀なくされ、孫権は再び勝利を手にしたのである。
この戦において、参謀陣は何の仕事もできなかった。劉曄は思った。
「こんなこともあるのか・・・。こちらの手は読まれ、敵の手を読むことが出来なかった。あの、荀攸様をはじめとして、賈詡様、程昱様をもってしても・・・。そして、曹操様でさえも・・・。」
そして、こう考えた。
「戦は生き物だ・・・。その動きを完全に捉えることなど、誰にもできない。その捉えられない部分をどれだけ適格に捉えられるか、それが勝敗を分ける。過信も慢心も絶対にしてはならん。大軍であっても、寡兵に負けるのだから。」
この敗戦を通して、劉曄は改めて、本当の戦とは何か、ということに気付くことが出来たのである。




