第37回 劉曄、張遼の後押しをする
劉曄の予測通り、梅成の降伏は偽降の計であった。
続々と陳蘭の砦へ合流をしているという知らせが入ってきた。
張遼が言う。
「于禁将軍にして、何故、それほどあっさりと梅成の降伏を信じたのであろうか。」
劉曄が答える。
「梅成自らが降伏を申し出てきたことが一番の原因だと思います。もし何かあれば、命を取られる敵陣に自ら単身乗り込んできたわけですから。」
「そういうものか。しかし、敵の総数の把握もできてはいないが、単純には倍になったということか・・・。」
「はい。しかし、陳蘭の兵がどれだけ増えようと、この様な山間の戦場で大軍の利を活かすのは容易なことではありませんので、私はそれほど心配しておりません。」
「なるほど。確かに狭い場所では、大軍を展開してその利を活かすことは出来ないからな。」
「おっしゃる通りです。地道に一歩ずつ、細心の注意を払いながら、まずは前進あるのみです。」
張遼軍は、それこそ慎重に一歩、一歩、ゆっくりと確実に進んでいった。今のところ、懸念されていたような罠や、上からの攻撃というものはなかった。
さすが、曹操軍の精鋭と言われる張遼軍の兵にも、疲労の色が出てきた。何と言っても、平地戦には無い、見えない恐怖と戦い続けなければならず、その緊張感がいつも以上に体力の消耗に繋がっている。
しかし、まだまだ先は見えてこない。劉曄にも、兵たちの疲労と士気の低下を感じることが出来るほどの状況となってきた。
もちろん百戦錬磨の名将、張遼がこの状況に気付かぬはずはない。張遼は、間髪入れず檄を飛ばした。
「お前たちは、我が曹操軍の中でも選び抜かれた精鋭であることを自覚せよ!進むことを諦めた者に、勝利を手にする資格はない!勇気を出して、我慢強く、一歩、一歩進むのだ!そうすれば必ずたどり着ける。永遠に続く道など、この世には存在しないぞ!」
兵たちは、この張遼の檄に応えた。
張遼は、無闇に檄を飛ばす将軍ではない。ここぞという、踏ん張り時にのみ、檄を飛ばす。そして、張遼の檄が出るということは、もう少しの辛抱、もう少しの我慢をすれば乗り越えられる、ということを兵たちは身をもって知っている。
それ故、張遼の檄は効果絶大であり、兵たちはここを凌げばと、最後の力を振り絞った。
劉曄は、張遼に檄を飛ばすように伝えようとしたが、それは戦場を生きてきた張遼の方が一枚上手であった。
そして、どれくらいの距離を進んできたのだろうか。
張遼たちの視界に、砦の姿がはっきりと見えてきた。
その時である。
上の方から無数の矢や、石が降ってきた。
張遼が大声で言う。
「皆の者、盾を頭にかざし、そのまま前進!止まるな、ひたすら前進せよ!」
兵たちは、張遼に言われた通り、頭上を盾で守り、じりじりと前進を続けた。本当に、止まることなく進み続ける。
この予測をしなかった張遼軍の動きに、陳蘭たちの兵はたじろいだ。すぐに諦めて撤退すると思っていたのであろう。
しかし、張遼軍はそう柔なものではない。
張遼が言う。
「さあ、道は開かれた!者ども、一気に突撃せよ!」
うなりをあげるような咆哮とともに、今まで我慢を強いられていたものが爆発したのだろう、凄まじい、圧倒的な攻撃力を張遼軍は発揮した。
そして、砦を取り囲み、一気に制圧をした。
あっけないほどに、勝負は早くついた。そして、陳蘭と梅成を捕らえた。
張遼が言う。
「お前たち。我らが漢の丞相である曹操様の軍に本気で勝てると思っていたのか?」
陳蘭が答える。
「ああ。少なくとも、この山岳の地形をうまく使えば、そう簡単に負けない、とは思っていた。」
梅成が言う。
「俺もだ。俺たち二人が組めば、何とかなると思っていた。しかし、考えが甘かったようだ。」
張遼が言う。
「お前たちの犯した罪は許しがたい。よって、ここで斬首とする。何か言い残すことがあれば、聞いてやろう。」
陳蘭が言う。
「俺たちの首はくれてやる。しかし、他の者たちにはどうか、生かしてやってくれ。」
梅成が言う。
「陳蘭の言う通りだ。それ以外に望みはない。さあ、斬るがよい。」
張遼が言う。
「お前たちは、お前たちで一軍の将であったのだな。その潔さに免じ、他の者たちの処遇は配慮することをこの張遼、約束をしよう。では、さらばだ。」
張遼が手を挙げると、二人の首は同時に斬り落とされた。
張遼が劉曄に言う。
「劉曄殿。よくぞ、最後までついてこられた。」
「いえ。結局、私は何のお役にも立ちませんでした。」
「そんなことは無い。策を弄してどうこうできるものではない、とはっきり言ってくれたおかげで、私も兵も覚悟が出来たのだ。ここまでたどり着けたのは、劉曄殿のおかげだ。」
「そんな・・・。将軍の檄があればこそです。あの檄で兵たちの顔つきは変わりました。生きた戦場を見させて頂きました。」
「劉曄殿はここから鄴にお戻りになると思うが、またいずれ、共に戦える日を楽しみにしておるぞ。」
「張遼将軍からその様なお言葉を頂けるとは。私はまだまだ経験が不足しておりますので、日々精進を怠らず、前に進んでいこうと思います。」
こうして、劉曄の初めてと言える従軍軍師の役目は終わった。本当であれば、自らの策にて勝敗を決したかった気持ちが無かったと言えば嘘になる。
しかし、生きた戦場においては策など介入しなくとも、その率いる将の才覚のみで勝利を得られるということを劉曄は知ることができた。
劉曄はまた一つ、大きな経験を積むことが出来たのである。




