第32回 劉曄、曹操の話を聞く
曹操は鄴への退却の途中、許都に立ち寄った。
そして、その結果を献帝に報告した。
献帝も既に曹操の敗北の話は知っており、わざわざ報告に来るとは思っておらず、何を言うのか緊張の面持ちで曹操を迎えた。曹操が言う。
「陛下。此度は私の力が足りず、朝敵である孫権を討ちもらしただけではなく、多くの将兵を失うことになりました。その様な私がこのまま丞相という高位にいるわけには参りませぬ。私を解任し、別の者を当ててください。」
「丞相。勝敗は兵家の常、と申すではないか。この度は、たまたま運が悪かったということであろう。丞相に代われる者など、この世のどこを探しても見つからん。頼むから、これ以上は何も言わず、今までの様に朕とこの国のために尽くしてほしい。」
「・・・。何というありがたいお言葉。この曹操、身命を賭して陛下と国のために働くこと、ここに改めて誓わせて頂きます。」
「丞相、今後も頼んだぞ。しばらくは、疲れを癒すがよかろう。」
曹操は拝礼して、立ち去った。
はたから見れば臭い演技にしか見えないこのやり取りも、曹操は丞相として、必要と感じ敢えてやって見せた。鼻から、解任されるはずがない、とわかっていたことだが、対外的なけじめとしては、それなりに効果があるものであった。
曹操は丞相府に荀彧を呼び出した。もちろん、劉曄もついていった。曹操が言う。
「荀彧よ。此度は完全に私の判断が間違えた。参謀陣からの積極的賛成が得られない様な戦いは、今後は極力控えようと思う。」
「私は、丞相が孫呉を攻めたのは決して間違いではないと思います。ただ、その時期が些か早かったことと、やはり慣れぬ土地での戦いはより慎重に、ということだけだと思います。」
「やはりな・・・。急ぎすぎたことが全てを台無しにしてしまった・・・。劉備の奴が荊州四郡を手にしたというが、それが一番口惜しくもある。」
「確かに・・・。今回の戦で一番得をしたのは完全に劉備でありましょう。劉備は今まで恵まれてきませんでしたが、決して戦が下手なわけではありません。そこに、関羽、張飛と言った一騎当千の者に加えて、あの諸葛亮が加わったことで、全く油断できない脅威になったと言えるでしょう。」
「そうだな・・・。南方に関しては、しばらくは防戦に主眼を置いた編成にしようと思う。そして、南方を維持しつつ、今度の戦いの目は西に向けたいと考えている。」
「西・・・。関中、涼州でございますか。」
「ああ。そして漢中を取り、益州を。そうすれば、天下の三分の二は我の手に帰す。さすれば、孫呉もさすがに諦めるであろう。」
「そこまでいけば、漢の復興もなったといえましょう。」
「荀彧としては、西方に目を向けるのは賛成、ということか。劉曄、お前はどう考える。」
「一つだけ、懸念がございます。」
「ほう、懸念があると?」
「はい。荊州四郡を手中に収めた劉備をそのまま野放しにしていてよいのか、という問題があります。」
「うむ。詳しく申せ。」
「はい。現在、江陵で我が軍と孫呉は激闘を繰り広げているわけですが、劉備はその隙をつき、ほぼ無傷で荊州四郡を手に入れております。もし、劉備が益州に目を向ければ、我が軍より先に攻め込むことも不可能ではないかと。」
「なるほど・・・。劉備か・・・。お前は劉備の事を知っているのか?」
「いえ、荀彧様に教えて頂きました。今回のぬかりない行動を見るに、諸葛亮が軍師についたことで、機を見るに敏になったのではないかと・・・。」
「そうか。劉曄、お前の意見もっともだ。劉備に出し抜かれないように、こちらもゆっくりとはしてられんな。私は一旦鄴に戻り、軍の再編成をする。そして、なるべく早い時期に、関中、涼州へと進むつもりだ。お前たちも、そのつもりでいてくれ。」
荀彧と劉曄は拝礼して立ち去った。
荀彧が言う。
「劉曄殿。劉備の事、見事な助言でありましたな。」
「ありがとうございます。荀彧様に教わったことをそのまま言ったような感じですが・・・。」
「いや。私も丞相も劉備の目が諸葛亮により益州に向く可能性と言うのは、少なくとも先ほどの話の中では考えていなかった。気づかせてくれたこと、礼を言う。」
荀彧は劉曄に頭を下げた。
「頭をお上げください。荀彧様の薫陶があってこその私です。今度は、西方の情勢分析に勤しもうと思います。」
「そうだな。我々のできることをやろう。丞相のためにすることは、全て漢の復興に繋がるからな。」
劉曄は拝礼した。
こうして、曹操は劉曄の助言により軍の再編成を急ぎ、西へと向かう準備を整えるのである。




