第31回 劉曄、赤壁の戦い
孫呉の参謀である魯粛を通じて、諸葛亮が孫権と舌戦を繰り広げ、とうとう孫呉孫権と劉備の同盟が成立した。
これはすなわち、曹操の降伏勧告を受け入れない、という孫権の意思表示であると曹操は受け取った。
「劉備め、忌々しい奴よ。」
曹操は心の中で呟いた。
しかし、これがきっかけで、自分が望んだとおり、速戦速攻の仕掛けが出来ると考えれば、劉備の動き自体、曹操の思惑通りであったと言えなくもない。
今の曹操に恐れるものは何もない。
総力戦で、孫権に臨むことが出来る。
先鋒に荊州水軍を配し、その後に北方の兵が続く。
その総兵力、三〇万の空前絶後の大軍である。
「負けるはずがない」曹操軍の誰もが思った。
しかし、時として、こういった大戦には奇跡の様な事が起こるものである。
南方の気候風土に慣れない北方の兵の間に、疫病が蔓延したのである。それも、かなりの勢いで、死者や重篤な症状の者が数多く出てきた。
それでも、荊州水軍がある。その点で、まだ曹操の優位は保たれていると思ったが、荊州水軍はその数が多いと雖も、その実力たるや、孫呉の水軍の方がはるかに上回っていた。
孫呉の大都督に任命された周瑜による、見事な火計の策が成功し、曹操の大船団は炎に包まれた。
そして、この疫病と火計により、曹操の大軍は壊滅的な打撃を受けることとなり、何と、敗走を余儀なくされたのである。
曹操はまずは荊州の重要拠点であり、防衛の最前線と言うべき江陵を、守戦では一番の力を発揮する曹仁に託し、最重要拠点である襄陽は楽進に託した。そして、自らは北方に向けて退却を始めたのである。
「曹操軍敗れる」の急報は、許都にも届いた。劉曄が言う。
「この急報は本当なのでしょうか?まさか、あれだけの大軍を擁していた丞相が・・・。」
「これが戦の怖さよ。いくら有利であっても、必ず勝てる、と言う保証はどこにもないのだ。それ故、参謀陣や我々の様な立場の者は、日々情報を集め、敵を知り、己を知った上で、冷静な分析と判断をしなければならない。そして、例え丞相と意見が食い違ったと雖も、言わねばならぬ時は、それこそ自らの命を懸けて提言するくらいの気持ちが必要なのだ。」
「自らの言葉に、命を懸ける・・・。」
「そういうことだ。それが出来ないのであれば、俸禄を食む資格などありはしない。」
「今後の展開は、どの様に予測されますか?」
「まずは、丞相が無事であったことで、いくらでも立て直しは聞く。負った傷は大きいが、時間がそれを癒してくれよう。そして、江陵の守備を曹仁殿に任せたのは、さすがと言える。曹仁殿ならこの先一年くらいは、江陵で持ちこたえることもできよう。」
「もしそうなれば、我が軍を立て直す時間は十分に確保できますね。」
「そうだな。しかし、手痛いのは荊州水軍の壊滅であろう。大型船は火計により、かなりの損害を受けたと聞く。こちらの復旧は、想像以上に時間を要することになるであろう。」
「此度の戦、劉備軍の動きが全く伝わってきていないのは偶然でしょうか?」
「いや、劉備め。意図的に動かず、兵を温存したと見える。行く当てのない窮地を救ってもらいながら、今回の戦いは静観したのであろう。そして・・・。」
「何でございましょうか。」
「劉備は荊州南方の四郡に進出する気かも知れん。」
「四郡と言えば、桂陽郡、長沙郡、武陵郡、零陵郡ですね。」
「ああ。周瑜が狙うのは間違いなく江陵。そして相手は曹仁殿。そう簡単に勝負はつくまい。その隙をついて、温存していた兵力で荊州四郡を取る。諸葛亮を得た劉備は間違いなく、そう動くであろう。」
「劉備はまさに、漁夫の利、でございますね。」
「まさしく。丞相が忌々しい存在とお考えなのがよくわかる。」
実際、劉備は孫権と同盟を結びながら、周瑜の作戦には参加せず傍観をし、周瑜の目が江陵に向かった時点で、荊州四郡奪取のために兵を動かし、見事に手中に収めることに成功したのである。
この作戦行動が道義上、いいか悪いかは別にして、劉備としては初めて自分の力で得た領地であった。
今回の敗戦を受けて、曹操の信条ともいえる速戦速攻はその影がやや薄くなり、判断を慎重にする傾向が強くなる。
そして曹操の目は荊州の防衛に力を入れつつ、徐々に西方に向けられることになっていくのである。




