第30回 劉曄、赤壁の戦い前夜
曹操は最初の荊州の拠点として襄陽を選んだ。
襄陽にて、参謀陣と今後の方針を確認するための軍議が行われた。
今後の方針、つまりは、孫呉への侵攻に即座に動くのかどうかというのが主題となる。
襄陽では、参謀陣の荀攸、賈詡、程昱が、将軍格として張遼、于禁、楽進などが参加した。そして、降伏した荊州水軍の代表格として、蔡瑁と張允が参加をした。
曹操が言う。
「さて、本日の議題であるが、皆、言わずともわかっているであろう。孫呉の孫権を討つか否か、と言う話だ。」
誰も積極的に発言を行わず、しばしの沈黙の時間が流れた。
曹操はこの沈黙を嫌うかのように、参謀陣の筆頭である荀攸を指名した。荀攸が言う。
「基本的には賛成、でございます。しかしながら、しばらくの時間を置き、北から来た兵がこちらの南方の気候風土に慣れてからでも遅くはないかと考えます。」
その発言を引き継ぐ形で、賈詡が発言する。
「私も、荀攸殿とほぼ同じと言えます。さらに言えば、この手に入れた荊州の経営を確固たるものとし、内政の充実を図ることがまず行うべきことで、出陣はそれが整ってからでも遅くは無いと思います。」
曹操が言う。
「荀攸も、賈詡も、官渡の戦いにおいては烏巣急襲に賛意を示していたな。その両人にしては、今回の発言はよく言えば慎重、悪く言えば非常に消極的に感じるのだが?」
賈詡が答える。
「あの時とは状況が違います。官渡においては、一縷の望みにかけて勝負を決すべき時でしたが、今は多少時間をかけても体制を整えることが重要で、その後でも十分、孫呉を攻めることは可能と考えます。」
程昱が言う。
「丞相。私は、両人より更に強く言わせて頂きます。明確に、孫呉への侵攻は反対致します。」
「ほう、その理由は?」
「孫呉は、時間をかけて自分たちの地盤を十分に構築しております。勢力としては小なれども、孫権を支える名士、人材は我が陣営と比べても見劣りをするものではありません。よって、こちらとしても十分に時間をかけて準備してからでなければ、慣れない水戦、足元をすくわれる恐れは十二分にあり得ることです。」
「なるほどな・・・。張遼他の将軍たちはどうだ?」
張遼が答える。
「懸念されますのは、我々に水戦の経験がある者がほとんどいない事といえます。しかし、時機としては、孫呉が迎撃態勢を固める前に攻め込むべきではないかと思います。」
于禁、楽進もその意見に同調した。
そして、曹操は荊州水軍を率いてきた蔡瑁、張允に聞く。
「荊州の軍事を統括していた蔡瑁よ。お前の目から見て、孫呉の力はどう考える?」
「侮れる相手では決してございません。しかしながら、我らが荊州水軍一〇万を率いて攻め込めば、勝機はあると考えます。」
張允が言う。
「蔡瑁殿の言う通りです。我らが荊州水軍に先鋒をお命じください。必ずや、孫呉の孫権の首を挙げて見せましょう。」
「ほう。蔡瑁、張允は威勢のいい意見であるが、さて、どうしたものか・・・。私をずっと支えてきてくれた参謀陣が軒並み反対の意思を表明している・・・。」
曹操はじっと考え出す。賛否両論の意見であったが、参謀陣の反対意見も、現実的と言えるし、荊州水軍を手に入れた以上、孫権と同じ土俵で戦うことは可能になった。留まるべきなのか、攻めるべきなのか・・・。
これほど、曹操が長々と考えたことは今までなかったと言っていいであろう。全員が曹操の言葉を待っていた。そしてついに、曹操が発言する。
「まずは、孫権に降伏勧告の使者を出せ。その返答いかんによっては、すぐに出陣をする!荊州水軍はじめ、将軍格の者たちは、すぐに軍の編成に取り掛かれるよう準備せよ!」
これで、孫権が降伏をしない限りは即時開戦と言う方針が決まった。決まった以上、その方針にそって動けるのが曹操陣営の強みと言える。各自、開戦前提の体で準備を始めた。
―許都―
まさにこの軍議が行われている最中、荀彧と劉曄も今後の情勢分析のため、孫呉攻めの是非を議論していた。
荀彧が言う。
「劉曄殿。荊州を無傷で手に入れた今、今後の展開はどうなると予測する?」
「はい。まず、次なる相手は孫呉の孫権と言えましょう。いつもの様に速戦速攻を仕掛けるか、一旦戦わずにして、荊州は要衝と言えますから、占領行政に時間をかけ、民の心の掌握につとめることも大事かと思います。」
「なるほど。丞相の下で行われる軍議も、そのいずれかの選択をするためのものとなりそうだな。」
「はい。丞相のお考えとしては・・・。」
「としては?」
「おそらく、速戦速攻のお考えかと。一方で、参謀陣の方々は、今回に関しては慎重なご判断をされるのではと推察を致します。」
「その根拠は?」
「荊州という要衝をしっかり押さえることが第一優先であり、孫権との戦いはその後でも遅くはない、という判断をされるのではと考えるためです。」
「なるほど・・・。しかし、忘れてはいけない存在がある。」
「・・・。それは、劉備、でございますか?」
「そうだ。劉備は、こちらの追撃を振り切り逃亡をした。もし、私が諸葛亮の立場であれば・・・。」
「どうぞ、お教えください。」
「孫権との同盟を画策するであろう。」
「しかし、孫権は受け入れるでしょうか?」
「孫権も兵をそう多く持っていない立場。劉備の少数の兵でも、最終的には受け入れるであろう。そして、劉備には人を動かし、歴史をも動かす不思議な力がある。丞相が急ぐとすれば、その理由は口に出さなくとも劉備の存在が頭の片隅にはあるであろうな・・・。」
「それほどの漢ですが、劉備という者は。」
「ああ。会った時のある参謀陣のほとんどは、劉備は今すぐ排除すべし、と丞相に献言したくらいであるからな。」
「劉備という漢の恐ろしさ、この劉曄、改めて忘れないようにこの胸に刻み込みます。」
こうして、後世に大いに語られることになる赤壁の戦いが刻一刻と近付いてきているのである。




