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三国志・劉曄伝ー曹操の影として生き切った漢ー  作者: 涼風隼人


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第3回 劉曄、鄭宝を斬る

 劉曄が許劭の人物評価を受けてから一〇年程が経過していた。既に父である劉普は無くなり、劉渙が家督を継いだ。

 

 劉曄は、その間に学問の研鑽を積み、多くの名士との交流も行い、揚州ではその名を知らぬ者はいないくらいの人物となっていた。


 その様な最中、揚州で荒くれ者たちが幅を利かせる様になっていた。その首謀者は鄭宝という者である。

鄭宝はただの荒くれ者ではなく、学もあり、周りの者からは尊敬されるくらいの勇敢さと決断力を備えていた。


 今は乱世である。誰にでも成り上がる機会は平等にある、と鄭宝は考えていた。しかし、人がついてくるには、実力以上に家格や身分が重要であることに変わりはなかった。

 

 そこで、鄭宝は名士を自分のところに引き込むことにより、それらを手に入れようとした。そして、最も近くにいて名を馳せているのが劉曄であった。


 鄭宝は自分たちの行動を正当化するために、高貴な家柄の名士である劉曄を強迫して、その首謀者に祭り上げようと画策をしたのである。


 劉曄にとっては、迷惑な話でしかない。しかし、単純に断ることが出来ない事情がある。何と、鄭宝は一万強の兵を抱えているのである。


 劉曄の家には、三〇〇ほどの家兵がいるにすぎない。緊急での動員令を出しても、精々一〇〇〇ほどであろう。とても太刀打ちできる状況ではなかった。


 劉曄はまず、鄭宝の話を聞くことにした。


 鄭宝は言う。

 「劉曄様。今、私の下には一万を超す精鋭がおります。私は、決して自分の欲を満たすためではなく、今の乱れた世を匡すために立ち上がりました。しかし、私自身、君主の器ではございません。そこで、この近隣で一番の名士であると名高い劉曄様に、我らの君主となって頂きたいのです。」


 「鄭宝殿。あなたは、ただの蛮勇の士ではなく、それなりの学も備えていると聞く。その証拠が、あなたを慕って集まった一万強の兵です。私の力など、何の必要もなく、役に立つものとも思いません。」


 「確かに、一万強の兵はついてきてくれております。しかし、それが私の限界でもあるのです。更に大きくなるためには、劉曄様のお力が必要不可欠です。」


 「しかし、この辺りで力を持っていると言えば、まず、皖城の劉勲殿。そして、最近江東でその名を上げ続けている孫策殿などがおります。その方々なら、一万もの精鋭を抱えている鄭宝殿が従うと申し出れば、喜んで受け入れてくれるのではないでしょうか。」


 「・・・。おっしゃることはわかります。しかし、私は彼らに器の大きさを感じません。恐らくは、兵だけを私から取り上げ、私の事を処断するように思います。」


 「私であれば、そう言う心配は無いと?」


 「ええ。劉曄様は名士中の名士。その様なことをされるとは思いません。」


 「なるほど・・・。私であれば、おとなしく神輿として担げる、とお考えなわけですな?」


 「・・・。その様には思っておりません。劉曄様、如何様にすれば、私の事を信じて頂けるのでしょうか?」


 「結論として、私は何もできません。申し訳ないが、お引き取り頂きたい。」


 「お話を聞いて頂けないなら、こちらも多少強引な手を使わざるを得ないと考えますが・・・。」


 「ようやく本性を現したようですね。私の名だけを使い、あとは自分の好き勝手にする、というのが本当の考えであろう。」


 「・・・。ここまで来たら、否定はしない。あなたは私たちに担がれていればそれでよいのだ。」


 「私にその様なことをする義理はない。さあ、帰られよ。あなたには一万強の兵士がいるが、この場でそれは関係ない。私でもあなたを斬ることは出来る。」


 「くくく・・・。人を斬った事があるのか?」


 「ああ。既に一三歳の時に経験済みだ。私は必要とあれば、人を斬ることにためらいはない。」


 「・・・。ほう、ただのお坊ちゃんではないらしいな。わかった、今日のところは帰ろう。しかし、決してあきらめはせぬぞ。」


 鄭宝は帰っていた。それと入れ替わる様に新たな来客があった。ここ最近、兗州で力をつけてきている曹操の使者だという。劉曄は、劉渙に呼ばれ立ち会うことにした。使者が言う。

 「劉渙様、劉曄様。私は我が君主曹操の命令で、この揚州の調査をしてくる様に命じられた者です。」

劉曄が言う。


 「揚州の調査・・・。それは、どの様な意味合いなのだ?」


 「はい。この揚州で力を持っている豪族、大商人の存在、どれだけの者が住んでいるのかという人口調査、優秀な人材はいるのかいないのか、など多岐に渡り調べ、今後に活かすためのものでございます。」


 「なるほど・・・。使者殿に一つご相談したいのだが。」


 「何でございましょうか?」


 「実は一つ困っていることがある。鄭宝という者が一万強の兵を抱えて、私にその頭領になれと迫ってきているのだ。」


 「なんと・・・。それは、どの様に対処されるのかお決めになられたのですか?」


 「いや・・・。当然だが、荒くれ者に担がれる気など、毛頭ない。しかし、無下に断ればここに攻撃を仕掛けてくる可能性があり、その場合、多勢に無勢、こちらに対応策は無い。」


 「それは、お困りですね・・・。」


 「そこで、使者殿にご相談なのだが、曹操様のご威名をお借りしたい。」


 「如何様に為されるおつもりか?」


 劉曄は、今の考えを曹操の使者に話をした。


 使者も劉渙も驚いたが、その話を進めることにしたのである。


―数日後―

 再び、鄭宝が現れた。


 どうやら、曹操の使者がここに来ていることも知っている様で、来訪の名目は曹操様のご使者にご挨拶をしたい、というものであった。


 その歓迎を含めて酒宴を開くべく、兵士数百人に大量の酒や肉を持たせてやってきたのである。


 劉曄はやむを得ず鄭宝たちを迎え入れ、屋外での宴会を行うことにした。    


 劉曄は鄭宝をこのまま生かしておけば、ますます危険な存在になると思っており、今日ここで討ち取る覚悟を決めていた。宴会が行われれば、どこかに必ず隙が生じる、それを逃してはならない、と自分に言い聞かせた。


 全ての者に酒食がふるまわれ、多くの者が酔ってきたようだ。こここそが好機と考え、劉曄は鄭宝を見た。


 ところが、である。鄭宝は酒を呑んでいる様子が全くなかった。どうやら、鄭宝は酒が苦手の様だ。

 こうなっては、鄭宝自体に隙が生じることは期待できない。


 劉曄は、強硬手段に出ることにした。


 鄭宝の方にゆっくりとゆっくりと、近付いていく。そして間合いに入った瞬間、佩刀を抜き一閃、鄭宝を斬り殺したのである。

 

 宴会の場は大混乱に陥った。劉曄は大声で叫ぶ。

 「曹操様の命により、この劉曄が鄭宝を討ち取った!ここで動く者は鄭宝同様、この私が斬る!」

 

 劉曄が手を挙げると、武装した家人がこの宴会の場を取り囲んだ。

 

 突然の出来事に、ほとんどの者が座り込み、劉曄の一喝で全く動こうとしなかった。

 

 後のことは家人に任せ、劉曄はすかさず馬に乗り、鄭宝一味の陣営に向かった。

 

 そして陣営に着くや、主だった者を集めさせ、言った。

 「先ほど、お前たちの大将である鄭宝はこの劉曄が斬った。これは、兗州を治める曹操様の命によるものだ。曹操様は従う者は罰しないと確約してくださっている。さあ、どうするかこの場で答えてもらおう。」

 

 主だった者たちは反抗することなく、劉曄に頭を下げ、降伏することを誓った。

 

 自邸に戻り、劉曄は曹操の使者に事のあらましを報告した。そして言った。

 「今回は、曹操様の名をお借りして勝手なことをしたこと、深くお詫び致します。しかし、この借りは何倍にもして必ずお返しさせて頂くと、曹操様にお伝えください。」

 

 「わかりました。しかし、その降伏した者たちをどうするおつもりですか?」

 

 「無責任に解散させる訳にも参りませんので、近日中にこの辺りで名を馳せている廬江の劉勲殿にでもお任せしようと思います。」

 

 「わかりました。曹操様には、劉曄様のこと、よく話をしておきましょう。」

 使者は、曹操の下へと戻って行った。

 

 こうして、劉曄はまた一つ名を上げることになったのである。

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