第26回 劉曄、袁尚らの逃亡を聞く
烏桓単于は、逃亡してきた袁煕と袁尚を、昔のよしみで受け入れた。烏桓単于が言う。
「袁尚殿。あなたの父の袁紹殿は、私たちを異民族としてないがしろにすることはなかった。四世三公の袁紹殿が我々を認めてくれていたことは、今でも恩に感じている。その恩を返すのは今だ、と思い、あなたたちを受け入れた。」
「ありがとうございます。曹操が攻め込んでくるとは思いますが、何卒、よろしくお願いします。」
「我らが庭で、例え曹操と雖も、好き勝手にはさせない。今回の戦において、見返りは求めない。我らが曹操を倒し、あなた方に冀州と幽州をお返ししよう。」
「そこまでおっしゃってくださるとは・・・。心より感謝を致します。」
そして、烏桓単于は、何と一〇万超の大軍を編成し、曹操迎撃のため、白狼山のすそ野に広がる大平原へと出陣をしたのである。
曹操はどうしたか。
この戦いの軍師は、参謀陣の中で最も若い郭嘉であった。
郭嘉はこの戦いの要諦を「速戦速攻」とし、精鋭二万を選抜して、急行軍の構えで、烏桓領に侵攻した。
郭嘉は、烏桓が騎兵戦を得意とすることから、白狼山のすそ野に広がる大平原で烏桓は待ち構えているだろうと予測し、見事に的中した。
そして、郭嘉は烏桓の隙を見逃さずに、曹操に進言する。
「曹操様、兵たちの疲れも極限に達した状況ではありますが、烏桓の方はまだ陣立ても終わっておりませぬ。ここは一気呵成に攻め切るときと考えます。どうか、ご決断を!」
曹操は深く頷く。そして檄を飛ばす。
「者ども、まだ陣も立て切らぬ間抜けな烏桓どもをここで一気に屠ろうではないか!勝利の後に美味き酒と肉を存分に振舞おう!ここは力を貸してくれ!」
この檄に兵たちは力強く答えた。そして、この戦の先鋒を任されたのは、騎兵の指揮でこの人に勝る者はおるまいと言われている張遼であった。
張遼は凄まじい勢いで、烏桓の陣に突撃を開始した。
まさか突然、曹操軍が攻めて来るとは考えていなかった烏桓の兵たちは、虚を突かれた形となり、次々と張遼の餌食となっていく。
その勢いに押され、一部の烏桓の兵は後退を始めた。
張遼の勢いは止まらない。反攻を試みる烏桓兵も現れてきたが、容赦なくなぎ倒していく。この鬼神の如き強さに、烏桓は恐怖に駆られ、五倍超の兵力を有しながら、完敗の体で総退却を始めたのである。
この報告を受けた烏桓単于は地団駄を踏んだ。
「我の騎兵がこんなに簡単に敗北するとは・・・。」
袁尚が言う。
「単于よ。今、ここであなたが先頭に立てばまだ、間に合うのではないでしょうか?」
「・・・。袁尚殿。時すでに遅しだ。申し訳ないが、冀州と幽州を取り返すと言った約定は守れそうにもない・・・。我らはしばらくおとなしくして、態勢を立て直さねばならん。そのためには、大きく後退する必要があるだろう。済まないが、もう、あなたたちを守る余力はない。別の場所に落ち延びてくれ・・・。」
「我々を見放すというのですか!」
「すまんが、単于としての苦渋の判断だ。許せ。」
烏桓単于は袁尚にこういうと背中を向け、立ち去った。
どうにもならないと感じた袁尚は、袁煕に言う。
「受け入れてくれるかどうか全くの未知数ではありますが、こうなったら遼東の公孫康を頼るしかあるまい・・・。」
「うむ・・・。自ら死地に飛び込むような感じも受けるが、現実問題、それしかあるまい・・・。」
こうして袁煕と袁尚は、遼東の公孫康に庇護を求めるため、再び逃亡をしたのである。
―許都―
荀彧と劉曄には、烏桓に侵攻を開始する、というところまでの情報しか入っていない段階で、その結末はおおよそ見えていた。
劉曄が言う。
「荀彧様。烏桓と言えば騎馬民族。その攻撃力、強さたるは、侮れないものではないでしょうか?」
「もちろん。しかし、奴らが得意なのは攻撃することであって、守ることには慣れていない。こちらの少数精鋭で十分に勝算は立つであろう。」
「なるほど・・・。烏桓を破り、ここで袁尚たちを捕らえられればもちろんいいのですが、もし取り逃がした場合は・・・。」
「うむ。どこへ向かうと予測する?」
「もう、頼るべきは遼東に割拠している公孫康しかいないと思います。」
「そうであろうな。劉曄殿、もし、あなたが公孫康の立場であれば?」
「曹操様との無用な争いを避けるため、全員の首を取ってすぐに送り届けると思います。」
「なるほど。非常に冷静な読みだ。あとは、報告が届くのを待つとしようか。」
こうして二人は続報を待つのだが、この会話の通りに歴史は進んでいくのである。




