第16回 劉曄、官渡の戦いを裏側から支える
張繡や陳策という後顧の憂いを取り除き、曹操はとうとう、北方の雄である袁紹との戦いに挑むことになる。
まず、緒戦に関しては白馬の戦いにて、剛勇で知られる顔良を討ち取ることに成功した。
そして、その報復戦としての延津の戦いでは、顔良と双璧をなしていた文醜を討ち取る事にも成功と、曹操が優位な展開となった。
しかし、これに怒り心頭の袁紹は、兵両格差にものを言わせて、大軍で南下を始めたのである。
曹操はこれに対し、「官渡」に砦を築き、袁紹軍を討つ体制を整えた。
この時、劉曄はどこにいたか。
官渡の砦ではなく、曹操軍一の参謀、「王佐の才」と世間でも名高い「荀彧」とともに、許都で留守を預かっていた。
劉曄は当初、戦場にて自分の才能を活かしたいと考えており、許都での留守を命じられた時は多少、残念は気持ちになったが、荀彧の補佐をせよとの命を受け、その気持ちは雲散霧消、むしろ喜びに変わった。
荀彧ほどの名士の側で働ける機会というのはそうあるものではなく、劉曄は何かを学び取ろうと、考えたのだ。
荀彧は、痩身で柔和な雰囲気を醸し出しており、王佐の才という名が相応しい切れ者の様な雰囲気はそれほどなく、親しみやすい雰囲気であった。劉曄は荀彧に拝礼をし、挨拶をした。
「荀彧様。私は劉曄と申し、この度、曹操様からは許都で留守を預かる荀彧様の補佐をするように、と命じられました。若輩者ではありますが、どうぞ、よろしくお願い致します。」
「劉曄殿。噂は聞いている。まだ若いが、中々の切れ者であると、もっぱらの噂であった。今のところ、何かを急にせねば、という状況ではないが、官渡の戦況の動き次第では、こちらでも大きい動きがあるかもしれない、ということは覚えておいて欲しい。」
「かしこまりした。決して気を抜くことなく、この許都の守りを固めるとともに、いつでもご命令に従えますよう、心の準備をしておきます。」
「劉曄殿、よろしく頼むぞ。」
劉曄は拝礼した。
曹操は常に、自分が出陣したときの本拠地を荀彧に任せている。荀彧がそれだけ優れた人物であるという証拠であり、実質的に曹操に次ぐ者、という扱いである。
官渡から戦況の報告が入ってきた。
現状、曹操が不利な状況であるということだった。
袁紹は兵力にものを言わせ、ありったけの弓で曹操の砦に矢を射かけて攻撃をしており、反撃の機会を伺うも、なかなか動けない状況が続いていた。
そこにもう一つ、曹操軍には懸念があった。
「兵糧の不足」である。
打つ手もなく、兵糧も日に日に少なくなっていくことで、曹操には珍しく弱気な発言が多くなり、撤退も考えざるを得ないほどに、追い込まれていた。
そして、曹操は撤退するかどうかの相談を、許都の荀彧に書状にて相談をしたのである。
荀彧が劉曄を呼んだ。そして言う。
「劉曄殿。曹操様から、この様な書状を頂いた。」
手渡された書状を劉曄は一読した。
「これは・・・。」
「曹操様にしては珍しい相談だ。劉曄殿、どう答えるべきと考えるか?」
劉曄はしばらく考えた。
緒戦ともいうべき、白馬、延津の戦いで二将を討ち取るといった大きな戦果を挙げたのがそもそも奇跡的と言えるものであり、自力の差は大きく開いている。ここで戦い続けることが本当に正しいのか、一旦引いて体制を立て直すべきなのか・・・。劉曄が考え続けていると、荀彧が言った。
「劉曄殿。ここで引くということはありえない。ここは、徹底的に耐え忍ぶべき、我慢のしどころと言えよう。」
「・・・。しかし、状況としてはこちらがかなり不利と言えるのではないでしょうか。」
「劉曄殿。では、ここで引いたら、袁紹との国力、兵力格差は解消される見込みはあるか?」
「それは・・・。」
「そう、引いたとて打つ手がない。そうであれば、ここは我慢、我慢、我慢で乗り切るべき時。自分が苦しい時は、得てして相手も苦しいもの。必ず好機が訪れるであろう。訪れない時は・・・。」
「訪れない時は?」
「我らが曹操軍は壊滅、北方は袁紹のものとなる。」
「しかし、ただひたすら耐えるというのは、そう簡単ではないと思いますが・・・。」
「もちろん。しかし、そうしなければ道は無い。」
劉曄は、荀彧であれば状況を好転させる様な秘策、妙案などを返書にしたためると思っていたが、その内容はこの会話の通りで、苦しいのは相手も一緒、ここは耐え抜く時、というものであった。
やがて、この返書は曹操の手元に届いた。
曹操は確認して呟いた。
「荀彧め。まるで他人ごとだな・・・。しかし、お互い辛い、我慢比べということはよくわかった。」
こういうと、曹操は静かに笑った。
そして耐えることを選択した曹操に、逆転の機会がやってくるのである。




