第12回 劉表、劉表の下を去る
張繡が曹操に降伏したのは、賈詡の助言を受け入れたからである。賈詡が張繡に言った。
「あの曹操に二度勝利をしたのは張繡様、あなたが初めてでしょう。もう十二分に戦いました。これで、曹操に降伏しても、無下に扱われることはございません。」
「しかし、我々は、長男の曹昂や腹心である典韋も殺しているのだぞ。」
「それは既に過去の話。戦なので、命を落とす者がいるのは当然の理。その程度にこだわるのならば、曹操の周りに人材は誰もいないでしょう。」
「そういうものか・・・。わかった、曹操に降ろう。賈詡先生、今まで私の様な者を支えてくれたこと、心から礼を言う。」
「何をおっしゃいます。行き場を失っていた私を受け入れてくれた恩義、私は忘れておりません。」
こうして、張繡と賈詡は曹操に降伏した。
賈詡の予測通り、張繡は優遇された。そして、それ以上に賈詡を手に入れたことを手放しで喜んだのである。曹操が言う。
「賈詡よ。ようやくそなたが私の所にやって来た。これ以上の喜びはない。」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。」
「ところで、賈詡よ。お前は劉表に何を吹き込んだのだ?劉表が、まさか、五万の大軍を送ってくるとは全く予測できなかった。」
「私が荊州に行き、軍事同盟を締結したのは事実ですが、その時、劉表陣営に一人の切れ者がおりました。おそらくは、その漢が劉表を動かしたのでしょう。私の方でも、五万の大軍が来るとは想像のはるか上をいっていました。」
「そうか・・・。それで、その切れ者というのは?」
「劉表に賓客として遇されている、揚州名士の劉曄殿でございます。」
「揚州の劉曄・・・。どこかで、聞いたことがある名前だ・・・。」
曹操は思い出そうとした。しかし、中々思い出せない。しばらく考えると、ようやく思い出すことが出来た。
「揚州の劉曄・・・。私に会ったこともないのに、私の名を語り、それを利用して窮地を乗り越えた漢だ。」
「劉曄殿の事をご存知なのですか?」
「ああ。会ったことは無いが、私の名前を勝手に利用した見返りは必ず数倍にして返す、と言っていたそうだ。」
「なるほど・・・。それならば、時はまさに今でございましょう。」
「どういうことだ?」
「張繡殿が降伏した今、荊州は今後の対策で大忙しの事でしょう。そして、その話の中心は、劉表とそれを支えてきた荊州名士で決するはずで、部外者である劉曄殿は外される可能性が高いと思います。この機に、こちらの陣営に誘うべきだと思います。」
「なるほど。賈詡、お前は劉曄の事を知っているようだが、この件、任せてもいいか。」
「もちろんでございます。劉曄殿は優秀な人材、きっとこちらでも活躍をしてくれるものと思います。」
こうして、賈詡は劉曄宛の書状を認め、秘密裏に劉曄へと送った。
―数日後―
深夜、劉曄は書斎で書に当たっていた。
すると、人の気配を感じた。
「誰だ。」
すると物陰から黒ずくめの男が現れた。
「賈詡様からの書状、お持ち致しました。」
「賈詡殿が私宛に?」
「はい。こちらになります。」
劉曄は、男から書状を受け取り、読みだす。
「劉曄殿。あなたの荊州でのお役目は終わったものと思います。曹操様も、かつて私の名を語った恩を返すように、と申しております。是非、こちらにおいでください。」
書状を読むと、劉曄はその場で焼き捨てた。そして、男に言う。
「賈詡殿に、わかった、と伝えてくれ。」
「かしこまりました、では。」
男は、どこへともなく消えて言った。
―翌日―
劉曄は劉表を訪ねた。そして言う。
「実は、揚州の兄より、体調が芳しくなく、今後の事を話したいので戻ってきてくれ、という文が参りました。ここまで劉表様にお世話になりましたが、お暇を頂きたく存じます。」
「・・・そうか。それは、心配であるな。わかった。劉曄殿、これまで十分にこの荊州のために力を尽くしてくれたこと、心から礼を言う。今後は、兄上のために尽くされよ。」
「ありがとうございます。それでは。」
劉曄は拝礼して立ち去った。
「引き留めもされぬか・・・。」
劉曄は、心中呟き、失笑した。
こうして、劉曄は劉表の下から曹操の陣営に向かうことになったのである。




