■9 疑われた忠佐と変人科学者
50話まで毎日午前7時に投稿予定です。よろしくお願いします!
芹根春香が初めてニャン太とリオンの2人を「ハルカのサンドイッチ屋さん」に投入して大成功を収めた夜。
春香たちが寝静まると、新しく買ってもらった布団で寝ていたニャン太はパチリと目を開いた。
「ラフラカーン、出掛けるぞ」
◆
◆
◆
◆
討伐省防衛局辰川駐屯地。
連隊副隊長の宗源寺緒慕炉忠佐は2日前からほぼ一睡もできない状態のまま約束の時間を迎えた。
緒慕炉は駐屯地に侵入してきた不審者(実はニャン太)と初めて会った日から、消えた厄鬼の報告に加えて不審者の調査や報告でも忙殺されていた。
しかも緒慕炉自身の関与も疑われ、警務隊の取り調べを受けていた。
そしてあと5分で不審者と約束した時間となる。
約束した時刻の1時間前から、面会予定である仮眠室は何度も警務隊が無人を確認し、監視カメラを複数台設置している。
さらには仮眠室がある建物そのものも、警務隊が何重にも取り囲んでいる。
『この厳戒態勢でも侵入できるというのか?』
半信半疑ながら、緒慕炉は昨夜、不審者と初めて会った同じ仮眠室のドアを約束の時間に開けて照明をつけた。
『・・・うっ』
仮眠室のベッドには、誰かが横向きで寝ていた。
頭には昨夜と同じ紙袋をかぶったままだが、規則正しい寝息が聞こえてくる。
前日は他国のクラッシックな将校服のような服装だったが、今日はTシャツにハーフパンツとラフな格好である。
そしてなぜか、ハーフパンツの片方の裾から黒く長い尻尾のようなものが出ている。その尻尾はたまにスルスル揺れる。
同席している警務隊の隊長を見てみると、彼女も呆気に取られている。
しばらくそのまま待ったが、ベッドで寝ている不審者が自ら起きてくる様子がない。
仕方がないので、緒慕炉が不審者の肩をゆすってみた。するとすぐに目を覚ました。
「・・・おう。すまん、夜だから寝てしまってた。お菓子と金は用意できたのか?」
「ええ。こちらに」
緒慕炉は手にしていた菓子折りと、現金の入った封筒を不審者が座るベッドに置いた。
「うわーい、まずはお菓子の味見だ!」
箱の中には焼き菓子が並んでいる。
緒慕炉が自ら酒保で購入した4000円ほどの焼き菓子の詰め合わせだ。
不審者は何の躊躇もなく1つを取って包装を破り、紙袋を頭に被ったままお菓子を食べ始めた。
「うんうん、これも美味しいな。それ、約束の品だ」
緒慕炉が頷くと、ニャン太は紫色の水晶のような物を2個、ぞんざいに投げてよこした。
昨夜この部屋で見せられた、丙型以上の厄鬼から取れた死鬼核に違いない。
おそらくだが、自分たちが失探した武蔵国文寺公園で消えた丙型2体の可能性が非常に高い。
衛士でもない、目の前の紙袋をかぶった不審者がどうやってこの死鬼核を手に入れることが出来たか?という疑問は残る。
だが検査機にかけて鬼力紋を測定すれば、顕現時の鬼力紋と比較して武蔵国文寺公園で消えた丙型2体かどうか特定できるはずだ。
「こっちが金なのか?」
不審者は焼き菓子を3個ほど連続で食べてから、ようやく封筒に入った紙幣の存在に気付いたようだ。
「そうです。60万円をご用意しました」
不審者は封筒を開けることもせず、そのまま封筒ごとハーフパンツのポケットに入れた。
「死鬼核っていうのが手に入ったら、お前が買い取ってくれるのか?」
「・・・買い取らせていただきましょう。ご連絡先を教えていただいても?」
「そうか。売るものが出来たらここに来る。連絡先もそのうち用意しよう。・・・それより別のお菓子の味を試すのが先だ」
「・・・お飲み物は?」
「今日はいらないな。おお、この黒っぽい焼き菓子も美味いな!これは菓子の礼だ。また美味しいのを頼むぞ」
そういって不審者はまた別の水晶を緒慕炉に投げてよこした。
先ほどの丙型の厄鬼から取れたと思われる死鬼核と似たようなサイズだ。
しかし色が変だ。
大和神国をはじめとするこの世界で厄鬼を倒して得られる死鬼核は色の濃い・薄いはあるものの、一般的には紫色をしている。
だが不審者がお菓子のお礼だと投げてよこした水晶は深く美しい緑色をしていた。
厄鬼の討伐経験が豊富な緒慕炉をもってして、このような緑色の死鬼核らしきものは見たことがなかった。
「何だ、それが珍しいのか?一応言っとくが、そいつは紫のやつとくっつけるなよ。よくない反応を起こすからな。じゃあな」
不審者が急にそう告げると、室内の照明が落ちた。
なだれ込んできた警務隊がフラッシュライトで照らしたが、すでに室内に不審者の姿はなかった。
念のため追加で設置した複数台の赤外線対応カメラの画像も確認したが、なぜか機能が停止しており録画できていなかった。
これはニャン太の魔法による干渉であったが、緒慕炉たちには知る由もない。
緒慕炉はため息をつきながら、さきほど不審者から受け取った緑色の「死鬼核のようなもの」を見てみた。
形や重さ、素材感などは見慣れた死鬼核によく似ている。しかし色が緑だ。やはりこれは在り得ない、と緒慕炉は断じた。
死鬼核の色は薄い・濃いがあり、一般に強大な厄鬼の核ほど色が濃い傾向にある。しかしどれも紫色をしているのが定説だ。
「緑の死鬼核・・・フェイクだと思うが、念のためあとで鬼研(国立鬼力研究所)に回すか。・・・それよりも」
窓の施錠チェックや、隠していた監視カメラの回収、菓子折りに忍ばせた追跡タグの確認などを開始した警務隊員たちを眺め、緒慕炉は傍らの警務隊長の肩を叩いた。
「今回は私が不審者の逃走に加担したものではない、としっかり証言してくださいよ」
なお緒慕炉が今回追加で受け取った緑色の死鬼核。
実はそれはニャン太が元世界で手に入れ、たまたま捨てずにインベントリに持っていた迷宮3層にいた魔獣の核だった。
迷宮の3層目なので、ニャン太の元世界ではどちらかというとありふれた物だ。
しかし沁統力はあっても魔法がないこの世界では価値観が異なる。
緒慕炉が2個で60万円を支払った死鬼核は、ニャン太の元世界では魔獣や迷宮獣として知られているものだ。
死ぬと体内に核を持つのもこの世界の厄鬼と同じ。
しかし緒慕炉たちがともすれば苦戦する丙型も、ニャン太にとっては元世界の迷宮1~2層に出現する雑魚だった。
事実、ニャン太たちが転移してきた当日、緒慕炉たちが「失探した!」と大騒ぎしていた人災級の暴種丙型2体は、ラフラカーンが発見と同時に片手間に瞬殺したものだ。
その早業には、リオンやレオナさえ気づいていなかった。
「緑色の死鬼核もどき」は警務隊取り調べの後、4日たってようやく「鬼研」こと討伐省研究開発局鬼力研究所に回された。
そして10日後に大騒ぎになった。
◆
◆
◆
◆
アメリゴ合州国の国立鬼力呪力技術研究所の上級研究員、フランシア・ベイカーは対厄鬼研究の盟友である大和神国のサクマ・シチナベからのお詫びメールを読んで、眉間にしわを寄せた。
「ベイカー博士、どうされました?」
そのただならぬ様子に、秘書が思わず声をかける。
「例の『グリーン』の件で、サクマからお詫びのメールが来たよ。あれはインターンの学生が造ったフェイク画像で、インクリーの練習用に作ったものが間違えてこっちに流れてきたそうだ」
「グリーン」とは、フランシアたちが数日前に受け取った、死鬼核のインクリー(問い合わせ)だった。
見かけない厄鬼が出現したり、効果不明の鬼力を感知した場合には、同盟国間で問い合わせを行うことがままある。
今回、サクマ・シチナベが所属する討伐省研究開発局厄鬼研究所から届いたインクリーは、奇妙な緑色をした死鬼核についての問い合わせだった。
アメリゴ合州国と大和神国は同盟国であり、政治的な関係性も悪くないためインクリーを出したり出されたりすることは珍しくない。
ただ今回はその中身が問題だった。
アメリゴ合州国でも死鬼核といえば紫色が常識だった。
フランシア自身、初めて見るものでもちろんアメリゴ合州国のデータベースにも存在しない。
フランシアは改めて「グリーン」の画像を見てみた。
確かに色調変更だけなら、画像編集ソフトを使えば簡単に行うことができる。
だが何かがひっかかる。これはフランシアの研究者としてのカンだった。
「・・・私はこれから長期休暇を取って、ヤマトへ向かう」
急な話に、秘書は慌てた。
「ら、来週の大統領閣下へのデイリーブリーフはどうされますか?」
「ヤマトよりリモートで行う。搭乗可能な一番早いヤマトへの直行便のファーストクラスをリザーブして連絡してくれ」
呆気にとられる秘書を尻目に、フランシアは必要最低限の荷物をまとめると、足早に空港へと向かった。
◆
◆
◆
◆
同じころ、討伐省研究開発局鬼力研究所の上席研究員、七邊桜摩は興奮の極致にあった。
衛士から持ち込まれた緑色の死鬼核に、一般的な紫色の死鬼核を対消滅させる性質があることを発見したからだ。
ヒントになったのは、緑色の死鬼核と共に届けられた「提供者が語った」と言われているメモだ。
『そいつは紫のやつとくっつけるなよ。よくない反応を起こすからな』
半信半疑でごく小さく削った緑の死鬼核の欠片を同じように削った紫の死鬼核の欠片に合わせたところ、音も光も熱もなく、2つの欠片が同時に消滅したのだ。
「鬼力的な対消滅」と言ってもいい、世界で初めて観測された現象だった。
鬼力、つまり厄鬼が使うエネルギーには今でも謎が多い。
厄鬼の現世界への顕現(異空間からの移動と考えられている)や、呪種の活動エネルギーなどに鬼力が使われていると中世から推測されている。
しかしそれは観測機器が飛躍的に発達した現在でも「推測」のままで進展がない。
なぜならば厄鬼の鬼力も人間が使う沁統力や霊力も、電子的な機器による計測や撮影ができないからだ。
唯一、人間だけが待つ沁統力や霊力だけが鬼力の収束や循環を阻害する「毒」として働くことが確認されている。
厄鬼を倒して得られる死鬼核は、毒として作用した人間の沁統力などが原因で厄鬼の体内で鬼力が循環せず凝固・結晶化したものと考えられている。
人間は手に入れた死鬼核を砕いて鉄などと混ぜた特殊な合金「鬼倒鉄」を造る。
そして鬼倒鉄で造られた刀、いわゆる「鬼倒剣」や「鬼倒槍」で古来から厄鬼と戦っている。
これはこの合金が人間の持つ沁統力を厄鬼へ流しやすい、と考えられており実際にその効果が高い。
よって対厄鬼戦は接近戦闘は大和神国だけでなく世界各国でも同様の戦闘スタイルで使う武器は各国において形状の差はあるが、いずれも剣か槍だ。
対厄鬼武器については基本的には中世から進展がなく、遠距離の攻撃手段がいまだ確立されていない。
それこそが各国の対厄鬼兵士たちを数百年来悩ましている超大問題だった。
接近戦では消耗率が高すぎるからである。
もちろん銃火器(火薬を使った兵器)の開発も行われているが、それは対人・対国家間の戦闘・紛争用で、厄鬼には何の効果もなかった。
実体のない厄鬼呪種は狙えず、半実体の厄鬼暴種に射撃しても弾丸などが透過するからだ。
また砲弾に厄鬼への毒となる沁統力を込めても意味がない。
これは沁統力が人間の身体から離れるとほどなく霧散するためである。貯蔵できないのだ。
「だがこれは・・」
桜摩は改めて保護ケースに入った緑の死鬼核を見た。
『この破片を厄鬼に打ち込むことができれば、体内の鬼力を消滅させ討伐に至るのではないか?』
もちろん緑の死鬼核を使った場合の対消滅効率や、消耗品としての安定的な入手など解明すべき課題・解決すべき問題は数多い。
桜摩は今だ人類が到達できていない領域を垣間見れたことに大興奮しつつも、緑の死鬼核の重要性を理解していないときにアメリゴ合州国とフォンセ共和国に送ったインクリー(問い合わせ)を後悔した。
両国には研究者としての七邊桜摩と付き合いの長い天才肌の研究員がいるのだが、どちらも非常に我が強く強烈な人格で、問題解決のために手段を択ばず、手段のためには問題を起こし、さらには常識が欠如しており第3者と厄鬼研究以外の会話が成り立たない。
アメリゴ合州国のフランシア・ベイカーとフォンセ共和国のリフォンヌ・ピスカル。
この2人は「研究者としては非常に優秀だが、最悪の変人だ」と評されている。
桜摩はこんなヤバイ2人にくちばしを突っ込まれ、鬼力研究のエポックメイキングを邪魔される未来を想像して耐え難い不快感を感じた。
ちなみに七邊桜摩も厄鬼研究界隈ではこの2人の同類とされており(本人は強く否定)、まとめて「鬼力呪力研究界の3大奇人」と呼ばれている。
この後、七邊桜摩は居ても立っても居られなくなり、夜間に防衛局辰川駐屯地を訪問して緑の死鬼核の提供者である宗源寺緒慕炉忠佐の首を絞め上げた。
「あの緑の死鬼核をもっと出せ!」と小一時間暴れて脅したのである。
これは辰川駐屯地で「七邊桜摩強襲事件」として語り継がれることになった。
しかし当の桜摩もその2日後にアメリゴ合州国から急遽来日したフランシア・ベイカーに、3日後にはフォンセ共和国から軍用機で飛んできたリフォンヌ・ピスカルに「この研究に参加させろ!」と脅され首を絞められることになる。
<あいさつ>
今回は設定説明回ですね、すいません。
魔物に重火器が通じない=近接戦闘しかない、というのはこの先重要なポイントになる(たぶん)ので、説明回を入れました。
あとやっぱりマッドサイエンティストは登場させたいですよね。貞操逆転世界でも。
励みになりますので、よろしければ作品評価をお願いします!




