■8 ニャン太お昼寝席
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キッチンカーは10時すぎに開店したが、300食分仕入れていた食材は凄まじい勢いでなくなっていた。
ガス・トースターにはオーダーを受ける前から次々にパンが投入され、温められてからしマヨネーズが塗られ、野菜を挟み込んで生ハムが載せられる。
春香とレオナのフル回転で、1時間に100食近くが用意されたがそれでも客の列は減らなかった。
SNSなどでニャン太の存在が拡散されたためか、次から次に客がやってくるのだ。
しかも最初からいた客も、なかなか帰らない。もう1周と並んでいる。客たちの列は長くなる一方だった。
幸いにも今日は最初からセット販売を中止している。
よってサンドイッチ300本、ドリンク300杯の合計600個を売ることが出来るが、おそらく数が足りない。
先に音を上げたのはニャン太だ。
2時間ほど接客を頑張った後、猫耳がペタンと垂れてしまい、眠そうな目をしてフラフラしてきた。
「ニャン太はもうダメだ。
働きすぎて疲れた。
猫だから眠たくなってきた」
そういいながらキッチンカーの隣にあった木立にフラフラと歩いていく。
「ラフラカーン、ハンモックを出してくれ」
客の誘導をしていたラフラカーンが、アイテムボックスからニャン太のハンモックを出して、近くにあった適当な木々の間にセットする。
そこに上がろうとして、ニャン太は何かを思いついた。
「そうか、ニャン太の昼寝でも金が儲かればいいニャン」
ニャン太は土魔法を行使してハンモックの周りに土を固めて作った円柱状の椅子席を30ほど出現させた。
ハンモックに近い席ほど低く、遠い席は腰の位置が高くなっている。
ニャン太が何気なく使った魔法。
実は大和神国をはじめとするこの世界の人間には「沁統力」と呼ばれる魔力を誰でも持っていた。
「衛士」と呼ばれるこの世界での兵士たちは沁統力を使って、厄鬼と戦ってきた。
だが、それを「現実を改変する事象」にまで昇華させる魔術は存在しなかったのだ。
客たちは突然ニョキニョキと生えてきた椅子に驚いたが、「なんかのマジックかな?」と気にしなかった。
ニャン太が実は認識阻害の魔法も重ね掛けしていたからだ。
それよりも、ハンモックと椅子。そして眠そうなニャン太。
「一体何が始まるの?」
「ニャン太様がキッチンカーから離れた。もう接客してもらえないの?」
「ニャン太様、とても眠そう。可哀そう」
「ハンモックや椅子の意味するところは?」
と、順番待ちの列に並んでいた女性たちはニャン太の次の一手が猛烈に気になっていた。
ニャン太がハンモックにひょいと飛び乗り、上半身だけ起こして声を出す。
「みんな~。ニャン太は疲れて眠たくなったからお昼寝する。ここはニャン太のお昼寝を見守る席だ。
おさわり禁止で椅子に座って眺めるだけの10分2千円。お昼寝の邪魔をする奴は即退場で返金なし。
それでもよかったら、お昼寝するニャン太を見守ってくれ~。
みんなが優しく見守ってくれると、ニャン太は安心してグッスリ眠れるんだ。
お金はあのでっかい女に現金で払ってくれ。じゃあおやすみ~」
そう言い終わるとニャン太はハンモックでスヤスヤ寝始めた。
並んでいた客たちは、ニャン太とリオンを交互にキョロキョロして悩み始めた。
ニャン太の接客とツーショットは今日はもう諦めるしかない。
リオンとのツーショットを狙うか、それともお昼寝席とやらを試してみるべきか?
「お昼寝席ご希望の方は、こちらにお並びください~」
ラフラカーンが声を出すと、列に並んでいた客の1人ががダッシュした。
そして瞬く間に100人ほどがお昼寝席の列を作った。
この世界で最初にリオンとツーショットを撮った木ノ下百合もお昼寝席に並んだ1人だった。
最初はリオンの列に並んで「お姉ちゃん、また来てくれたんだね。ありがとう」と言ってもらえて、有頂天になった。
周りの客たちの「この女だけの特別扱いはなに?」という妬みの視線がちょっと怖かったが、『お姉ちゃんだし特別なのは当たり前だもんね』と妄想パワーで耐えきった。
2周目はニャン太とのツーショット狙いで並んだが、ニャン太がお昼寝を始めてしまったため、そちらに並ぶことにしたのだ。
「お昼寝見守り席ってなに???」と頭の中で答えのない疑問がグルグルしたが、とりあえず並んでみた。
これもいつ無くなるか分からないからだ。
最初の30人には入れなかったが10分待って総入れ替えになり、2000円払って2巡目で座ることができた。
『うっ・・・』
百合が席に着いた途端、「お昼寝見守り席」のヤバさが分かった。
低い位置に貼られたハンモックは、百合の席からもニャン太の顔を見るできた。
あどけない寝顔でスヤスヤ眠っているニャン太。
見回すとニャン太に見入っている、他の客たちの顔が見えた。
皆、微動だにせず、ニャン太に視線を固定している。ちょっと怖い。
だがその気持ちは分かる。
男性が、飛び切りの美少年が大勢の見知らぬ女性に囲まれているのに、まるで無防備に寝ているのだ。
『ニャン太様とも家族だったっけ?』
百合の脳内にスパークのようなひらめきが走った。
『外でたっぷり遊んで帰ってきた弟が、自宅リビングのソファーで疲れて寝ている。
そして、自分は姉に守られて安心している弟を膝枕している。
やっぱりニャン太様とも家族じゃん!あたしは2人の弟を持つ世界で一番幸せな姉!・・・ううっ!!』
風向きが変わったのだろうか、とてつもなくいい香りがしてきた。
香水でもなくシャンプーのようなケミカルな香りでもなく、何か本能に訴えかけるような今まで嗅いだことのない動物的な甘い香り。
『こ、これがニャン太様の薫玉香??』
薫玉香とは男性のタマタマの裏側から発せられる発情フェロモンと言われているが、もちろん実在はせず妄想処女たちが作り上げた都市伝説だ。
百合はリオンの初日に薫玉香を味わったことがある。
その甘美な香しさは深く百合の魂に刻み込まれた。
だがニャン太のそれはリオンともまた違う。
リオンの薫玉香を花の蜜が朝露に溶けたような爽やかさに例えると、ニャン太のそれは動物的な癖の強さとスパイシーさを併せ持っていた。
その香りは、空腹時に嗅ぐステーキやウナギの蒲焼の香りの数百倍は暴力的だった。
『たぶん、これが美少年の・・・ニャン太様の香り』
百合は微動だにもせず、ただ鼻呼吸だけを最大限に強化して、ズハーッズハーッとその場の空気を吸い尽くす勢いで嗅ぎ続けた。
周りの席からも同じようにズハーッズハーッという激しめの鼻呼吸音が複数聞こえてくる。
しかし風向きが変わったのか、しばらくすると吸っても吸っても何も匂わなくなってきた。
悲しい気持ちになった百合たちの代わりに、今は対面にいる客たちが鼻の穴を最大限にしてズハーッズハーッとやっている。
『ああ・・・ニャン太様の香りが他の女に盗られている・・・』
百合はとても惨めな気持ちになった。
そしてスヤスヤ眠るニャン太の頭、特に猫耳の間に顔をうずめて直接香りを嗅ぎたい衝動にかられた。
隣に座っていた女が急に立ち上がり、フラフラとニャン太に向かって歩き出す。
「失礼。席にお戻りください」
すぐにラフラカーンと呼ばれた背の高い女が飛んできて、客を席に連れ戻す。それはあちこちで何度も続いた。
そして10分はあっという間に終わった。
総入れ替えになり、百合は渋々席を立った。
『渋々』は去りたくない気持ちが半分、そしてもう半分は脚がガクガクして上手く立てなかったからだ。
美少年の安心しきった安らかな寝顔と、気まぐれな風向きで漂ってくる薫玉香。
このダブルパンチは、男性に耐性が全くない百合のような一般的な大和神国女性にとって凄まじい破壊力を持っていたのだ。
腰が抜けて立てなくなった客が何人もいて、先ほどのラフラカーンや後ろで殺気立ちながら待っていた客たちに力づくで排除されていた。
ニャン太はまだ眠っている。もうワンチャンあるか?
百合は再度、前回より長くなったキッチンカーの列に並んだ。
◆
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トラブルは午後2時過ぎに起きた。
「す、すいません!サンドイッチは売り切れ。残りはドリンクだけで、あと10杯で終わりです!」
切羽詰まった春香の声がキッチンカーの中から聞こえた。在庫管理ができていなかったのだ。
リオンが列を見ると、まだ数十人が並んでいる。
先頭から10人はドリンクを買えてツーショットのお願いができるかもしれないが、それ以降は買えるものがない。
客たちの列に緊張が走る。
リオンはちょっと考えて、客たちの列に声をかけた。
「ごめんなさい、ドリンク無くなりそうです。
でも列はそのままで。最後の人の後ろにはもう並ばないようにしてください!」
それから10人がドリンクを買ってツーショットしたあと、11番目の客が呼ばれた。
客はどうなるのだろう?と緊張しながらリオンの前に立った。
するとリオンは「ごめんね。また来てね」といいつつ、客の手を両手で取って握手した。
『えっ・・・??』
握手された客は呆然とした。客たちの列がザワザワし始める。
「え、いまリオン様あの子と握手した?握手したよね?」
「ひょっとして並んでてドリンク買えなかったみんなと握手してくれるの?」
「これは神サービス・・・」
「美少年握手会なんて、あたし聞いたことない」
それからリオンは1人ずつ握手しながら、「また来てね」と握手していった。
なかにはチップを払おうとした客もいたが、「握手してくれるだけでいいです」とリオンは受け取らなかった。
最後のドリンクを買って勝ち誇っていた客が、フラフラとリオン握手列の最後に並ぼうとしたが、他の客たちから排除された。
リオンに握手してもらった客たち(150人近くいた)は、掌に残るリオンの感覚に陶然として立ち尽くした。
何しろ生まれて初めて、美少年と手を繋ぐことが出来たのだ。
しかもリオンの側から、進んで握手してくれたのである。
男女比が1:1200にまで悪化したこの世界において、一般人の女性は特区に隔離されている男性と出会える機会などまずない。
ましてやリオンのような健康的な美少年(大和神国の女性基準)からスキンシップ(握手)してくれることなど夢物語なのだ。
握手してもらった客たちは、自分が超レアな体験をしたことの感動がジワジワと湧いてきた。
握手が終わって列から離れた何人かは涙ぐんでいる。
「初めて男性の手を握っちゃった」
「リオン様、なんてお優しいの・・・」
「こんなの友達に自慢しても、絶対に信じてもらえない」
「もうこの手は洗えない・・・」
そして次の奇跡はニャン太のお昼寝席の行列で起きた。
10分経って入れ替えが始まろうとしたタイミングで、ニャン太が目を覚ましたのだ。
「あーニャン太よく寝た。スッキリしたぞ。おお、まだたくさん並んでるな」
ニャン太はラフラカーンに金を払おうとした客たちを列に戻させた。
「みんなーニャン太のお昼寝はこれで終わりだ。
せっかく並んでくれた人には、申し訳ないからニャン太がお詫びのハイタッチをするぞ!
ハイタッチ希望の人は一列に並んで右手を挙げてくれ!」
何事か?と客たちはちょっと混乱しながらも、訓練された軍隊の様にピシッと一列に並び(途中2か所で美しく折り返した)、さっと右手を挙げた。
「じゃあ、いくぞーニャン太のお詫びハイタッチだ。
ニャハハハ~来てくれてありがとうな!またニャン太とリオンに逢いに来てくれよな~」
「「「キャ~~~~~~~~」」」という興奮した客たちの大歓声に迎えられながら、ニャン太は走りながら連続ハイタッチをしていった。
ニャン太ハイタッチの効果もまた劇的だった。
一瞬のハイタッチとはいえ、男性自らが自分たち女性に触れあってくれる。
しかもただの男性ではない。大和神国の歴史に残りそうな美少年であるニャン太だ。
「キタキタキタキタァ!!!」
「うぐふううう!ウホッ!!」
ニャハハハ~と笑顔でハイタッチしてくれるニャン太を目の当たりにして、手が触れた途端にハイタッチを受けた客たちは次々と幸せの海に撃沈されていった。
そしてハルカのサンドイッチ屋さんはその日の営業を無事に終えることが出来た。
これはのちに「リオン様お詫び握手天国」「ニャン太様お詫びハイタッチ天国」として、語り継がれる一大トピックスとなった。
リオンもニャン太も残った客を恨まれることなくさばくことを優先したため、撮影許可である3本指カメラ目線ピースを実施していない。
そのためエビデンスとなる映像は残っておらず、マウントをはじめとするネット界隈では「男性が握手なんてしてくれるはずがない」「男性の連続ハイタッチなど、拗らせた喪処女達の妄想」という拒絶派のヘイトと、「あれは素晴らしい体験だった」「感動で泣きそうになった」という体験派の惚気とのバトルがしばらく繰り広げられた。
大和神国の女性は世界的にも民度が高く、「列を作って並ぶことを厭わない」「待てと言われたら待つ」「有名人をそっと見守る文化がある」と言われてることにします。
そうでないと、お昼寝席のような商売なんて成り立たないですよね。
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