■7 ニャン太降臨
予約投稿です。毎日午前7時投稿予定です。ストックが50話あります。
芹根春香は朝からキッチンカーを運転していた。
営業前に本部に立ち寄って、サンドイッチの食材とドリンクを念のため300食分仕入れている。
赤字上等!不退転の決意であり、この300食分がキッチンカーに1度で搭載できる最大量だった。
リオンたちが手伝ってくれる前は、いつも最低仕入単位である30食を売り切るにも四苦八苦していた。
以前の春香の売り上げを知っている本部スタッフから「芹根さん、本当に大丈夫ですか?こんなに仕入れちゃって」と心配されたが、『きっと何とかなるだろう』と考えている。
インターネット上ではお客様とリオンとのツーショット画像が多数上がっており、「サンドイッチの王子様」としてトレンド入りしていたからだ。
ほどなく販売場所の武蔵国文寺公園に到着する。
「うそ、こんなに・・・」
予想はしていた。お客さんがたくさん来てくれるといいな、と思っていた。
しかし実際に数百人の女性が集まっている様子を見て、春香は改めて驚いた。
いつも車を乗り入れる公園入口にまで人があふれかえっている。
そして春香のキッチンカーを見て、「「「「「「キャーーーーッツ」」」」」という黄色い雌叫びが聞こえ、キッチンカーの窓がビリビリと震えた。
厄鬼の呪いに苦しみ厄鬼不況に疲れ更に男性不足で夢を失った大和神国の女性たちの中へ、リオンに加えてニャン太という超特大の爆弾が芹根春香によって無造作に投げ込まれようとしていた。
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就職活動をサボって武蔵国文寺公園に朝早くから来ていた木ノ下百合は後悔していた。
この騒ぎの発端が、自分が投稿したリオンとのツーショット画像にあると(認めたくはないが)思い当っていたからだ。
『あたしだけの愛する弟君なのに・・・みんな何しに来てるの?あたしが愛する弟君とイチャイチャするのをそんなに見学したいの?別にいいけど、脳が焼き切れても知らないよ!?』
百合の妄想は困ったことに確信の域にまでアップグレードされており、さらに残念ながら「悪の組織に攫われていた生き別れの弟と再開した」という妄想ストーリーは新作が絶賛脳内放映中だった。
しかもアニメ2クール目の本編25話、映画版3本、スピンアウト作品2本という一大巨編になっていた(さらに続編が脳内で鋭意制作中)。
そんな百合の脳内で新作の予告編が流れ始めたときに、ちょうどキッチンカーが武蔵国文寺公園に到着した。
周囲にたむろしていた女性たちが耳が痛くなるような雌叫びを上げる。
だが興奮し切った状態ながらキッチンカーの進入路と停車スペースをまるで群体訓練された兵士のように、効率よく開けて誘導するさまが不気味だ。
キッチンカーの到着に伴い、先に待っていた女性たちが目配せをしながら、静かに先着順で列を作ってゆく。これもまた人権抑制国家のマスゲームのような正確さと素早さで。
木ノ下百合も「私より先に来てた人はあの方で、私の後に来たのはあの人だから・・・」と記憶を頼りに列に並ぶ。
幸いにも列の前後からは拒絶されなかった。
いつもの定位置に停止したキッチンカーから、スタッフが下りてくる。
まずは愛する弟を悪の組織から助け出して育ててくれた義妹(木ノ下百合の中ではそうなっている)のレオナさんだ。
明るい茶髪にピンクのスタッフTシャツがよく似合っている。
次に「最愛の弟」と百合が勝手に妄想しているリオンがキッチンカーから降りてきた。
集まっている女性の多さと熱量に驚いたのか、ややはにかみながらも頑張って女性たちに笑顔を向けて、さらに軽く手を振ってくれる。
「「「「「うぉぉぉおおおー!」」」」」
女性たちはスマホを握りしめたまま、周辺の木々が揺れそうな雌叫びをあげた。
ちなみに大和神国では国際条約に基づき、男性の権利保護が徹底されている。
女性たちがスマホで盗撮しない・できないのは刑罰の厳しさもあるが、スマホのOSに組み込まれたAIが男性と認識すると撮影をブロックするためだ。
撮影できるのは唯一、男性がカメラ目線で指を2本か3本立てた時だけ(2本は撮影のみ許可で、3本は一般公開許可)。
そしてここに並んでいる女性たちの想いはひとつ。「なんとかしてツーショット撮影をお願いできないだろうか?」だ。
すでに美少年営業2日目の「ハルカのサンドイッチ屋さん」で撮影したリオンとのツーショット画像がネットに出回っている。
そしてここに来た女性たちの多くは自分もツーショット画像を撮りたい、ネットに公開してマウントを取りたい、昨日撮って頂いたツーショット画像がサンドイッチの王子様であるリオン様は素晴らしいが、自分の顔がイマイチだったので撮り直してもう一度アップしたい・・・という欲望ではち切れそうになっていた。
やや殺気立つ大歓声の中、キッチンカーの準備は進む。
「あれ?まだスタッフさんがいるんだ?今日は混んでるから応援かな?」
次にキッチンカーから降りてきた長身の女性を見て百合は『昨日はいなかった人だなー』と思った。
ラフラカーンである。
皆と同じそろいのスタップTシャツを着ているが180センチを超える高身長に加えて爆乳のため、春香から借りた女性用Tシャツの生地がLLサイズにもかかわらず全く足りておらず、ヘソ周りが丸見えになっている。
胸元も張り裂けそうなくらいパツパツだ。
ラフラカーンはまったく望んでいないが結果としてセクシーになったのだが、こういった「ヘソチラ」は大和神国では「過度に肌を見せつける装い」「男性に過度な緊張を強いる」「気配りに欠けただらしない恰好」と敬遠され時には攻撃を受ける扱いになっていた。
しかしリオンは特に気にしている様子はなさそうだ。それを確認して、百合はホッとした。
「・・・え?あの方は??」
「まさか2人目の男性?美少年?」
周りにいる女性客がザワザワする。
ラフラカーンが背を見せると、そこにはまだ寝ているニャン太が背負われているのを目ざとく皆が見つけた。
ニャン太も皆とそろいのスタッフTシャツを着ていて、下はハーフパンツだ。
だが右側の脚といっしょに黒く長い尻尾のようなものが出て垂れ下がっている。
背中に伏せているため顔はよく分からないが、頭の上にまるで猫耳のようなものが付いている。
「しかも猫耳と尻尾??」
周りにいる女性客が騒がしくなってきた。
百合自身も、美少年センサーが痛いくらいにビンビンに反応している。
「ニャン太兄ちゃん、起きて。お仕事だよ」
ラフラカーンが下ろしたニャン太はかろうじて一人で立ったが、まだ寝惚けているのかフラフラしている。
それをリオンが支えて、何とか倒れないようにしている。
そしてその初見のニャン太と、ニャン太を気遣う献身的なリオンの態度を見て待ち構えていた客たちが興奮度高めに騒めき始めた。
「ニャン太兄ちゃん?いまお兄ちゃん、って言った??」
「あの方はリオン様のお兄ちゃんなの?」
「お名前はニャン太さま!?ニャン太さまでいいの?」
「ああ、あんなふうに弟に優しくされてみたい」
「体調が悪いのかな?それとも寝ぼけてるだけ??」
リオンがニャン太を気遣う献身に、周りの女性たちの胸の中から「ズギューン」「バギューン」という撃ち抜かれる効果音が響き渡り始めた。
リオンの健気さに「ズギューン」。
ニャン太の儚さ(単に眠たいだけ)に「バギューン」。
ここにいる女性客の多くは本物の男性を直接見た経験はほとんどなく、それどころかリオンやニャン太といったレジェンド級の美少年(現在の大和神国の女性にはそう見える)を拝んだことのある者も皆無だった。
本日この場に初めて来た女性たちの多くは過去の幾多の挫折経験から「ネットで見たような美少年なんて実在するわけがない」と思い込んでおり、「でも万が一実在したら、超絶ラッキーかも?」という一縷の望みを託してこの場に朝早くから集結していた。
その彼女たちの「美少年なんかいない」という絶望を、リオンが健気な笑顔で蒸発させてゆく。
彼女たちの長年の「私たちが男性とお近づきになれるチャンスは無い」という諦観を、ニャン太の眠たげな顔が過去のものにしてゆく。
この場に集まった数百人の女性たちは目の前のあまりに尊い光景に、ただハラハラと涙を流していた。
「ほら、お客さんもいっぱい来てるよ。まるでお祭りみたいだよ!」
「なに、祭りとな?」
リオンの何気ない言葉に、病的なお祭り好きであるニャン太がようやく反応してキラリと目に光を宿した。
「ほう、大勢集まっているな。確かに祭りのようだ」
ニャン太はその場でバック転をしながらひらり、とキッチンカーの屋根に飛び上がった。
「ニャハハハハハハッ!」
集まった女性たちはニャン太の身体能力に度肝を抜かれ、大きな笑い声とあざとい笑顔に「何事か?」と静まり返った。
「みんな~~~~~オレはニャン太だ!今日は来てくれてありがとうなー」
「「「「「キャーーーッツ!!」」」」
「今は準備中だ。開店したら一声かけるから、それまで静かに待っててくれよなー」
「「「「「はーーーい!!」」」」」
ニャン太はこの場にいた客たちの心をわずか十数秒でガッチリつかんだ。いや、誑し込んだ。
ニャン太ことディセリーヌ。
元世界では「森獄十二龍」と呼ばれる魔龍群の一柱で、その正体は十二番目の末席ながらも「炎赤龍」の名を冠している正真正銘の魔龍だ。
数千年を生きて森獄を支配し、天魔と呼ばれる侵略者たちを退け、人間たちが住む世界にも多大なる影響を及ぼしている。
元世界では神にも等しい存在の魔龍がなぜか森獄の領域を勝手に離脱し、なおかつ美少女化してリオンに付きまとってレオナに「だらドラ(だらしないドラゴンの意)」扱いされていたが、魔力と暴力以外でも魔龍としてのポテンシャルは超絶に高い。
特に元世界でもディセリーヌ(ニャン太)は「身体を使うこと・表現すること」に関して、「芸術の神々の眼と指と耳、そして舌が宿っている」と称されるほどの神域にある。
ディセリーヌ(ニャン太)の建築・詩や絵画に音楽などの芸術の才能は「文化殲滅爆弾」「芸術家殺し」「評論家いらず」と呼ばれ、「一度見れば一生目に焼き付く。一度聞けば一生耳に残る」「ディセリーヌの芸術は大衆を熱狂させ、貴族は嫉妬で苦しみ、芸術家は絶望し、批評家は口をつぐみ、商家は破産する」と元世界で恐れられていた。
なお美少女形態のディセリーヌの正体が魔龍であることを知っている人間は、元世界でもレオナとリオンだけだ(ラフラカーンは人間ではないので除外する)。
そんなニャン太に取って、今回のような扇動や人心掌握はお手の物だった。
だがその有り余る才能が真価を発揮するのは、残念ながらディセリーヌが気に入らない貴族を煽ったり、敵に嫌がらせしたり、自分勝手に楽しむときだけだ。
ディセリーヌの才能に惚れ込んだ者が何かを頼んでも無視され、乞うても断われ、命令すれば反抗し、捕まえれば逃げ出し、懇願したら笑われる。
それどころか断ると勝手に来て、無視すると騒がれ、邪魔するなと怒れば本気を出され、泣いて謝れば喜んで踊りだす。
「ディセリーヌが敵だと困るが、味方だともっと困る」
「真剣に暗殺を考え・実行したことが幾度となくある」
「敵の奇襲より、ディセリーヌのやらかしの方が精神に悪い」
「あいつを評価できるのは、何もせず静かに寝ている時だけだ」
これらはディセリーヌ(ニャン太)に手を焼き、何度も煮え湯を飲まされた姉龍たちの魂からの言葉である。
そんな「究極の天邪鬼」ともいえるディセリーヌが男女比1:1200と言われるこの世界にきて、こともあろうに男性化を果たしてしまった。
「これって、インキュバス・エンペラー(男性版淫魔の王)が来た方がまだマシだったんじゃない?」というのは、ニャン太に誑し込まれた女性たちの反応を見たレオナの感想である。
そしてこの日よりのち、大和神国のサブカル的な歴史は「ANR(ニャン太レオン以降)」「BNR(ニャン太レオン以前)」として区別されることになる。
◆◇◆◇◆◇
キッチンカー到着から、約10分ほどで準備が整った。
「お待たせしましたー!ハルカのサンドイッチ屋さん、ただいま開店でーす」
レオナがキッチンカーの中から声を出したのをきっかけに、大和神国で伝説となる営業が始まった。
ニャン太とリオンが2人でキッチンカーの前に立ち、並んだお客さんからオーダーを聞いてエプロンについたQRコードでスマホ決済し、品物が出来たらお客さんに渡す。
そしてオーダーの後に希望があれば、チップをもらってツーショット撮影を行う。
ただそれだけのことだが、並んだ女性客たちの熱量は凄まじかった。
レオナはキッチンカーの中でサンドイッチ製造マシンと化した春香を手伝いながら、「セット販売は無しです~おひとり様1品でお願いします」「男性のあ~んサービスは混雑のため実施しません。ツーショットご希望の方は現金でチップをお願いします~。金額はおいくらでも構いませ~ん」と声を張り上げていた。
客たちは1列に並び、リオンかニャン太のどちらかを選んで接客してもらう。
そして客たちは大いに悩んだ。
客の中にはマウントで公開されたリオンとのツーショット画像を見て「できれば自分も!」と駆け付けた女性が多かったが、本日初登場のニャン太を見て心が揺れに揺れた。
ニャン太もリオンとは方向性がちがうが、とてつもない美少年(大和神国女性基準)だったからだ。
ちょっと吊り目で性格がきつそうな印象もあるが、女たちを前に「ニャハハハ~」と屈託なく笑う様子はとても魅力的だ。
はにかみながら「ありがと」の言葉と笑顔を添えて物静かに接客してくれるリオンと並ぶと、特にその対比が際立つ。
そしてチップを払うと、ニャン太もツーショットに応じてくれた。
チップの金額は決めていなかったが、ニャン太が「小さい札とかコインは上のポケットに、大きい札は下のポケットにねじ込んでくれ」と頼んだためそれがルールとして定着し、多くの客がより下腹部に近い下のポケットに万札をねじ込むようになった。
特にニャン太はリオン以上に女性との接触に何の抵抗もないようで、高額チップを弾んでくれた客には腰に手を回して引き寄せて頬をくっ付けるようにして超濃密なスキンシップをしてくれた。
下のポケットに高額チップを入れた場合のスキンシップがより濃密なようだ、というルールが瞬時に客たちに解析され、並んでいる客たちはニャン太の超濃密ツーショットの様子を見て魂も身体もぶるぶる震えた。
「ツーショットだけでも貴重なのに、腰に手を回してくれるなんて・・・」
「さっきの女、ぜったいほっぺたがニャン太様とくっ付いてた!うらやまけしからん」
「うわーあの女、せっかくのツーショットなのに鼻血出してる。あとで画像見て泣くだろうな・・・」
「1周目はリオン様にして、男性に慣れたら2周目にニャン太様との超濃厚ツーショットとするべきか・・・」
静のリオンと動のニャン太。
清楚なリオンとビッチ気味なニャン太。
2周回るのは当然として、どう組み立てるべきか?と並んだ客たちは悩みに悩んだ。
しかし客の中にはいざ2人の美少年を見てしまうと、「どっち!?どっちにすればいの??」と選べず足が止まってしまう女性も少なからずいた。
そんな時はニャン太が「お前はこっちだ!」と腕をつかんで連れて行ってしまう。
その強引さも並んでいる客たちをドキドキさせた。
「好みの男性から強引に扱われる」というのは、大和神国の女性が好む妄想の1つだったからだ。
リオンはあまりにも多くの人が来たため、1人に十分な時間をかけることが出来ず「雑な接客でごめんなさい」と思っていた。
しかしこの場にいる女性客にしてみれば男性と言葉を交わせて(オーダーを伝えるだけだが)、出来上がりを待っている間にツーショット撮影ができ、エプロン越しとはいえチップを入れるときに男性の身体に触れて、また商品の受け渡しでは軽く指が触れ合うハプニングがある。
それだけで大満足だった。
なにしろ男性、いやリオンやニャン太のような美少年と1対1になる機会など、今までの人生で一度もなかったのだから。
ニャン太の芸術的才能&人たらしの解説です。
自分の中では設定は完成しているのですが、それを初めて読む人に伝えるにはどうすればいいのか悩みますね。出すタイミングとか長さとか。
励みになりますので、よろしければ作品評価をお願いします!
あまり長々語っても白けますし・・・
あと今回はこの世界で男性(ニャン太)に会ってコーフンする貞操逆転世界の女性の様子を書きました。
他の作品でいろいろ書かれているので気軽に考えてましたが、難しかった・・・。先人の作家様を尊敬します。




