■4 サンドイッチの王子様
本日4話目の投稿です。50話までストックあり。
木ノ下百合は大学4年生。
昨年の秋からの就職活動に疲れて、武蔵国文寺公園を朝からトボトボと歩いていた。
今年も就職活動にはタイミングが非常に悪かった。
半年前に上信州の工業地帯で暴れた厄鬼暴種乙型飛翔属の被害が大きく、経済活動が停滞してどの企業も新卒採用に消極的だったからだ。
いわゆる厄鬼不況の真っただ中で、木ノ下百合だけでなく他の就活仲間も大半が内定の1つも得られず嘆いていた。
何とか採用を行っていそうな企業の人事部のメールアドレスを見つけ出してエントリーシートを送っても、面接の案内どころか断りの返事すら来ない会社もあった。
「もう200社には送ってるよね。それで面接アポなしとか・・・は~もうイヤになっちゃうなあ」
あと半年以内に就職内定をゲットできないと学生免許が打ち切られて、人類存続省から青紙通知(人工授精による出産命令)が届いてしまう。
そうなるとさらに就職に不利になる。
大きな溜息をついた木ノ下百合の眼に、近くに止まっている黄色いキッチンカーが何故か留まった。
「えっ?・・・だ、男性?美少年がいる??」
キッチンカーは開店の準備中なのだろうか。
若いスタッフがキッチンカーのパネルを開けたり、看板を立てたりしている。
そのスタッフの1人に、笑顔が眩しいショートカットの可愛い子がいる。
そしてその子に対して、木ノ下百合の美少年センサーがいきなりビンビンに反応し始めた(ちなみに生まれて初めて反応した)。
百合がふらふらと近寄ると、確かにそれは未成年の男性だった。
百合の美少年鑑定スキルによると、年齢は14才らしい(生まれて初めて鑑定した)。
まだ華奢な体つきで、身長も百合の方が少し高い。しかし百合はかつてないほどコーフンしていた。
百合がふらふらと近寄ると、その子はニッコリ笑って教えてくれた。
「ごめん、準備中、です。こちらでお待ちください」
そういってリオンはこの地での初めてのお客さんに、近くにあった公園のベンチをすすめた。
一方、百合は勧められたベンチに座ってじっとしていたものの、頭の中は大混乱の極致だった。
『え?なんで男性?しかもとっても若くて美形な子!
こんなきれいな子、CGでも見たことないよ!
それが接客してくれてる?私みたいな面接アポも取れないクズ女に。
・・・え、ここひょっとして噂に聞く美少年が接待してくれる超高級風俗店?でも公園だよね??
・・・お金、お金。あたし今いくら持ってるんだっけ?まったく覚えてない。
超高級風俗店ならきっと30万円でも高くないよね?いくら払えばいいんだろう・・・
だって椅子に座って待っててって。
え、どこで服を脱ぐのかな?
脱いだ服をこの椅子に掛けて待ってればいいの?』
「お待たせです。メニューです」
「む、無制限種付けコースでお願いします。
もう就職もあきらめがつきました!・・・って、ひゃあ!」
百合は椅子の上でのけぞりそうになった。だって、男の子が伝説と言われる「裸エプロン」をしていたから。
実際には、リオンはもちろん裸ではない。異世界の旅装であるハーフパンツに春香の予備のスタッフTシャツを着て、その上からエプロンをかけているだけだ。
しかしハーフパンツの丈が短いためエプロンの下に直接、リオンの素足が見えている。
これを百合の混乱し切った脳は、「男のこれをリアルで見たら死んでも後悔しないランキング」でベスト3にランクされている「裸エプロン」と誤認した。
「えっと、大丈夫?・・・ええッ!」
椅子に座ってうつろな目をしたまま反応がなくなった百合をリオンがのぞき込むと、ボダダダダと大粒の鼻血がとめどもなく落ちてきて、地面に大輪の赤花を咲かせ始めた。
『・・ライトキュアとクリーン!』
リオンは唯一使える、軽めの生活魔法をこっそり発動させる。
ここは元の世界と比べて魔素がかなり薄いが、何とか発動させることができた。
「・・・はっ!?私は何を??」
「これ、メニュー」
「え?セットで650万円?これあなた様も付いてくるの?なら借金してでも買います」
「・・・僕は付いてこない、です」
百合の剣幕にたじたじとなったリオンが、接客を頑張って照れ笑いを浮かべる。
その笑顔に百合は身体の芯を打ち抜かれ、「グハッ」っとのけぞった。
「サンドイッチと飲み物。650円、です」
「えっ?えっ?」
百合は混乱した。
650円はまだ学生である百合の感覚でも普通の値段だ。
美少年のチャージ料が入っていない。
メニューをひっくり返したり、透かしてみてもどこにもチャージ料の説明がない。
「・・・生ハムサンドとオレンジジュースのセット、おススメ。650円です」
「あなた様のススメ・・・。じゃあ、それを」
百合は美少年が示したエプロンのQRコードをスマホで読込み、半信半疑で決済アプリから650と打ち込んで支払いを行った。
「ありがと、ございます。お待ちください」
ニッコリ笑って、立ち去る美少年。
さっきのQRコード読み込みでオーダーがキッチンカーの方に届いているはずだから、取りに行ったのだろう。
『たったの650円?ウソでしょ。
あんな美少年にオーダーとサーブしてもらったら、100万円でも高くないと思うけど・・・うっ!?』
リオンが立ち去り一呼吸おいてから、えもゆわれぬ香しい風が百合に届き、陶然と脳を蕩け酔わせる。
『こ、これはまさか優れた雄が発し、メスを呼び寄せ夢中にさせるという薫玉香では??』
ちなみに薫玉香とは男性のタマタマの裏側から発せられる発情フェロモンと言われているが、もちろん実在はせず妄想処女たちが作り上げた都市伝説だ。
そしてリオンによって「人生初」のディープな経験をいろいろブチ込まれ続けた百合の脳は、また大混乱の極致へと陥った。
『あんな美少年が持ってきてくれるサンドイッチがたったの650円の訳ないよね?
あたし、そんなに善行積んだっけ?
・・・ひょっとして、あの子は私の生き別れの弟では?
あたしが記憶を奪われて忘れてるだけで、あの子は私のこと思い出してくれて。
でも悪の組織の眼があるから、大好きなお姉ちゃんって言えなくて、でもあたしのこと思い出して優しくしてくれるのかも?
ああ、そういえばあの子に似た子をお風呂に入れてあげたことがあるかも。お姉ちゃんあげる、ってドーナツ半分もらったこともある!
あの子が熱を出したときは、私が頑張って看病して、それでも寂しいからって手をずっと握ってあげて。
ああ、こんな大事なことどうして今まで忘れていたんだろう・・・。
たぶん悪の組織に大事な大事な弟の記憶を消されたんだ!
おのれ悪の組織め!』
百合の脳内でアニメ版「生き別れの弟と再会したあたし~悪の組織再来編」の1クール分のストーリーと名場面がたちまちのうちに脳内構築&消費されてゆく。
2クルー目の予告編が脳内生成され始めたころに、ようやくリオンがトレイを持って帰ってきた。
「お待たせ、でした。生ハムサンドイッチとオレンジジュースのセット、です」
「・・ふあい。そうだ、サンドイッチの写真撮ってもいいですか?ネットで紹介したいです」
「聞いてくる、です」
リオンはたたた、と走ってキッチンカーの中の春香に確認を取った。
春香は「男性の肖像権ってどうだっけ?」と記憶を漁ったが、自分には無縁なため思い出せず、面倒になってリオンにOKを出した。
「写真OK、です。紹介よろしく、です」
「じ、じゃあサンドイッチを持ってこっち見て、指をこんな風に3本立ててくれますか?」
実は大和神国だけでなく、この世界では男性の肖像権が厳しく管理されていた。基本は家族と国家機関以外は男性の写真は撮影できず、同意なき盗撮には厳罰が課せられている。
またスマホなどにもOSレベルで規制が入っており、AIが性別を判別して男性の場合は撮影できないようになっていた。
これは過去にネットに画像が流れた性的に優秀そうな男性を海外の拉致機関が誘拐する事件が頻発したためであり、男性情報の迂闊な公開はネットでは売国奴として身バレの上、炎上総攻撃の挙句にネットさらし首となるのが常だった。
ただし例外がある。
男性がカメラ目線で指を3本立てている場合は「合意の撮影で、第3者への公開も可能」という国際的な取り決めになっており、スマホでも強固なAIプロテクトを回避したカメラ撮影が可能になっていた。
百合はこの撮影ルールを就職活動の一環で勉強していたたため知っていた。
残念ながらこの世界での通常の男性は無用なトラブルを避けるため、いくら金を積まれても撮影も第3者公開も許可を出すことがなかった。
男性側にとって、何のメリットもなかったからだ。
よって男性のプライベートな画像がネットなどに出回ることは、ほぼない。
特にリオンのような美少年ともなると、絶無といえるだろう。
もっとも百合は、『私が本当のおねえちゃんだから特別に許してくれた』と思い込み、震える手でスマホからラブラブ2ショットカメラ、通称「ラブ亀」を起動した。
「スマホのこのあたりを見てくださいね」
百合がスマホのレンズを指し、リオンがたどたどしく三本指にすると、ラブ亀のシャッターが押せるようになった。
百合はここぞとばかりに、バシャバシャとツーショットを撮った。
「あと、チップ払いますのでよかったら、わたしに『あ~ん』して一口食べさせてください」
「う、うん。じゃあ、『あ~ん』」
百合は手に持つとスマホが震えて撮影にならないので、テーブルに置いてタイマーモードで撮影した。
リオンにお礼を言って千円札を1枚渡し(リオンは喜んでくれた)、映像がちゃんと取れていることを確認できて、初めて百合は口の中に入っているサンドイッチの味が分かるようになった。
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「あたし生き別れの弟に会えたかもしれない。弟は愛するお姉ちゃんのために伝説の『あ~ん』をしてくれた」
SNSサービス「マウント」で、そんな妄想むき出しのメッセージが届いた。
差出人は同じ大学の木ノ下百合だ。
受け取ったのは、「就職活動腐れゾンビ」チャンネルの24名。
本来、このチャンネルは就職活動での有益な情報交換を目的としていたが、誰1人として内定ももらえず愚痴と恨み言で荒み切っていた。
『うそ乙。氏ネ』
『ゆりゆりは就職活動のストレスから発狂して、幻を見ながらテーブルの角で一人腰を振り振り妄想している。哀れ』
もちろん木ノ下百合の投稿に対する反応は散々なものだ。
「就職活動腐れゾンビ」チャンネルの24名は、「これでライバルが一人減ったな」とほくそ笑んだ。
『嘘じゃない本当だ!見ろよこれが証拠だ。私と弟の幸せを祈りやがれ!』
誰かの嘲笑コメントに「激おこ」のスタンプをつけた木ノ下百合が、画像を貼り付けた。
「・・・はっ?」
その画像を受け取った24人が全員絶句した。
画像には今までの人生で見たことのない、ハイレベルで優し気な美少年が写っていたからだ。
そしてそれは男性保護のためのAIプロテクトが8年前に実施されて以降、史上初となる健康的な美少年の公開投稿画像だった。
「就職活動腐れゾンビ」チャンネルに、かつてない静寂が訪れる。
画像を受け取った者は、誰もが美少年部分を拡大して鼻息を荒くしていた。
本能で分かったからだ。
これが合成ではなくAI生成画像でもなく、男装女子によるフェイク投稿でもない本物の美少年画像ということが。
皆が皆、スマホを持つ手が震え始める。
とりあえず画像はダウンロードして「お気に入り」に保存。
そしてタップもおぼつかない指先で、画像の美少年部分を画面も割れよ!といった勢いで拡大表示させる。
24人全員がとりあえず「何度かスッキリして」、発情状態から戻るまで小一時間ほどかかった。
『ねえ、首元!鎖骨見えちゃってる。見えちゃってる!いいのこれ??』
『細い首筋にほのかな青さを感じる。だがそれがいい』
『この子、歳は13くらいかな?まだお姉ちゃんといっしょにお風呂入ってくれそう』
『エプロンになんか書いてあるけど、まさかこの子がお店やってるの?????こんな美少年が!?!?!?!?!?!?』
『ありえない。こんなシチュエーション、どんなエロ本でも見たことがない!見たことないのよぅぅぅぅ』
『調べた。実在するサンドイッチ屋さんらしいけど、絶対偽装情報。まさか秘密の超高級風俗店とかなのかな?』
『こんな美少年といったいいくら払えばお近づきになれるんだろう』
『指が細くて長くて、節くれ立ってるぅ・・・サンドイッチじゃなくて、私を摘まんで欲しい』
『この子、きっとすごくいい匂いがすると思う。クンクン・・・でも匂わない。私の鼻がバカになったのかな?』
そして24名がふと気づいた。
ありえない位のハイレベルな美少年の隣に、爛れきった雌臭を漂わせた女が写っているのを。
そして見るに堪えない表情をした雑魚女が、伝説の「あ~ん」をしてもらっていることを。
その上、この世の女の幸せを全て独り占めして勝ち誇っている腐れ女が、自分たちの知っている木ノ下百合であることを。
「就職活動腐れゾンビ」チャンネルの24人は、それを認識したとたんに興奮しきった脳内にスーッと冷たいものが入ってきた。
いや、美少年に対する熱意はそのままに、木ノ下百合に対する殺意が無限の成長をする氷の結晶かのごとく急速に膨れ上がっていった。
『これ、美少年に対する冒涜じゃね?』
『ギルティ。弁護・主文無しで即死刑判決・即執行が妥当と思われます』
『とてつもない敗北感を感じる。同じ無限就活地獄に堕ちた腐れゾンビ同士のはずなのに、男が隣にいるだけで月とアリンコのような格差を感じる』
『この伝説のあ~んで食べたサンドイッチはどんな味だったのだろう。この腐れメスがその天上の美味を味わったのが許せない』
『こんな現実、到底受け入れることが出来ない』
「就職活動腐れゾンビ」チャンネルに『木ノ下百合憎し』のメッセージがあふれてゆく。
そして水風船のように膨れ上がっていく百合に対する巨大な殺意は、「就職活動腐れゾンビ」チャンネルの24人が翌日そろって武蔵国文寺公園に突撃し、リオンから「あ~ん」してもらうツーショット写真を撮らせてもらうことで、ようやく霧散した。
24人は自分たちのツーショットあ~ん画像を大和神国で一番メジャーなSNSサービス「マウント」にそれぞれ投稿し、それがネット界に「サンドイッチの王子様」の激震を巻き起こすことになる。
ローファンタジーでの男女逆転世界を考える時、先人たちの設定とはちがう「新しい何か」を入れたいな、と考えていました。
ここではアイデアの一つとして、AIによる男性の撮影プロテクトを入れています。
貴重な男性を守るにはどうしたらいいのか?⇒許可なく撮影できなくすればいいんじゃね?という発想からです。
私はIT屋なので色んな技術的なバックボーンを考えてつい書き込みしたくなりますが、「設定(を語るのは)3割」と唱えて我慢してます、これでも(笑)。
励みになりますので、よろしければ作品評価をお願いします!




