道の終わり
燃え盛る屋敷。腐臭に塗れた領土。
テーゼンシアは決して人を殺さない。だから王都の人間たちは、彼女らが悪竜を討伐しにいった隙に、彼らの領土に攻め入っていた。
「お、も……?」
鼻水を垂らし、呆然と領土を眺めるおもたち。不運にも、ヴァスクもおももテーゼンシアにもしものことがあったらと付いて行ってしまっていた。
まさか王国領の端、西海に面するここがいきなり他国から侵攻を受けることはないだろうと思って。
実際、他国からの侵攻はなかった。ただ敵は、祖国にいたというだけで。
ロウ家はあまりにも貴族界での発言権をつけすぎた。時には国の方針にも、多大なる影響を与えるほどに。
愚王は奸臣の進言のままに、ロウ家侵攻という過ちを犯した。
「おもー、シア、領土が……」
おもの声は、そこで途切れた。初めて見たからだ。
騎士テーゼンシアのその黄金の瞳に、凍るような殺意が浮かんでいるのを。
「し、シア……?」
「……」
背筋が凍る。友達だというのに怖くてたまらない。ぷるぷると、体が震える。
……と、そこで今の今まで口を噤んでいた場ヴァスクが重苦しく、口を開いた。
「……俺は領民を守りに行かねばならない。シア、お前はルインの所に行け」
「っ、」
「迷っている時間はない」
「……はいっ」
敬愛する主人の命令で、彼女はなんとか正気を取り戻した。どうか生きていてくださいと、強く祈って彼女は走り出した。
そしてルインは、胸を剣で貫かれ襤褸雑巾のような姿で死んでいた。
テーゼンシアは怒りのままに暴虐の限りを尽くした。
王都は壊滅し、領地侵攻に協力した貴族たちの領土も壊滅させ、さらに王国をそそのかした、あるいは計画を知りながら何もしなかった26か国を滅ぼした。
さりとて壊したのは、建物や資源といったものだけだった。
愚王はされど、人を見る目だけはそれなりに長けていた。そこまでいっても彼女は誰一人殺せなかったのだ。
空を見上げながら、彼女は呟く。
「ヴァスク様、これからどうしましょう」
強健なテーゼンシアにしては珍しく、目の下に隈を浮かべ、疲れたような表情をしていた。
肉体というより、精神が疲れていた。
「……新しい地にでも行かないか?」
「落ち着いて考えてみれば、これだけ暴れれば二次被害だけでも何千万何億人も亡くなるのでしょうね」
「……」
「疲れました。おもさんたちも、怒っていなくなってしまいましたしね」
『おもー、みんな頑張って生きているんだよ!ルインたちと同じように!』
ヴァスクは何か、声をかけてやりたかった。罪を許してやりたかった。
だが彼が何をやっても意味はない。なぜなら、
「それにルインも、いなくなっちゃいましたしね」
彼女が本当に苦しんでいるのは、一人息子の死に対してだからだ。覆水盆に返らず。
ぽろぽろと涙をこぼすテーゼンシアを、ただ抱きしめることしかできなかった。
「うわああぁぁん!!なんで、なんでルイン、死んじゃったんですかっ!!」
「……」
ヴァスクはテーゼンシアが泣いているのを、初めて見た。彼も気が動転して、どうしていいか分からなかった。
あるいはもう少し待って、ある程度記憶が薄れていたらよかったのかもしれない。
ただ彼は、彼女をどうにかしてやりたいという一心のままに言った。言ってしまった。
「そうだ。――エリクシルを作るというのは、どうだ?」
これはどうしようもないほどに、彼女の心の闇に昏く濁った光を射させた。
ちなみに、ヴァスクは2000年前の大錬金術師アルジール・ヴェゼガの手によって、世界樹の花が失われていることを知っていた。
……世界樹が命を吸って成長する大木だということも。
これがエリクシルを求める二千年の旅の始まりだった。
「おもー、私は行ってくるんだね」
一際大きいおもの前に立っている三人のおも。
相変わらず舌足らずな口調で、一際大きいおもが他の三人のおもに告げた。
「テーゼンシアがエリクシルを得ようとしている、言い換えれば世界を滅ぼそうとしているんだよ」
「おもー、やだー!!」
ぷっくらとほっぺたを膨らませて、涙目になりながら中くらいのおもが抗議する。
「みんなで逃げるんだよ!」
「おもー、それはむりだよ……。私の存在感は大きいんだね。シアから逃げるなんて絶対むり」
「じゃあみんなで戦うんだよ!!」
「それこそ本当にむりだよー。シアは私たちが束になったところで勝てる相手じゃないんだね」
ぷっく~、とできる限り頬を膨らませて威嚇するが、サイズの差が大きすぎて大おもキングを億させることができない。
と、そこで大きなおもが口を開いた。
「私たちを見捨てるの……?」
「……」
「まだ小おもも生まれたばっかりだし、おもだってちんちくりんなんだよ」
小おもは状況が理解できず、ふりふりとただ躍っている。
「大おもキングがいないと、私たち、」
「聞いて、大おも」
「おもー……?おもっ!?」
そこで大きめのおもが目をまん丸くさせた。
一際大きいおもは、その王冠を下ろして地面に置いていた。
「何してるのっ!?」
「おもー、私はこれからテーゼンシアに戦いを挑むけれど、まあ十中十死んじゃうんだよ。あの子は特別だから、誰も勝てない」
「ならっ、」
「だから私がいなくなった後、おもたちを守る、大人がいないといけない」
そのとき大おもキングの優しく鷹揚とした、蒼天のような瞳が大おもを見つめていた。
「なってくれるかな」
蒼く、青く、全ての空を閉じ込めた茫洋たる瞳。それは尽きぬ未知を含みながら永遠に無窮で、そして清らかに澄んでいた。
「お、も、……?そんなの、むりだよ」
ただ、大おもは力なく首を振った。
「だって私はまだまだ若おもで、頭も悪いし、大おもキングほど強くもないし、それに、」
彼女は頼れる大人がいなくなるのも、自分が皆を支えないといけなくなるのも怖かった。
「おもー、むりなんて言わないで。あなたしかみんなを守れないの」
「大おもキングがいてくれれば、」
「叶うなら私もそうしたかったよ。でももう、むりなんだよ」
「おもー!」
苦しかった。どうすればいいのか分からなかった。
と、そこでふと、小おもが口を開いた。
「こおもー、なんでかんむりおいてるのー?」
「ああ、それは大おもに王位を譲るためだよ。大おもにみんなを守ってもらうためんだよ」
「だからむりだって、」
「こおもー、大おもなら安心なんだねー!」
ふりっふりっふりっふりーと、小おもが楽しそうに踊り出した。
大おもは目を見開いていた。
「私なら、安心……?」
「うん!」
「だって、大おもキングじゃないんだよ。私はしょせん、どこにでもいる普通おもで、」
「だって大おもは、おっきいし優しいんだよー!」
大おもはふと、中くらいのおもの方を見ていた。彼女もまた、口を開いて、
「大おもキングはたしかにすごいんだよ。……でも大おもも、すごいんだよ」
「……!!」
「分かった?あなたはみんなから信頼されているんだよ」
ふと大おもは、気が付いた。
みんなの庇護者が、懇願するような眼をしていることに。
ああ、無敵の大おもキングでもどうしようもないんだ。彼女だけじゃあ、どうしようもない時になったんだと、大おもは理解した。
「……」
大おもの体は、恐怖でプルプルと震えそうになっていた。
眼からは悲しみで涙がぽろぽろ零れてくるかもしれなかった、
怖かった。それに、大切な仲間と離れ離れになりたくなかった。
ずっと無敵の大おもキングの傘の下で、楽しく安心して毎日を過ごしたかった。
「……わかったよ」
けれどももう、それは許されてはいなかった。
「私が王になって、みんなを助けるんだよ!!」
震えはなかった。涙もなかった。必死に我慢していた。
自分は面倒を見る、側なのだから。
大おもキングは目を細めると、嬉しそうに微笑んだ。
大きすぎる王冠はしかし、彼女に良く似合っていた。
大おもキングは新たな王の誕生を見届け、そしてどこかへと歩を進めていった。分かり切った結末を、迎えるために。
風が鳴く。
二人は向かい合っていた。
「シア、止まる気はないんだね?」
「ええ。……ごめんなさい、大おもキングさん」
「分かったよ。それと今はもう、ただの大おもなんだね。キングじゃないんだよ」
大おもと、テーゼンシア。かつて親友であった二人。
失ったものは大きすぎた。黒い空に浮かぶ星が、二人を嘲笑うように覗き込んでいた。
「ルインもきっと怒ってるんだよ」
「ええ。そうでしょうね」
「……濁った瞳になったんだよ。本当に、人を殺したんだね」
大おもは暴力を振るうための角ばった棒を、テーゼンシアは『剣』を持っている。
『剣』。第二から第四の『剣技』の使用に唯一耐えうる強度を持った剣。
どちらの武器も神話に出てくるような、それこそアストラフィアの廻輪の宝杖でさえ比べ物にならないような代物だった。
となれば勝負を分けるのは、使い手の技量。
「おもー!!」
大おもが可愛らしい声で雄たけびを上げて、テーゼンシアに殴りかかる。
ああも角ばった棒で殴られれば手足ならへし折れ、頭なら脳機能に障害を持つことは必至だった。
テーゼンシアは横なぎに剣を振るう。角ばった棒に当たり、二人の動きが止まる。
「おもー、力は、私の方が上なんだね!」
「……」
「そして速度も、私の方が上なんだよっ!!もうふりふりできないねっ!!」
無理矢理にテーゼンシアの剣を弾き飛ばし、大おもが彼女の頭めがけて棒を振るう。
流脈で流されるか、あるいは躱されるかはするだろうけれど、どっちにしろタックルを喰らわせてやるんだよと彼女は意気込む。
二頭身の生き物が体長100㎝もあるのだ。体重と重心からして、タックルは決まると大おもは思って……、
テーゼンシアの腰が捻じれて、半回転しているのを見た。いや、腰だけでなく、背中も、肩も、腕も、鞭のようにしなって、
「『剣技』」
気づくと大おもは、横に両断されていた。
第三の『剣技』。テーゼンシアの柔らかい筋肉と、人間の可動域を越えて曲がる関節が可能にした神速の一閃。
いや、柔軟性だけではない。足腰や体幹の強さは勿論、全身を奇跡的なまでに連動させ加速する究極の肉体操作がなければできない技であった。
摩擦で『剣』から煙が発せられる。あまりの熱に、『剣』が白く発光し星全体が朝のように明るくなる。
「おもー、負けちゃったんだね。やっぱりシアは強いんだよ」
ぽてっと倒れた大おもは、光の粒子を散らしながら、少しずつ小さくなっていく。
「……大おもさん」
「でも憂いはないんだね。あの子たちはきっと、この世界を生きて抜いていく力を持っているから」
「……」
「ああ、だけれど、」
掌に乗るくらい小さくなったところで、彼女は呟いた。
「もっとみんなと、生きていたかったんだね。大おも、おも、小おも、ルインと、……それにシア」
「っ!!」
「できれば、また来世も、」
それだけ言って、ぽしゅっと大おもは消滅した。
テーゼンシアは血が出るくらい強く拳を握って、歯を食いしばった。
「……大おもさん、もう来世は、ないんですよ。私が世界樹に捧げるから」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
守るべき領地の人々を殺した。
罪なき少女を殺した。
高潔な青年を殺した。
屋敷のメイドを殺した。
心優しき老人を殺した。
愚かな王を殺した。
正義の武人を殺した。
大切な友人を殺した。
一部生き残った者もいたが誰も彼もを殺し、世界の歴史をいったん終わらせた。
そして二千年後。
『……剣技、』
『が、あ……、』
誰よりも尊敬し愛している主を殺した。
もう止まることはできない。犠牲にしたものが大きすぎた。
止まりたくとも止まれはしない。
……そうだ。
私はもはや、止まれない。
このときテーゼンシアの瞳に愛しき子の姿はなかった。
暗い責任だけが彼女を呪いのように突き動かす。
すべての人を救いたいと心から願った。
父と約束した。
主君と約束した。
恩師と約束した。
友と約束した。
されど人を殺し、救われぬままに自分も殺され終わった。
今わの際ですすり泣く彼女。……ヴァスクが言っていた。テーゼンシアはかつて、高潔な騎士だったと。
ならば敗れ、罪だけが残った彼女は今、どれほど深く傷ついているのだろうか。……最悪なことに、ラルクはもう混乱して発狂して、それどころではなかった。
重度の虚血による精神の異常。
人を殺したショック。
そして……、立ち上がることすらできないほどに、衰弱した肉体。
どうしようもない幕引き。どうしようもないバッドエンド。
ラルクの体が失意のままに、少しづつ熱を失っていって、
「まだ、」
力の限り、地面を踏みしめた。
「肉体はまだ、死んではいない」
「私はまだ、生きている」
立ち上がったのは、ラルクではなくテーゼンシアだった。
破れた心臓を回復することはできない、ならば血管に面している筋肉を動かすことで無理矢理に血を流す。
血流量が十分でないために二酸化炭素濃度が高まりアシドーシスが起ころうとするが、生体電気を意図的に流して血管内の水分を分解し、水素イオンを血管外に排出、水酸化物イオンを血管に留めることで無理矢理酸性を戻した。
解決していく。血管内の圧力低下は空気を混じらせることで、感染症は強力な免疫で、体温の低下は筋肉の摩擦で。
傷が甚大なので発生する問題は100や1000では済まないが、テーゼンシアはそれらの全てを体内の完全なコントロールによってどうにか乗り越えた。
意識は少し朦朧として、動きも少し遅くなったが、だがそれだけだ。
「竜王ちゃんを先に倒したのは僥倖でしたね」
今の彼女では、竜王を倒すには片腕を犠牲にする必要があった。
そうなればさらに血は減り、体内の不具合は増える。如何に彼女とて持って2、3日の命だろう。その時間で人類を滅ぼすのは、不可能とは言わないが難しい。エリクシルの錬金まではいけないだろう。
……そう、錬金。
テーゼンシアは子を失ってから、ずっと錬金の練習をし続けた。
力を欲しいと思ったことはなかった。人を殺す力じゃなく、大切な人を助ける力が欲しかった。
錬金術はテーゼンシアが料理と掃除、洗濯以外で唯一努力したことだった。
「今の私の体では、二週間と持たないでしょう。体力の限界はいずれ来ます」
「されど『剣技』は使えるのですし、何より『第五の剣技』も残してあるのですから、十分おつりは来る」
「何がさて、私は最強でした。一度たりとも敗れることなく、勝利と共に生涯を終えましょう」
「……ああ、でも、」
「これから私は、皆を殺すのですね」
テーゼンシアは空を見上げて、そう呟いた。
弱き人々は、自らの弱さのために苦しんだ。レイシアは力が無かったから死んだ。ラルクは力が無かったからレイシアを失った。アルテラは力が無かったから死んだ。アルマは力が無かったからアルテラを失った。
ヨシュアも、ヴァスクも、おもも、似たようなものだ。
かといって、強ければいいのかと言えば、誰よりも強いはずの彼女も結局苦しみ続けている。
弱ければ失う。さりとて強ければいいわけでもない。
とかく人間世界は苦しみに満ちていた。
……もう止まれはしない。もう始めてしまったのだから。親しい友も、愛すべき主君も、優しい少女も、罪なき少年も、誰も彼もを殺してしまったのだから。
彼女は力強く、力なく地を踏みしめる。揺るがぬ意志を持って、迷子の子供のように真っすぐに。
ラルクは世界が終わることが確定したのを感じていた。
人を殺さないで済んだと気づけたのは最後の救いだったが、だがそれだけだった。
体が冷たい。もう何も考えられないし感じられない。
そうして、意識が少しずつ空に飲み込まれていって……、
「おい、ラルク」
ふとどこからかの声に、呼び覚まされた。
彼が思わず目だけを動かすと、そこには黒髪の少年が立っていた。
「ひみは、たしか、えーと、」
「あー、失血でそれすら思い出せないのか」
ラルクの脳機能は、すでに大部分が停止してしまっていた。
「ったく、別れの言葉すらも言えない、いや、理解すらできないというのは業腹だな」
ラルクには分からなかったが、その少年はため息を吐いた。
「だがまあお前のことだ。どうせあれだけは、分かるんだろう」
「……あれ?」
「ああ、あそこに泣いている女の子がいるぞ」
彼が腕を動かして振り返ると、そこでは銀髪の女性が滂沱の涙を流して歩んでいた。
ひどく辛く苦しそうな足取りだった。
気づくとラルクは立ち上がり、彼女の手を取っていた。
「そこの人」
「……えっ?」
テーゼンシアは、ひどく優しい声に思わず振り向いてしまっていた。それはいつかの、息子の声に似ていて、
「大切な人を、失ってしまったんだね」
それはテーゼンシアの目からは、確実に死んでいた。なぜ動いているのか、理解できなかった。
けれど彼は、まるで怪我など負っていないかのように、苦痛などないかのように優しく微笑んだ。
「もう、大丈夫」
「……ラルク、くん?」
「誰だかは忘れたけど、すごい錬金術師がいるんだ。強くて、賢くて、技術もすごくて、……そしてなによりも、優しい錬金術師が」
すべての雑念のない、静かに燃えるような瞳がテーゼンシアを見つめた。
彼女の瞳に、濁りも曇りもない炎が映った。
……彼の脳機能はすでに停止している。されど魂は、まだ肉体にあった。
「きっと彼が、エリクシルを作ってくれる」
「そんなの作れるはずが」
「彼ならできるさ。きっと」
なぜだかテーゼンシアは、それをすっと信じることができた。
あるいは目の前の少年が、それを疑っていなかったからだろうか。
「でも、私は悪人で、それにレイシアちゃんも、」
「大丈夫」
ラルクは彼女の足を抱きしめていた。優しく、暖かく、
「そんなことはもう、気にしないでいいんだ。愛していたこと、それだけが大切なんだから」
「だからもう、大丈夫」
彼の言葉は、意味をなしていなかった。
彼の純粋な優しさが無秩序に現れているだけだった。
しかしそれでも、テーゼンシアはどこか懐かしく感じていた。
純粋な優しさ。言葉足らずでも、あるいは言葉がなくても、魂で伝わってくる優しさ。息子もそういえばそんな人間だった。
そしてラルクはそう少し言葉を紡いだ後で、ゆっくりと瞼を閉じた。
テーゼンシアも、そのときには目を瞑っていた。ラルクに気を取られて、心臓を動かすのを止めてしまっていたのだ。
彼女は起き上がろうとするが起き上がれない。筋肉を動かして心臓を動かそうとしたが、筋肉を動かすための血が足りない。
なんたる不覚、と彼女は思った。
けれどそれ以上に、もしかしたらまだ動けるのに、自分の意志で動かすのを止めているんじゃないのかとも思った。
……もう、いいんでしょうか。
ああ、もう大丈夫だシア。
……もう、いいんですね。
でかでかおもー、シアもこっちに来なよ。誰も殺さなくて、済むところに。
ふふっ、大おもキングさんの所には行けませんよ。きっと私は地獄行きです。
関係ないんだね、シアが地獄に落ちるなら私もそっちに行くんだよ!
それに俺もお前と共にいよう。……今度こそ、争いのない世界で。
おもさん、ヴァスク様……。
光に包まれて眠る。死しているというよりかは、それは眠りに近かった。
……理想にたどり着くこともなく、死んじゃいましたね。僕は立派な騎士になれたでしょうか。
騎士様、貴方は誰よりも勇敢で立派で、そして誠実な騎士でしたよ。
まあ、確かにアンタの理想は叶わなかったけどね。それでもアンタは、自分を誇りなさい。
ラルク、お前は俺の自慢の息子だ。
……みんな、ありがとうございます。ありがとう、ございます。
二人寄り添って寝る青年と女性は、どこか親子のようでもあった。そうして二人は二人でなかった。
二人の騎士たちの人生は、どちらも苦痛と悲しみに満ちたモノだった。けれど二人は不幸ではない。
なぜなら彼らは、良き仲間と主君に恵まれた。
その死に顔は、どこまでも安らかで……。




