来たる秋、過ぎ去りし夏
秋の紅葉した木々が、遠景の山々を彩る。
紅、黄、茶。美しかったのでしょうと、彼女は肌寒さを感じながら思う。
「最初にここに来るなんて、意外だね」
「竜王ちゃん」
「龍神さ」
目の前の小道には、紫紺の髪と真紅の瞳を持った竜人が。
テーゼンシアは最初、龍王国へと訪れていた。
「グルディオさんを倒した貴女とは、万全の状態で戦いたかったのですよー」
「万全?片腕しかないくせに?」
「ええ、今の私の万全ですよ」
濁った金色の瞳と燦然たる真紅の瞳が交差する。
天華は不敵に笑った。
「まあいいや。隻腕の剣士がこのボクに勝てるわけもない」
「傲岸不遜ですよー!」
「だってそうだろう?両腕のヴァスクとて先代龍神には敗れたのだから」
「それは甘い見通しです、竜王ちゃん」
天華はぴくりと眉を上げた。
「だからボクは、龍じ」
「何を勘違いしているのかは知りませんが、龍神さんは貴女とは次元が違いますよ。それこそ万全の私ですら勝てる確証はないほどに彼女は強い。対して貴女は、今の『剣』が無く片手のない私にも勝てないほど弱くて小さい」
「……舐めているのかい、ボクを」
「ええ」
秋の風が吹く。肌寒さの中に、灼けるような殺意が充溢していく。
ばさりと、漆黒の翼が広がった。それはさながら、テーゼンシアの未来を黒く覆っているようで。
「ボクを侮ったこと、地獄で後悔するといい」
「侮ってはいませんよ。最初から全力ではいきます。……『剣技』」
刹那、震脚と共にテーゼンシアの右腕には剣が握られていた。天華は目を見開いた。
「……それは、能力……、ではないな」
「ええ」
「かと言って目の錯覚でもない。そこには確かに、剣がある」
天華の高い頭脳と優れた戦闘勘は、すぐに答えを導き出した。
「剣を極めた果ての果てにある、技か。極限に至った動きが結果として、剣が存在しているのと同等の結果を発生させる」
「!……ええ、よく分かりましたね」
「……なるほど。ラルクの言っていた通り、グルディオクラッチとは別の領域にいるようだ」
テーゼンシアは微笑みながら、一歩一歩進んでくる。あるいはそれは、神の如く。
それを見た天華は……、恬然と笑った。
「とはいえボクもまた、別の領域にいるのさ。神域にね」
彼女はペキペキと指をならし、テーゼンシアに向き合う。
ただ立っているというだけなのに、彼女を中心に風が吹く。
……傑出した力を持った二人の戦い。
この長閑で美しい山々は、地獄へと変わるのだろう。だが、天華にとってそんなことはどうでもかった。
世界は今、終焉を迎えるか否かの瀬戸際にある。
何としてでも龍神は、目の前の騎士を打倒しなければならない。
「『剣技』」
剣が振るわれる。しかし天華はそれを上体を逸らして避け、猛然と殴りかかった。
「っ、速い!!」
次の瞬間パァンと破裂音がして、テーゼンシアが吹き飛ばされた。
木々が何百本もなぎ倒され、背後の森が壊滅する。龍神の力と速さはテーゼンシアから見ても卓越していた。
まともに受ければ即死、掠っただけでも骨は折れ肉は裂ける。
「……」
しかしなぜか攻撃した側の天華が、顔を顰めていた。
ゆらりと向こうで金眼の怪物が起き上がる。
「ですがまずは一撃、ですね」
「……」
天華の右手がぷらんと腕の先から垂れ下がる。
殴られた瞬間、テーゼンシアは剣を持った手で天華の手を掴んで逆技をかけたのだ。
「なるほど。剣だけじゃないと」
「ええ、常に剣を持っているとは限りませんし、何より剣は取り回しが悪いですからね。素手用の技もひと通り、――練習したことはありませんが、修めてはいます」
「……」
一方テーゼンシアは攻撃を喰らった瞬間に後ろに飛んだのか、ダメージは一切ない。
いや、後ろに飛んで威力を軽減したにしても身体能力の差は歴然としているはずだ。鳩尾を殴ったつもりが腹筋で受けられたのと、衝撃を後ろだけでなく、独特の体術で体外に流されたのが大きい。
「そういえば、なぜラルク君を連れてこなかったのですか?」
「ボクがいる以上、要らないと判断したからさ」
「ご冗談を。貴女が慎重派であることくらい、政治に疎い私にもわかりますよ」
「……」
天華はその質問に答えなかった。代わりに彼女は漆黒の翼を広げた。
おや、とテーゼンシアが首を傾げる。
「片翼だったのですね。高位の竜としては珍しい」
「これはボクの不完全さの象徴さ。龍神の力を半分しか継いでいない証拠だ。竜人の中でボクの扱いが竜王どまりだったのは、これもあるんだろうね」
「……」
一見飄々としているが、その内には溶岩のような激情を秘めた少女だった。
テーゼンシアは何かを言おうとして、手で口を塞ぐ。
「……?」
「まあいいです。……とにかく、龍神さんに劣る貴女に、何ができるというのでしょう」
「ははっ、母に劣るとまでは言っていないよ」
「えー、龍神さんの力を半分しか継いでいないと言ったじゃないですか」
「才能で劣っているのなら、他の部分で補えばいい」
テーゼンシアは不思議そうな表情をして……、気づくと目の前に、天華が迫っていた。
「速いですね」
「ボクはさ、母と違って鍛錬を怠らなかったんだ」
天華が無数の拳を繰り出す。テーゼンシアはそれを全ていなし捌くが、余裕は明らかにない。
「肉体の強度で言えば、ボクは先代龍神には確かに劣るだろう」
徹底して剣の間合いにしない。
「だけれど技。その一点で、ボクはあの人を遥かに超えている」
テーゼンシアは度々距離を取ろうとするが、圧倒的な反射神経を以て距離を離させない。
どこまでも付いて行く。そして少しずつ押し込んでいく。
「……なるほど、確かにこれは龍神さんには無い強みです。彼女には間合いなんて概念すらないでしょうしね」
「だろう?」
「ですがそれを器用貧乏と、人は言うのです」
天華の右フックを彼女は右手で受け止める。
相手は片腕、もう片手の攻撃は防げまいと天華は思って……、宙を舞った。
「はっ?」
投げ技。想定外だった。
風見天華は、投げ技というものをほとんど見たことも使ったこともない。魔力で強化された人間の肉体に対して、地面はとても柔らかいからだ。
「投げられ慣れてませんね」
慣れているはずも無い。なんせ、相手を傷つけられないという欠陥を抱えた技に、どうして慣れていられようか。
「舐めるなっ!」
しかし天華は地面に背中から叩きつけられるところを、無理に前に回転して足から着地した。
ただ、距離が開いてしまった。無理に着地したから、体勢も悪い。
ドンっと、地面を踏み抜く音が辺りに響く。
「『剣技』」
剣の間合い。
彼女は即座に半足引く。
ズバァッ!
「かふっ、がっ」
「一歩遅かったですね」
バッサリと、天華の胸が切り裂かれてしまっていた。蒼の着物が、真っ赤に染まっていく。
「結局私も龍神さんも、貴女とは大きく違うのですよ。私たちは、ただの一度も力が欲しいだなんて思わなかった」
深い切り傷を露出し、息を荒げる天華を前に、テーゼンシアは悠々と話す。
追撃する気になればできるだろうに、それすらもしない。
「なぜならば強かったから。生まれ落ちたその時から無敵であったから」
格の違う強者。
これは勝負になっているようで、まるでお話にすらなっていないなと天華は悟る。
今の所テーゼンシアは何一つリスクを負っていないし、傷も負っていない。
対して天華は満身創痍だし、何度も死にかけた。
「……力、か」
「ならばなぜ君らは、当たり前の幸せすらも掴み損ねるのだろうね」
このとき天華は幼い頃の、数少ない母との記憶を思い出していた。
母が父を連れて、龍王郷を去るその少し前の会話。
天華は隔離された父に会いたいと、そう母に訴えかけていた。
『天華、君は父さんに似たんだろうね。人の痛みが分かるいい子に育った』
父さんに似た。この意味は、当時の幼い天華には分からなかった。髪色も顔つきも性別も角も翼も尻尾も、全てが母に酷似していたのだから。
ただ彼女は天華と唯一違う、この世にある物質では表現し得ぬほどに混ざり気のない紅の瞳を向けて語った。
『君には才能がある。頭もよければ魔力量も大きいし、何より強い肉体を持っている。ボクがいなくなっても龍王郷で、君は竜人族の希望の星となるのだろう』
彼女もそれには納得していた。幼心に自分が他人より格段に優れていることは、なんとなく理解していた。
と、そこで龍神は美しく超然とした、しかし内に悍ましい狂気を宿した紅瞳で彼女を見つめた。
『君は、親がいなくても大丈夫なはずだ』
『でもボクはそうじゃない。彼だけがボクの、生きる理由なんだ』
親として最低の発言。母は顔を青ざめさせ震えていた。
天華は幼いながらも、母の恐怖の淵源を理解していた。
夫を強姦された。そして母は、女として娘を恐れていたのだ。
10にも満たぬ少女に、実の娘に性的なものを見出して怯える。それはさながら神経症者のようで。
龍神は完璧な存在のはずだった。
おおよそこの世で彼女より美しいものはないと断言できる美貌。人間など比較にもならぬ極致の叡智。
そして一夜で世界の歴史を終わらせられる、極限究極の力。
おそらく天華でも彼女と肉弾戦をしようものなら、一撃で世界の塵の一部に変えられることだろう。
龍王国が全勢力を以て彼女を倒そうとしたとしても、傷一つつけることすらできないだろう。
されど今の彼女は、弱者のように怯えている。大切な人間を取られることに神経質になっている。その大切な人間に自分が入っていないことを悟り、天華は胸を痛めたが。
……ふと龍神は、天華の頭を撫でた。
『再三言うけれど、君はボクの娘だ。いかなる艱難辛苦をも捻り潰し、無理難題を笑って乗り越える力は持っている』
『……』
『けれどあの二人は別だ』
『二人?』
『リシディアクォートとテーゼンシア。この二人は君が小細工を弄したところで勝てるようになることはない。『熱力』に五つの『剣技』がある限り、あの二人がボク以外に倒されることはない』
『……熱力に、剣技ってなにさ』
『片や光速を凌駕した一撃必殺の奥義、片やこの世界に存在しうる全ての武の最奥さ』
光速。秒間に約30万キロメートル進む、換言すれば一秒間にこの星を4周する速度。
聡明な天華は6歳にして、その意味を理解して戦慄した。
……今思えば龍神は、娘に警告をしてくれていたのだろう。その瞳に、確かな心配を宿していた気がした。
『目を見れば、とりあえず二人のどちらかであることは分かるから戦いを避けることは容易だ』
『……どんな目をしているの?』
『正しく形容する言葉がないから何とも言えないけれど、まあとにかく二人に会えば、瞳を見た瞬間に二人であることは確信出来るはずだ』
後になって分かることだが、それは果たして事実だった。テーゼンシアの瞳を見た瞬間に、天華は彼女が龍神の言っていた者であることを悟った。
『ボクは彼女たちより強いが、生憎君が彼女らに会う頃には、ボクは自らこの世を去っていることだろう。君には申し訳ないが、ボクは色々と疲れた』
そう言って、彼女はばさりと黒の翼を広げた。
『ああ、でも、』
『それでも戦わなければいけない時が来るかもしれない。君は神にならなければならないのかもしれないね』
それは何らかの意味を孕んでいるようで、しかし何らの直接的な示唆も天華に与えてはくれなかった。
それが龍神と天華の、最後の会話だった。
天華は龍神の影響で苦しんだことこそあれ、助けられたことはない。彼女は親としては失格の、最低の人間だっただろう。
ただそれでも彼女は、母親を憎んだことはない。
なぜならば、彼女は神の娘としての、人智を超越した力を与えられたからだ。
今思えば、いや、ずっと昔から分かっていたことではあったが、龍神は天華のことをどうでもよく想っていたわけではない。
ただ彼女は信じていたのだ。
自らの娘が、目の前に立ちふさがるあらゆる障壁障害を乗り越え、願いを叶える力を持っていることを。
そして事実、天華は200年という竜人基準では長くない時間で、全ての柵を粉々に粉砕することができるはずだった。……その少し前に、その柵はすでにほどけていたわけだが。
「ボクはラルクじゃないけれどさ、君には多少同情もしているんだ」
「えー、と?」
「君は君なりに苦しみや悲しみを背負っていて、そして何か確たる理由があって悪を為しているんだろう?」
「……」
「世界は理不尽なんだ。それこそ、母や君でも抗えないほどにね」
テーゼンシアは何も言わなかった。生真面目だね、と天華は笑って、
「まあそれはさておき、君は躊躇なく虐殺される。君と母の唯一の違い、それは君が世界の害悪であったことだ」
「……できると、お思いで?」
「できるさ」
彼女は赤い目でテーゼンシアの方を見て、
「テーゼンシア。君はボクについて、どれだけの情報を持っている?」
「有名人ですし、一応少しは調べてきましたよ。強靭な肉体ひとつで戦うと」
「なら、アレについては知らないみたいだね。まあグルディオクラッチとの戦いにも使わなかったし、当然と言えば当然だけど」
「……?」
テーゼンシアは首を傾げた。
「アレとは何でしょうかね。片腕でできる技なんて、たかがしれていると思いますが」
「いや、何、ボクは君たちの強さを母から聞かされていたからね。――怪物の殺し方を、用意していないはずがないだろう?」
燦然と輝く真紅の瞳。
それは透明さを帯び、深い海が黒く見えるのと同じ原理で真紅の瞳が漆黒に見えて……、
初めてテーゼンシアは、全速力で駆け出していた。
『瞳』。
『龍神』風見天華は、このとき確かに神域に至っていたのだ。
テーゼンシアと天華では、走る技術は彼女の方が上とは言え、そもそもの身体能力に差があり過ぎた。
バックステップして、彼女の剣閃をギリギリ躱す。
「君たちを前に、まともに戦うことは不可能だと聞いた。ただし攻撃力に反して、そもそもの肉体強度はそう高くないだろう。なら、」
「圧倒的な一撃で、この世から消滅させればいい」
刹那、莫大な魔力が天華の上空に集まった。
バクフー魔石田の魔力総量をも優に超える至大の魔力。蒼の水球が天蓋を覆いつくすほどに成長していく。
「ボクはさ、生まれてからただの一度も、魔法を使ったことがないんだ」
ビリビリと、テーゼンシアの全身が震える。
「……バカな。これほどの魔力、一人の人間に宿せるはずが、」
「まあ確かに、人間では無理だろうね。――でも生憎ボクは、神様なんだ」
巨大化して、龍神山の頂点をも飲み込むほどになった水球。
あまりにも莫大な質量を持ったそれは、さながら一個の星のように周りを引き付ける。
濃密すぎる魔力が周囲の環境に変調をきたさせる。
当然そんなものをここに落とせば黎音やラルクも含めて龍王国の全員が即死するから、龍神はそれを収縮させ、頭部ほどの大きさの水球に変える。
ここに来て彼女は理解する。
天華は果たして、冷酷な龍王国の守護者のままであった。情や優しさから、ラルクを戦いから遠ざけていたのではない。
テーゼンシアはこのとき初めて、ごくりと唾を呑んでいた。そして隻腕で使えるのか彼女自身も分からない『剣技』を解放しようとして、
「究極魔法、天海崩」
テーゼンシアが二度目の剣撃を放つより先に、轟音と共に水球から一条の水砲が放たれた。
あまりの内圧に耐え切れず、水球は一瞬で拡散して爆散する。
直径1キロメートルほどの水の放射。
それは一瞬でテーゼンシアを飲み込み、地中に潜りマントルを突き抜け、星の裏側から星の外に飛び出していく。
天華らは知る由もないが、宇宙空間からはこの星は長大な尾を引いているように見え、この時の衝撃による軌道の変化で季節は二月ほどずれたそうだ。
龍神一世一代の究極魔法。それは言ってしまえば下級魔法ウォーターキャノンと同じ術式であった。
そして今までにテーゼンシアが見てきたどの技よりも、破滅的な威力を持っていた。
「……終わったね、ようやく。ボクらの因縁も、全て」
天華は目の前の広大な穴を見ながら、そう呟いた。
穴の中から、赤熱するマントルと裏側の星が見える。水の噴射で星が回転したのか、陽が赤く染まり、今にも沈まんとする。
「少々やり過ぎた感は否めないが、相手は世界を滅ぼそうとしていたんだ。この星に少しくない何らかの変調は残るだろうけれど、まぁ罰は当たらないだろうさ」
ジメジメと空気が淀む。彼女の一撃で生み出された水の質量は、大洋の有するそれに匹敵するほどだった。
天華は西日に顔を灼かれながら少し伸びをすると、くるりと後ろに振り返った。
「さあて、とはいえやることが完全になくなったわけじゃない。龍神がもし生きているのなら娘として会いに行かなきゃいけないだろうし、姉として大切な妹の手伝いもしないとね」
彼女は黎音とラルクが、未だに恋仲になっていないことに不満を持っていた。
「まあ黎音の恋愛成就に関しては、彼を何発か殴って言うこと聞かせればいいだけだし簡単か」
倫理観の終わった発言と共に、彼女は帰路に着く。
「……」
と、天華はゆっくり、後ろを振り返った。
「……いやいや、それは、おかしい、だろ」
額から汗を垂らし、体を震わせながら見ると、そこには、
「――危なかったですね」
「……冗談だろ?」
「片手で『剣技』が使えるか分からなかったけれど、意外とできるものです」
そこには当然のように無傷の、テーゼンシアが立っていた。
ありえない、と天華は思う。
あの魔法は、天華ですら喰らえば一瞬で絶命する威力を持っていたはずだ。それをテーゼンシアが耐えるなど、
「観察眼を養っていくと、色々なものが見えてくるようになるのですよ」
「事象の発生する原理。それが見えたならば、後はそれを切ればいいだけです」
「……ばけ、ものめ」
つまるところ、テーゼンシアは自らに水砲が直撃するという事象を切ったとでも言うのか?
そうならば、この女は正真正銘無敵の存在だと天華は思った。
「まあ勿論、世界ごと敵を焼きつくすリシディアちゃんや世界より上位の存在である龍神さんには通用しませんし、事象の発生する前にしか切れないから反応できない攻撃にも対応できませんが、ただの『威力が強い攻撃』には十分なようですね」
「……だが、曲がりなりにも剣技ならば、振るわねば効果は発揮されないはず、」
天華は小細工抜きに、彼女に襲いかかった。
カウンターで突きが放たれるが、横に跳んで躱す。
「片手では『剣技』の発動に制約がある。特に第二~第五の『剣技』は近接戦で使えたものではありませんし、今の私は近接戦に於いて無敵ではない」
「まあでも、」
「それらが必要なほど、貴女は強くありませんがね」
「……かっ。はっ、!!」
しかし避けたはずの剣がなぜか、天華の胸を貫通していた。
……テーゼンシアの剣をよく観察していたヴァスクを除いて、神速かつ変幻自在の彼女の剣を避けることは不可能である。
それこそリシディアクォートですら、彼女の剣を前に何もできずに敗北したのだから。
なんとか天華は直前で体を捻って心臓だけは避けたが、致命傷には違いない。
「ッツ、このっ!!」
天華は胸を貫かれながらも拳を繰り出すが、
「貴女の動きはもう頭に入れました」
幻想の剣を手放したテーゼンシアに、あっさりと躱わされた。
そのまま天華は足払いを喰らい、地面に倒され腹を踏みつけられる。
「がっ、」
「一発芸のなくなった今、貴方はただの人間ですよ」
踏みつけの音はそう大きくはない。ただ、それは的確に天華の急所を抉る。
胸の刺突と腹への踏みつけ。そのたった二撃で天華は瀕死になっていた。
「力の頂たる龍神さんならあの程度の魔法は、一切の消耗なく放つことが出来たでしょう」
「ぐっ、」
「それと同格とされているのが異能の頂りっちゃんと技の頂たる私なんですよ」
その言葉に偽りはないのだと、否が応でも理解させられる。事実、テーゼンシアが本気を出したのは大魔法が放たれる前の一瞬だけであった。
強すぎると、彼女は思った。こんなの五大国全てが結集しても、勝てないと絶望した。
そうしてテーゼンシアが、剣を上に振り上げる。
「さて、それじゃあそろそろ終わらせましょうか。この国を」
「待って、」
「待ちませんよ。まだ四国もあるのですから。……第四の『剣技』、断界」
テーゼンシアが地面に強く踏み込んで、剣を振るった。
狭い龍王国の居住域すべてを飲み込まんと巨大な刃が飛翔する。
滅びの斬撃。
天華は動かない体を動かして止めようとしたが、無駄だった。
あれは誰にも耐えられない。そして速度的に誰も避けられない。
森が開ける。物見櫓も両断される。そうして斬撃は、一瞬で都のすぐ手前まで迫った。
あそこには黎音もラルクも、竜人たちもおもたちも、皆がいるはずだ。
全てが終わるのかと、彼女の瞳から涙が零れて、
「……?」
ふと、空が裂けていくのが、止まった。
テーゼンシアでも理解できなかったのか、一瞬目を見開いて、
「立てますか、天華様?」
「き、みは、」
炎のような、赤い髪をした騎士が現れた。
希望を覚えるより先に、逃げろと天華は思った。
「アレは強すぎる。次元が違う。だからどうか、」
「その怪我でも話せるんですね、よかった。貴女なら多分、急いで龍王国で治療を受ければ、死にはしないでしょう」
それだけ言って、彼は剣を抜いた。
天華はもう、何も言えなかった。彼の目を見た瞬間に分かってしまった。――彼は自分が死ぬことを、受け入れてここにいるのだと。
「テーゼンシアさん、貴女にとっても、俺にとっても、多分これが最後の戦いになる」
「全ての試練を越え、『英雄』となりましたか。ならば確かに、これが最後の戦いとなるのでしょう。片腕しかなくとも、竜王ちゃんと貴方相手以外では、虐殺にしかならないでしょうから」
二人の騎士が、剣を構えた。古き最強の騎士と、新しき最強の騎士。
どこか切ない、秋の風が頬を薙いだ。
その二人の姿は、どこか切なく。
「騎士ラルク、」
「テーゼンシア、」
「「いざ参る」」




