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大戦③

 ラルクがヴェートで救助活動を行っている中、黎音は龍王郷にたどり着いていた。


 無数のふすまと長い廊下によって閉ざされた幻灯の迷宮。

 息を切らしながら竜王城の、天華の自室のドアを開ける。


「天華様っ!」

 

 筆を片手に、書き物をしていた紫髪の少女は黎音の方をゆっくりと振り返ってきた。

 彼女は硯に筆を置くと、不思議そうな表情をしたまま、


「ひと月ぶりだね。ただ、ノックもせずに入ってくるとは、」

「三大国が龍王国に、侵攻しようとしていることが分かりました!」

「……!」


 天華は、少しだけ驚いていた。ただ、そこまで意外でもなかったようだ。


「三大国というのは?」

「王国を除く、五大国です」

「その情報の確実性は?」

「……獣王国と帝国はほぼ確実に。魔王国は未確定です」

「……ふむ、」


 彼女は机にその細やかな指を乗せて、トントンと何度か叩く。

 普段天華は、考え事というのをしない。彼女はそんなことをするまでもなく問題を解決する力を持っているからだ。


「エリクシルか、あるいは世界の覇権か。……いや、その二つはシノニムなのかな?」

「……?」 

「――足るを知れよ、愚か者めら」


 近くの黎音にも聞き取れないほど小さな言葉を発するとともに、天華は立ち上がった。


「それで、奴らはいつ来る?」

「……分かりません」

「どこでその情報を得た?」

「ヴェートからの通信で、」


 黎音は、ヴェートで起きたことの一部始終を話した。


「……何やってるんだい、君たち」

「……申し訳ございません」

「まあいいのだけれどね。特にラルク、彼には、借りがある」


 天華は呆れたようにため息を吐いて、黎音の手を取った。


「向こうとしてはこっちに龍神池の膨大なマナがある以上、準備をさせたくはないだろう」

「ええ、まあ、」

「まさかいつまでも気づかれないと思っているはずも無い。現に今、君から情報が伝わってきたわけだしね。……遅くても来週までに、早ければ明日にも来るよ」

「……明、日。どうすれば、」

「決まっているだろう。いつだって龍王国は、外敵に対して純粋な力で抗ってきた」


 真紅の瞳が怪しく輝く。漆黒の片翼が、ばさりと広がる。


「ただ、龍神としての力を見せつけるだけだよ」


 彼女はあくまで飄々と、自然体で。その姿に、黎音は安堵を覚えることすらできた。




 





「獣王が聖絶に敗れたか。さもありなんと言ったところだな」


 『皇帝』デニスはそんなことを呟いた。『魔王』ディミトリはさもくだらないと言った風に、横を見ることもなく答えた。


「所詮は獣人よの」


 暗いテントの中、たった二人で王たちは話している。 


「世界が大きく、揺らいでいるな」


 デニスのつぶやきに、彼は顔を顰めた。


「儂らが大きく、揺り動かしたのじゃろうに」


 美しい切れ長の青の瞳を持った、銀髪の青年は首をゆっくりと振った。

  

「いいや、違う。歴史が、世界が、あるいはもっと大きい見えない何かが、騒乱の時代を望んでいるのだ」

「……ほう?」


 ヴァスクにも負けない体躯を持った、白髭を生やした老人ディミトリはここで彼の方を向いた。


「興味深い話じゃの。時代を動かすものが、我ら人間ではなく形而上の計り知れぬ何かだと?貴様は王国の小娘のような、論理に傾倒した人間だと思っておったが」

「論理を突き詰めていけば、それに行きつくというだけの話だ」

「……どういうことだ?」

「グレート・リセットの数百年前は戦乱の時代が続いていたそうだ」


 グレート・リセットつまり文明大崩壊の後、僅かに現存した文献から分かることを彼は淡々と述べていく。


 グレートリセットの少し前に、平和な時代が訪れた。そしてそのすぐ後に、何の因果かありとあらゆる国家文明が消失した。


 されど人間が生き残っている限り、いつか文明はまた地上に現れる。

 その数百年後に、水辺、とりわけ川の付近で人類の再興が始まった。

 再興の際に竜人族は竜人族で、獣人族は獣人族でという風に、まとまって国家を作り上げていった。

 種族ごとにまとまった国家が作られた要因としては、種族特性上適している気候の場所への移住や、旧文明の関係ではじめからまとまりがあったのもあるが、一番大きな要因は他種族への差別と排斥による選別だった。


「そうして他種族への差別と排斥を孕んだ国家の成立は、自分と異なる者への敵意と無理解をさらに助長した」

「それが1000年近く続いた戦争の理由となったわけか」

「ああ。……ある程度国家が発展すると、すぐに他国家への侵略が世界各地で始まった」


 そうして他国家を取り込み肥大した五つの大国が、現在の五大国の原型となっている。

 

「知っての通り……、まあ五大国のトップしか知らんだろうが、七冠聖絶の手によってその戦争は終わりを迎えた」

「そうして昨日までの、平和な時代が訪れたわけじゃな」

「ああ。そして我は、聖絶こそが一つ目の『大いなる意志』だと考えている。厳密には、聖絶の誰かがな」

「……ならば、その大いなる意志とやらは、戦争を望んでいないのではないかの?」 

「ああ」


 彼は即答した。


「矛盾しとらんか?」

「いいや、意志は一つではないというだけのことだ。平和を望む意思と、争いを望む意思の、二つがぶつかり合って世界は運行されているのだろう。グレート・リセット。一〇〇〇年戦争。そして今回の大戦争。意志の強さが争いに傾いた時、戦乱が始まるのだ」

「……オカルトじゃの。儂はそういう、神秘や奇跡は信じないのじゃが」

「これをオカルトだと思うのは、()()論理立った体系を持っていないからというに過ぎない。昔は火も、雷も、魔法も、水も、魂も、全てがその括りに入れられていたそうだぞ」

「……」


 彼の言っていることが本当に合っているのかは分からない。ただ一つ断言できるのは、リシディアがこの世界に来たタイミングで戦争が終わり、彼女が死してすぐに戦争が始まったということだ。


 無論、魔王も皇帝もリシディアの死については知らない。

 ディミトリは天幕を見上げた後に、呟いた。

 

「……まあ、貴様の説を否定する根拠も肯定する根拠もない。否定する理由がないからと言って信じるのは本物の阿呆のやることだが、仮にも貴様の言うことだ。一旦置いておくが、」

「置いておくが?」

「そう思っているなら、なぜ貴様は戦争を選んだ?なぜ誰よりも高いプライドを持つ、貴様が訳の分からぬ意志などに載せられることを選んだ?」


 デニスは、儚く笑った。


「我は、長い時を生きてきた」


 エリクシルの効能は、対象を完全な状態にとどめること。

 それは死者を生者に戻すこともそうだし、肉体を全盛期にまで戻すこともそうだ。

 デニスは魔王よりも年上であった。


「抗えぬのだよ」

「……」

「到底人間などに抗うことはできないのだ。仮にそれに抗える者がいるとするならば、それは……、七冠聖絶か、先代龍神くらいのものだろう。いや、戦争が始まったのを見るに、それらも抗えはしないのか。龍神は死したしな」


 らしくなさに、ディミトリは言葉を失った。同時に、世界征服という大いなる夢を抱いたこの男でさえも、その意志とやらには屈するのかと戦慄した。



「まったく、弱者の考えだね」


 と、そこにハスキーな女性の声が響いた。

 ディミトリは声の方角を睥睨し、デニスはそちらに向き直る。


「龍神か」

「ああね」


 誰も驚きはしなかった。焦りもしなかった。


「しっかし、そんな理由で攻めてくるとはね。さしものボクも、開いた口が塞がらなかったよ」

「どの口が言う。不気味なほどに飄々としおって。貴様が本気で驚くことなどなかろう」

「ああいや、実は妹にびっくりさせられたばっかりなんだけどね」

「?」

「まあそんなことはどうだっていいや。とにかくさ、武器を取れよ」

「もう取っている」

 

 二人は増援を呼びはしなかった。そんなものに鴻毛ほどの価値もないことを理解していたからだ。


「やれやれ、早くも佳境か」


 皇帝は、金色の杖を片手に前に出た。それを見た天華は少し笑った。


「神器か。まあ霊長の頂点には相応しいのだろうけど」

「そういう貴様は、武器を取らんのだな」

「母さんがそうだったからね」


 皇帝と魔王は、彼女を前にして一つの事実に気づいていた。


「そうか、では行くぞ」

「来な」


 次の瞬間、デニスの杖から極大の光線が放たれた。

 さらにそれに続くように火、水、雷、風、土、無数の属性の魔法が天華に降り注ぐ。

 皇帝デニスは世界でただ一人、全ての属性の魔法扱える人間だった。


 しかし天華はそれらすべてを舞いのような軽妙洒脱な動きで躱す。


 轟音と共に、夜の空が虹色に染まる。無数の光が反射し、爆ぜ、縦横無尽に乱舞する。

 

「うん、弱い」


 天華はそう呟く。

 皇帝と天華の距離は残り3m。もはや近接戦の間合いだった。


「だが、これでも儂は、殴り合い最強を自負しているんでの」


 そこに魔王が立ちはだかる。3mを超える巨躯。

 リーチも筋力もすべてが人間を遥かに超越した魔族の王。


「食らうがよい」


 巨大な拳骨が天華を襲う。

 

「だから遅いってさ」


 それに天華は、手刀で応戦した。

 丸太のように太い腕を横から撃ち落とす。


 メキィッ。


「……」

「……」

「……強いね」


「まさかボクの手刀を喰らって、まだ腕が残っているだなんて」


 直角に曲がったデニスの剛腕。

 骨は粉々に砕かれ、辛うじて前腕は皮で引っ付いているのみとなっている。

 いつのまにやら、デニスの首も宙を舞っている。


「……やってられん」


 ディミトリはそう零す。


「先代龍神と何ら変わらぬではないか」


 ディミトリは永く生きているがゆえに、よく知っている。この世界にはどんなに足掻こうが、決して人間では勝つことのできないものがいる。

 そしてそれを人は、神というのだ。


「それじゃあ最後に、言い残すことはあるかな?」


 その真紅の瞳は静謐な殺意を秘めていた。皇帝は天華のように飄々と、肩を竦めた。


「我は善なる意志に敗れたということか。……あるいは、」


 心臓を貫手で穿たれながら、彼は呟いた。


「二度目の大崩壊が、訪れるのかもしれんな」


 その言葉の真意は、天華には分からない。

 ただそれでも直感的に、まだ何も解決していないのだろうということは、分かっていた。





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