大戦①
七冠聖絶に選ばれた最後の英雄ラルク。
相対するは獣王国序列2位『愚獣』バートル。
「心黒紹剣」
彼の手に握られるは、地獄の怨嗟を連想させるようなおどろおどろしい見た目をした黒の剣。
バートルはいきなり奥の手を使うことを選ぶ。
前回と同じ轍は踏まない、一瞬で打倒してやると息巻いて。
されどその判断は少し遅かった。
というより、初めから彼は詰んでいた。
気づいた時にはラルクは彼の前にいた。
「はっ?」
「天剣流、臓錆」
バートルは裏拳で腹を打ち抜かれた。
バチャッという嫌な音と共に、バートルが地に伏せる。
「がっ、はあ゛っ、!!?」
「起き上がろうとしないほうが良い。アンタの肝臓は今、一時的に不全状態に陥っているから」
ただの一撃で、バートルが打倒された。
大軍の中に驚愕が広がる。
今の彼はあまりにも、あまりにも強すぎた。
「……行ける」
「今の俺なら、理想にたどり着ける」
溢れる力と全能感。眼前に広がるは剣林弾雨。手始めにラルクは、この戦争を終わらせることにした。
ラルクはバートルを倒したあと、前の大軍に目をやった。
バートルと近しい実力を持っていると思われるのは三人。彼よりさらに強いと断言できるのは一人。他の3、40000人は戦力にもならない有象無象。
「ウオオオオッ、殺せぇッ!!」
早速近くの兵士たちがラルクに殺到する。
「『静止』しろ」
瞬間、全ての兵士たちが一様に動きを止めた。
『静止』の力。ヴァスクを抑えるには対象を腕や足の一部にまで絞ってもまだ不足だったが、一般兵を止めるには対象を数万人にしても十分だった。
「て、テメェ、」
立つこともままならないバートルが、息も絶え絶えに話す。
「いつの間に、ここまで強くなりやがった……?たった数日の間に、いったい何があった?」
ラルクは考えた。戦争を止めるには、『箔』が必要だと。
ただ単に強い人間が戦争を止めようとしている、よりも明確に相手が踏みとどまらなければならない理由が必要だと。
「超えてきたんだ」
「あ゛?」
「俺は七冠聖絶の七、ラルク。『博愛』のラルクだ」
厳密には、彼はまだ聖絶ではない。聖絶の在り方に納得したわけでもない。
されどその言葉は、全軍を震え上がらせるには充分であった。
静止を使うまでもなく、動きが止まろうとして……、
「そうか、聖絶か!」
ひときわ大きい魔力を有した少女が、つかつかと歩み寄ってきた。
「だがそれがどうした!お主らは帝国の軍に、龍の神に、そして『竜王』風見天華に敗れている!」
綺麗な金髪に、猫の耳を持ったラルクの胸ほどの身長の少女。
紫の上衣と裳を着、瑠璃がちりばめられた青の王冠を被っているその少女に見覚えはないが、姿から誰であるかの想像はついた。
「……獣王、爾氾威劉伯 璃呀さん」
「天才のわらわはお前が大したことないことぐらい、分かっているんだからな!」
輝かしき花を意味するその名字は、彼女が最強の血族である証だった。
王国騎士団長、皇帝、獣王、魔王、……そして龍神。瑠呀は風見天華と比肩しうる怪物の一人なのだ。
ラルクに緊張が走る。
「あ゛ー、ちょっと待て獣王サマ」
と、そこでまだ起き上がれていないバートルが話に割り込んできた。
「聖絶に勝ったとなれば、アンタの株は上がっちまう」
「……?バートルさん、何言って」
「龍王国と王国を倒した後に、挟撃されるぞ」
ラルクはああ、と理解した。
三大国は二大国を打倒した後に、内部分裂する公算が高い。しかしその際に獣王国が傑出していたなら、二国から同時に攻撃を受ける可能性が高まるのだ。
無論、二大国と戦争できる体力はどの国にもない。だから、この場は一旦休戦にしようとしてくるかもなとラルクは思って、
「バートル」
ひどく冷たい声音が戦場に響いた。体の底までも凍えつかせるようなその声が、目の前の小さな少女から放たれたことにラルクは驚愕して、
「わらわたちは、聖絶に英雄セルジブデを殺されているだろう」
「っつ、」
「特にセルジブデはお前同様西の出身のはず。思うところの一つでもないのか?」
聖絶を除けば歴史上最強と名高かった大英雄。
彼は聖絶に敗れ死したにもかかわらず、古今東西ほぼすべての人間から、魔王や竜王といった水準を超越しているとの評価を受けていた。
なぜなら、聖絶は聖域であったのだ。『慈愛』が帝国の軍勢に敗北した後、『力』のヴァスクは一人で帝国全軍をなぎ倒した。
大英雄セルジブデは『選別』のテーゼンシアに打ち倒されたが、相手が悪かっただけとされてきた。
この世界の誰もが、聖絶に敗北するのは仕方がないと思っていた。
ヴァスクが敗れたこともあったが、相手は先代龍神。彼女が五日で世界を更地にできると謳われた『神』であるため、聖絶の株が下がることはなかった。
しかし先月、グルディオクラッチが龍神風見天華に敗北した。風見天華に先代龍神のような力は、全人類総がかりでも絶対に勝てないと断言できるような力はない。
そして、帝国に一度ヨシュアが敗れたのも相まって、聖絶の下位メンバーは王たちと比べてそう大したことはないのではないかという疑問が浮上したのだ。
グルディオクラッチの敗北により、『天運』に敗れた英雄セルジブデの評価は地に堕ちた。今や聖絶と先代龍神を除く歴史上最強の生物は、風見天華なのではないかという考えが主流だ。
「わらわたちは再び、最強を謳わねばならぬ」
「……獣王サマ、」
「まずお前を殺し龍神に並んで、そして龍神も殺し全てを超える」
三大国の中で、戦争の動機は様々だろう。バートルの言ったエリクシルの入手や、世界の支配、あるいはもっと違う理由もあるのだろうが、こと瑠呀に於いては、最強の証明こそが目的だった。
二人は向かい合った。
戦いの終結はどちらかの敗北でを以てしかありえないのだろうと、兵士たちは固唾を呑んで見守る。
と、ラルクがおもむろに口を開いた。
「……瑠呀さん」
「なんだ」
「そんなことのために、戦争を選んだのか」
「…………そんなこと、だと?」
一気に空気が冷たくなる。バートルは背すじにゾッとするものを覚えて、体を震わせた。
「力こそがわらわたちの矜持だ。それをそんなこと呼ばわりするなど、」
「人は死ねば、それで終わりなんだぞ」
瑠呀が気づく頃にはラルクは、白く輝く剣を振っていた。
「速っ、」
彼女は僅かに後ろに下がってそれをなんとか躱す。
しかし次の瞬間には、二太刀目が彼女に降り注いでいた。
「天剣流、曲刺殺」
「ぐううううっ!!」
ズプリと、刃が瑠呀の肩を突き抜ける。目を見開く。
激痛。
瑠呀は堪えて残った腕で手刀を繰り出すが、それも拳で叩き落される。
「……嘘、だろ?」
バートルの顔が青ざめる。
だがそれも当然だろう。かつて弱弱しいと一蹴した少年が、あの獣王を圧倒しているのだから。
「獣王サマ、」
「舐めるなよぉぉッ!!」
怒りのままに獣王が目にも止まらぬ、いや、バートルの目からは残像すらも残らぬ連撃を繰り出す。
「ぐっ、う、」
速度自体に差はあまりなかった。しかしなぜだか、攻撃が当たらない。ラルクは全ての攻撃を完璧に読み切っている。
裏拳をしゃがんで躱し、回し蹴りを脛で防ぎ、掴みをバックステップして避ける。
「貴女が生まれついての強者でよかった」
「必死に技を練り上げ、訓練の果てにここまでたどり着いた人相手に、聖絶の力で勝つのは、少し申し訳なかったから」
裏拳と共に、獣王が後ろに倒れ仰臥する。
二人の間には決して逆転が起こりえないほどの、大きな力の差があった。
……。
バートルのみならず、戦場の全ての生物が息を呑む。
獣王の完敗に、誰もが理解させられた。――七冠聖絶、『博愛』のラルクはその気になれば全軍を相手にして、買い物に行くような気軽さで皆殺しにすることができると。
「……さて、」
ラルクの声が、やけに戦場に重く響く。恐怖によって増幅された印象。
「俺としては、戦争を止めて欲しいところなのですが、どうしますか?」
丁寧な言葉遣いだった(ラルクは不特定多数を相手にするとき、決まって敬語で話す)。されどその言葉の裏には、有無を言わさぬ圧があった。
代表者こそ気絶しているが、兵士たちの総意は決まっていた。と、そこでバートルがゆっくり起き上がる。
「……あ゛ー、分かった。俺様らは同盟も解消し、本国に帰る」
「バートルさん」
「元々俺様らは、獣王国の最強を証明するために戦っていたわけだ。それに失敗した今となっちまってはな」
「……」
ラルクは正直信用できなかった。最強を証明すること。それは確かに、戦う理由の一つではあったのだろう。
ただだからと言って、それが目的の全てというわけでもないはずだ。
一度獣王国は約束を破っている。それを何の確たる理由もなく信じるというのも、
「……あ゛ー、まあお前からすれば、不安が残るだろうな」
と、そこでバートルが呟いた。面倒くさそうに、気だるげに。
「敗れた将の役割は、死を以て敗北を明らかなものにすること。捲土重来の芽を、自ら摘むことだ」
剣を持ったバートルが、立ち上がる。
将。獣王。意識を失っている今なら、バートルでも、
「獣王サマは俺様以上にアホなんでな。俺様も獣王サマ同様、軍に関しちゃア全ての決断を下せる」
「まさか、主君を」
「だから今回は、俺様の首で許せ。流石に獣王サマが死ぬのは、無い頭にもちったあ堪える」
ザクリ。
軽快な音と共に彼の胸が貫かれる。
「あー、」
「死にたくねえな」
それだけ言って、彼は力なく崩れた。
止められなかった。まさか自分から犠牲になるなど、思いもしなかった。
こうして『愚獣』バートルは、28年の短い生を終えた。
そして獣王国軍は指揮を失い、この場で確かに崩壊した。




