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世界終焉へのカウントダウン

 全ての試練を越え、聖絶と同類になった。


 ヨシュアがいなくなった寂しさを感じるとともに、彼は体内に満ち満ちる力を感じた。




「黎音さん」

「はい?」

「いよいよ理想に近づいて来たかもしれません」

「……」


 今の黎音から見て、ラルクは次元の違う力を持っていた。

 それこそ『龍神』風見天華にも比肩しうるのではないかと、思われるほど。


「ヴァスクという男は、テーゼンシアとやらに勝ったのでしょうかね」

「さあ。俺には分かりません」

「両方に会ったのでしょう?戦ってみて、どちらの方が強かったですか?」


 ラルクは思い返してみる。大会の時のテーゼンシアと、先日のヴァスク。

 ミスリルを可愛らしい花で切断する怪物と、ヨシュアを含めた3人の力を物ともしない怪物。


「……分かりません。如何せんあの時は、力が離れすぎていたので」

「となればテーゼンシアと戦う可能性もあるのですね?」

「ええ、というより話を聞くに、そうなる可能性の方が高そうです」


 浮かれてはいられない。ヨシュアの死からまだ数日で悲しみが抜けていないのもあるが、それ以前に世界は未だ窮地にあるかもしれないのだ。


「龍王国に向かいましょう」

「ヴェートの件で?それとも、」

「テーゼンシアさんの対策をするためです。俺は試練を越えてヴァスクさんに勝った時より強くなっていますが、そもそもヴァスクさんはたぶん本気じゃなかった。なら天華様の手は欲しい」

「分かりました」


 歩いていく。

 ふと黎音は、ラルクがたまに歩みを遅めて、歩く速さを合わせてくれていることに気が付いた。

 出会った時にはあんなに弱弱しかったのに、と彼女は思う。


 ……あるいは正しき人の元に、あるべき力が宿ったとでも言うべきか。


 ああ、そうだ。


 きっとラルクはこれから数えきれないほどの人々を救っていく。その自らの、正義(あるいは優しさ)と力をもって。

 恩師の死に、表情を曇らせながらも確かに前に進む。



「っと、」


 プルプルプルと、魔導通信機が震え始めた。着信を受けたのだ。

 このタイミング。

 嫌な予感がしてすぐにそれを取って、メッセージを見た。



『帝国からの宣戦布告を受けた。すぐに戻られよ』



「……そんな」

「どうしたのですか?」

「帝国から襲撃を受けたって、ヴェートの人たちが、」

「……やはり、こうなりましたか」

「やはりって、なんで。平和条約をあの場で結んで、さらにバートルさんや红玥さんを生かされておきながら再び攻撃するなんて、国際社会からの非難・制裁を避けられないはずだ」


 ラルクが聞くと、黎音は振り向いて道を戻りながら答えた。


「なぜ獣王国は、王国との戦争も恐れずあそこまで苛烈に攻撃してきたのでしょう」

「なぜって、魔石田がとっても欲しいからに決まって、」

「だからと言って、殺しをする理由はありますか?国際社会からの非難を避けられなくなるのもそうですが、何より殺そうが殺すまいが、勝率に多少の差しかでないでしょうに」

「……」


 確かにそうだ。獣王国が殺しに来るのなら、王国も殺しに行くのだから。ならば、わざわざ戦争が起きやすくなる選択肢を取る理由なんて……。


「あっ、」

「気づきましたか。――獣王国は、初めから戦争を起こすことが目的だったのですよ。勝つ公算が高いから。帝国と、おそらくは魔王国も、獣王国の側にいるから。



 だから帝国が攻めてきたのかと、彼は理解した。

 

「帝国までも獣王国側だと思ったのは、王国と龍王国が同盟を組んでいたからですか?」

「獣王はともかく、帝王はまともな王と聞きます。一定以上のリスクは冒さないでしょう。三対二の構図でなければ中止するはず」


 五大国の戦力はそれなりに拮抗している。

 種族的な能力としては龍王国が抜けていて、それに魔王国が続く形になるが、人口や経済の関係により総合的な国力はどの国も似たり寄ったりである。


 となれば三対二の構図は好ましくなかった。いや、王国のことだ。ラルクの裏切りにかこつけて、龍王国を孤立させるかもしれない。


「アストラフィア様は非情です。それは俺ら王国民全員が分かっていることだ」

「四対一になる可能性があるということですか」


 緊急事態だった。


「ええ、なので龍王国へ急いでください。天華様になんとか、戦争を止める交渉などをしてもらいましょう」

「……ヴェートは、」

「俺が行きます。そのまま龍王国まで彼女らを連れてきます」


 龍王国の壊滅は、ありうべきシナリオだ。


 風見天華は極めて強い。だがそれは獣王も魔王も皇帝も騎士団長も同じことだ。


 龍王国は大陸の端の、それも山奥に位置していて攻め込まれにくい。だがそれも、無数の物資と人員を有する大国が相手ならあまり意味のない事だ。


「テーゼンシアに戦争、前途多難ですね」 

「……喫緊の課題は、戦争だけです。テーゼンシアさんがいくら強くても、ヴァスクさんと戦って無傷といくはずがない。必ず傷がいえるまで、雌伏の時を過ごすでしょう」

「確かに」


 ある意味これが、試練を越えた英雄としてなすべきことなのかもしれない。

 何百年続くかも分からない戦乱の時代。そしてそれによる大いなる苦難から、人々を救うこと。



「健闘を祈ります」

「お前こそ」


 別れの言葉は短かった。 

 







 駆ける。疾走する。

 ラルクは全力で地平を駆け抜けていく。木々が後ろに流れる。遠景の山々や雲が姿を変えていく。

 

 果たして彼を遮るものは何もなかった。 


 レッドドラゴンの群れが数キロメートル先にいたが、ラルクを視認した瞬間に雲の子を散らすように逃げていく。

 途中大きな谷があったが、一息に跳躍して対岸に渡る。


「大国のうちの少なくとも過半数が敵で、そのうえ聖絶がらみの問題もあるのか」


「本当に、状況は悪いな」


「だけれど俺はもはや、あの怪物たちの同類なんだ。ならばきっと、どうにかできるはず」


 苦境に立たされてなお、彼の目の炎は燃えていた。



「……っと、」


 と、そこでラルクが足を止めた。


 前方に見渡す限りの大軍と、そして手前に見覚えのある男を見つけたのだ。


「バートルさんか」

「ああ゛?……お前は、ラルク、か?」

「ああ、ラルクだ」


 大剣を持った、いかにも知恵足らずといった風貌の大男。しかし彼は獣王国でも二番目の実力を持つ、怪物のはずだった。

 異物の出現に、軍の一部がざわめき立つ。


「あー、テメェらはいい。俺一人で勝てるから座ってろ」

「なるほど、やっぱり不可侵条約は破られたのか」


 魔王軍帝王軍獣王軍混合とみられる部隊。混合。となれば本格的に龍王国を滅ぼそうとしているんだなと、ラルクは思った。


「……謝りはしねえぞ。三大国が組み、もはや国家間の締結の意味はなくなった。この無秩序世界における法なんつうのは、力だけだ」

「うん、黎音さんもそう言っていたし分かっているよ。裏切れば大国が敵になる、裏切らなければ大国が味方でい続けるという理由だけで、アンタたちは同盟を組んでいるんだろう?」


 でも、とラルクは言った。


「それはいつまで続くんだ?」

「……」

「王国も、龍王国も強敵のハズ。なのに攻めてきたということは、多少強くとも弱い方は狙われ続けるってことだ。仮に二国を打ち破ったとしても次は三大国が二分され、片方が潰される」


 つまり獣王国とて安全ではない。そして、


「最後の一つの国になるまでより強い側の国によって、血塗られた、そして悲惨な、」

「あ゛ー、そういう下らねえ御託はどうでもいい」


 しかしバートルは、大剣を構えて凄まじい笑みを浮かべた。


「俺様は戦士だ。戦士でしかねえ。もっと言えば獣王の手足だ。手足でしかねえ」

「……」

「俺様にあるのは暴力だけ。期待されているのも暴力だけ。ならば俺は、俺の役目を果たすだけだ」


 彼は野卑だろうと、馬に騎乗していなかろうと、愚かだろうと、確かに騎士だった。

 主君に仕える、一人のナイト。


「……やるんだね、バートルさん」

「当然だ。っと、その剣は、」

「先生からの贈り物さ」


 ラルクも光り輝く剣を構える。


「……なるほどな、テメェからやけに強大な魔力が感じられるのは、それが理由か」

「えっ、それは、」

「見た目も少し変わったが、まァそれも武器の影響か。合点がいったぜ」


 ここまで的外れなことしか言わない人間もいるんだなと、ラルクはそう思った。伊達に愚獣という呼び名で呼ばれているわけではない。


「まあ、指摘する必要もないか」

「ああ?……ていうかテメエ、一人で何しに」

「決まっている」


 刹那、一際強大な魔力が戦場を覆った。

 

「止めに来たんだよ。この悲しくも、昏い戦争を」



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