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終の試練・上

「ではこれより、終の試練を汝に与えん」


 貴族らしい、仕立ての良い服を着た隻腕の大男、ヴァスク。

 雷のように浮き出た太い血管と丸太のような手足。そして隙という概念があったかすらも忘れさせるほどの完全な立ち姿が、彼が強者であると見る者に否応なく理解させた。


 相対するは、ラルクと黎音とヨシュアの三人。

 三人は万全とは言い難いが、悪くないコンディションではあった。


「ヨシュア先生」

「分かってるわ、アイツはもはや世界の敵よ。協力してあげる」

「……ありがとうございます。ヴァスクさん、貴方に勝ち目はないと思いますが、それでもやりますかね?」


 ラルクはようやく、戦わないでもいいかもしれない状況が整ったと思って……、しかしヴァスクは冷静に、自然体で頷いた。


「ああ。……我は『力』のヴァスク。『力』の試練、我を打ち倒して見せよ」

「っ、」


 三対一だぞ、とラルクは困惑する。しかもその中には、聖絶のヨシュアも混ざっている。

 勝てるはずがないと思って、


「とはいえ、マズイことになったわね」

「えっ?」

「私とグルディオみたいな下位勢と、コイツら上位勢とでは隔絶した実力差があるわ」

「!!?」


 隔絶した実力差。それがどの程度なのかラルクには分からなかったが、表情から少なくとも彼女の中では勝つ公算が低いということは伝わった。


「……ヴァスク。私たちはともかく、リシディアはどうするつもりなのかしら?裏切り、今なら見逃してあげるわよ?」

「今、テーゼンシアが奴の方に向かっている」

「龍神よりテーゼンシアより、リシディアの方が強いと思うけれどね。アイツは無敵の能力を持っているんだから」

「お互い、色眼鏡で見ているのやもしれんな。……まあ仮に奴らが互角だとするならば、他全員と我で我に天秤が傾く以上、目的は成し遂げられるだろう」

「ちっ、」

 

 他全員。……他全員?


「他全員って、他の聖絶全員のことか?」


 その質問に、ヴァスクはあっさりと答えた。


「我らが戦うは世界よ」

「…………まさか、五大国全てと戦う気か?」


 ありえない考え。しかしヴァスクもヨシュアも、否定しなかった。


「……どうします、ラルク」

「戦うしかないでしょう。こんな広い場所で逃げるのは無理だ。先生、ヴァスクさんはどんな能力を持っているんですか?」

「厄介なことに、私も知らないのよね。少なくとも数百年前の帝国ぐらいなら、能力を使うまでもなくコイツは勝てるから」


 帝国。無論経済力や技術力などを考えれば今の帝国よりは弱いのかもしれないが、それでも五大国の一角より彼は強大なのだ。

 ラルクの額から、冷たい汗が流れてきた。


「……だけれど、隻腕だ」

「ええ、そうね。弱体化はしてる」

「弱体化しているだけじゃない。先代の龍神に敗北して隻腕になったから、元から無敵じゃないんだ」


 両腕があった頃でも彼の実力は、龍神には劣るということになる。天華よりだいぶ弱くて、グルディオクラッチよりだいぶ強いくらいなら、勝ち目はあると思って。

 ……グルディオと天華に、そこまで差があるか?


「先代龍神は今代龍神なんて、比較にならないくらい強かったわ。それこそアイツなら、グルディオくらい一撃で殺せたと思う」

「……えっ、」

「では、無意味な話は終わったか?」


 3mを超える巨大な剣を、彼は地面に向かって振り下ろした。

 ぐおおおおおんと地鳴りのような音がして、大地が二つに裂けていく。さながらそれは大地震の後のようで。


 黎音とラルクは驚愕に目を見開いて、ヨシュアは苦い表情を浮かべた。


「……アンタ、2000年前より、ずっと、」

「では七冠聖絶の五、『力』のヴァスク、いざ参る」


 刹那、地面が爆裂した。巨躯ゆえ動きこそそこまで速くはなかったが、それにはさながら大山の迫るが如き迫力があった。


「ッツ、幸い剣は大きい、三人がかりで吹き飛ばしますよ!!」 

「はいっ!!」


 彼は剣を横なぎに振るう。やはり速度自体は反応できないほどではない。黎音は氷爪で、ラルクは剣で、ヨシュアは鋭いもろ刃の剣を横にして、受け太刀しようとする。


 ギィイン!!火花が散る。

 三人と一人の間に、一瞬だけ均衡状態が生まれる。


 やったとラルクは思った。勢いに任せた一撃さえ防げれば後は大したことがない。彼は隻腕ゆえ、てこの逆で、こういった押し合いにはめっぽう弱いのだ。

 剣を弾いた隙に、残った手を破壊しようとして、

 

「……あ、れ?」


 言いようのない違和感を彼は覚えた。

 遠心力と慣性力はもう、失われているはずだ。……ならなぜ彼を、押し切ることができない?


「結局勝敗を最後に分けるのは、純然たる力だ」


 剛腕がさらに隆起する。彼はまるで本気を出していなかった。

 ラルクの脳裏によぎったのは、かつてのアルマとの戦いの数々。


「ありえな」


 いと言おうとして、剣が振り切られた。ラルクたちの体が、何メートルも宙を浮く。

 一人対三人。人間の力ではなかった。

 速度こそ龍神には劣るが、力で言えば間違いなく彼女を圧倒的に超えている。


「……なら、そもそも力勝負に持ち込ませないようにすればいいでしょう!」


 吹き飛ばされた勢いのまま翼を羽ばたかせ、黎音が高くへと飛翔した。

 刹那、大漁船にも劣らぬサイズの鋭い氷柱が上空に現れる。


「なるほど、たしかにこれならいくら力が強くても、関係ない!」


 グルディオのような高い再生能力を持つ者相手にも有効ではないし、1対1の状態で放っても防がれるだろう。

 ただ隻腕で他にもラルクたちを相手にしなければならない彼相手には有効な戦法だった。

 いかに肉体が強靭と言えど、この高さからの氷柱は当たればただでは済まない。

 

 ただラルクは感心すると同時に、思うところもあった。

 あの氷爪一本でやってきたプライドの高い黎音に、いきなり他の魔法を使わせたのだ。


「まあいいやっ、勝てればそれで問題ない!!」

「行くわよラルク!」

「ええ!」


 ラルクとヨシュアは両方向からヴァスクに襲い掛かった。


「ふむ、右、左、そして上。三方からなら死角をつけると思ったのか。それは正解だ、だが、」


 突如として彼はヨシュアの方を向いた。しまったと、ラルクは思った。


「我を単独で止められる者がいないこと、ゆめ忘れるな」


 大剣がヨシュアに向かって振るわれる。避けようのなく、防ぎようもなく。


「ヨシュ」 

「いいからコイツを倒しなさいッ!!」

「ッツ、」


 ラルクは剣をヴァスクに突き立てようとした。ヨシュアが切られるより先に、彼を倒すために。 

 

 そして剣は先に、彼の肉体に突き刺さった。

 突き刺さって、……いや、突き刺さらない。肉体が、頑強すぎる。


「弱い」

「ぐっ、ならっ、」


 剣先でヴァスクを後ろに押し込む。

 瞬間、氷柱がおどろおどろしい轟音と共に彼に降り注いだ。


 ズドォォォオオオン!

 圧倒的な破壊。その規模にラルクは、龍王国で戦った時彼女はまるで本気を出していなかったことを理解した。


「ぐっ、」


 声が漏れる。


「化け、もの……、」


 ヴァスクの背筋が腹筋が四頭筋が服の上からでも分かるほど隆起する。

 屋敷ほどの大きさを持った物体が、彼の頭上で停止する。

 

「この程度か?」


 心底つまらなそうに彼はラルクを睥睨する。

 この魔法が当たれば、グルディオクラッチなら再生能力があるから意味はないとはいえ、一時的に瀕死の重傷は負うだろう。バートルなら即死だ。


 しかしヴァスクは、ただの肉体の強度で耐えていた。逆に粉々になった氷の破片がキラキラと散る。

 何の小細工もしていないからこそ実力の差が浮き彫りになる。

 

 果たして常軌を逸していた。ラルクの脳に、ようやくヨシュアの言っていたことがじわりじわりと染み込んできた。


「なら死ぬだけだ」


 ヴァスクが大剣を悠悠と振るう。

 相変わらず、見えないほど速くはない。されどそれは火砕流のごとき圧倒的な破壊力を持っていた。


 受けることはまず間違いなく不可能。直撃すれば即死。そんな一撃がヨシュアの眼前に迫る。

 マズイとラルクは思って、


「あまり侮らないで貰えるかしら!」 


 ヨシュアは大剣を蹴り上げてその軌道をわずかにだがずらした。


「私も七冠聖絶の一員なのよ」


 剣は彼女の頭上を通り過ぎていく、そしてカウンター気味にヨシュアが剣を振るった。

 だがヴァスクもそれを、高速で横に躱す。


「!!」


 やはり反応速度も移動速度も、並々ならぬものではある。

 されど、それ以上にラルクにとって衝撃的なことが起きていた。


「避けた……」

「そうね」

「避けたぞ!つまりヴァスクさんの頑強な肉体にも、あの白い剣なら通用するんだ!!」


 ラルクはここに一筋の光明を見出した。

 ヴァスクの速度なら、ラルクと黎音が援護すればなんとか当てることができるかもしれない。

 決して勝てない相手ではないのだ。


「黎音さん!」

「分かっています」


 黎音が颯爽と空から降りてきて、氷の爪を構える。

 ヨシュアの左右に二人が並ぶ。


「行くわよ二人とも」

「ええ!」

「はい!」

「ヴァスク、今からアンタを分からせてやるわ!」


 輝くもろ刃の剣。

 対するはオリハルコンでできた、ヴァスクの背丈よりもさらに長い大剣。


 ヴァスクは前に出る。先に相手を打倒するために。

 するとヨシュアも一人前に出て、剣を振るってきていた。


「……?なぜ仲間を置いて行く?」

「ヨシュア先生っ!?」


 一対一ならヨシュア如きヴァスクの敵ではない。にも関わらず、彼女は二人を置いて先に出てきていた。


「貴様の『奇跡』は争うことに向いてはいない」


 大剣が振るわれる。超質量の破壊、それをヨシュアは舞うように横に躱す。


「確かに私は戦闘に向いていないわ。戦ったこともないから技術もない」


「でも速度だけなら取り回しの分私が速い。そしてこの黙示録の剣を以てすれば、アンタの防御力は関係ない!」


 彼女の白い剣がヴァスクの首元に一直線に向かう。


「アンタは無敵じゃないのよ!」


 速かった。ヨシュアがラルクたちを置いて果敢に挑みかかったのも分かる強さだった。

 確かにこれなら俺も黎音さんも足手まといになるのかもしれないと、彼はそう思って……、


「双刃」


 ガクンとヴァスクの剣が急制動し、次の瞬間には元の軌跡を辿っていた。

 

 驚愕したヨシュアは何とか彼の腹を蹴って刃圏から飛び出すが、腹を僅かに剣が切り裂く。


「この技はひと振り目を遅く振ることにより素早い切り返しを可能とした、返し刀の一種。貴様が遅いと感じたのは、ただの技の特性に過ぎん」


 ラルクは驚愕していた。双刃。それは確か天剣流の技のはずだ。

 異界の存在であるヴァスクさんがなぜそれを使うんだと彼は思う。


 ただそれ以上にヨシュアは驚愕していた。


「なんでアンタが天剣流を……、いや、まさか、」

「然り」

「アンタたちはこの世界の者だったのね!アンタたちがこの世界で、2000年前に天剣流を興した!」

「然り!」

「となればグレートリセットを起こしたのは、」

「然りッ!!」


 グレートリセット。2000年前にあったとされる文明大崩壊。

 すべての文明は僅かな遺跡と史料を残し、9割9分の人間と共に消滅した。


「どういうことです、ヨシュア先生……」


 ラルクが理解できずに、言葉を漏らす。


「グレートリセットと、天剣流に、何の関係が……、」

「歴史の授業でやったじゃない?天剣流は、グレートリセットの10年ちょっと前に興った剣術なのよ」

「……?」

「アイツが天剣流を使うことと、グレートリセットの少し前に天剣流が生まれた事。これらを結び付ければ、自然と答えは浮かび上がってくるわ」


 ラルクは瞠目した。そしてゆっくりと、黎音に顔は向けず呟いた。


「……黎音さん」

「ええ、分かっています。それが本当だとしたら」


 ――奴は一度、世界を滅ぼしたことになる。


 ラルクの中で、茫漠としていた世界崩壊が現実の恐怖と変わる。

 今すぐに眼の前の男を打倒しなければならないと、強く決心する。


「……ヨシュア先生」


 彼はヴァスクに届かないよう消え入りそうな声で話す。


「……何かしら」

「この中で一番力が強いのは俺です。刺し貫かれた際にヴァスクさんの剣を数秒止めるから、そのうちに彼を倒してください」

「っ!!」


 確かに、勝算が最も高いのはその作戦であった。

 いくら強くとも相手は所詮一人で武器もたった一本。それならば高い確率で勝つことができると理解して……、



 再びヨシュアは、単騎前に出ていた。


「アンタなんて、私一人で十分よっ!」


 そんなはずはないだろうとラルクが焦る。

 焦ってヨシュアに並び立とうと、疾走する。


「ふむ、先ほども一人で突っ込んできたが」


「なるほどそういうことか」


 されどヴァスクは、合点がいったように頷いていた。

 

「となればだ」


 ヴァスクは大剣を真上に挙げて、ラルクめがけて振り下ろした。


「えっ、」


 ヨシュアは既に剣を振るっている。

 無防備な状態で当たればヴァスクとて一撃だろう。


 されどそれでも彼は、ヨシュアを無視してラルクを狙っていた。

 やけに剣がスローモーションに見える。

 

 ……なぜ、ヴァスクは自分の命を危険に晒してでもラルクを倒そうとする?


「……人は人を愛するものだ」


「それは時に、当然できてしかるべき判断さえも誤らせる」








 気付くと白い髪の少女が、ヴェートの大地に仰臥していた。

 滾々とその白髪は、赤く染まっていく。


 ヨシュアはあの時、剣の軌道を曲げてヴァスクの一撃を止めに入った。

 そして一撃を防いで……、体勢が悪すぎた。彼女は返す刃で貫かれた。 


「ヨシュア、先生……?」


 その髪が染まった姿はさながら、元のヨシュアのようで。

 

 本来のラルクは、ひどく合理的な人間だった。

 感情には基づくが決して感情に流されず、正しい判断を下せる男だった。


 ただ今回ばかりは、状況が違っていた。

 彼はゆっくり、彼女に近づいていく。 


「ヨシュア先生……、」

「……」

「ヨシュア先生っ、」


 ふらふらとヴァスクから背を向けて、彼女に歩み寄っていく。ヴァスクは思わず眉を顰めた。


「……ひどく、呆気ない終わりだな。戦闘の途中だというのに、我から目を放して」


 その時、ヴァスクは背すじに怖気を感じた。


「黙っていろよ。――殺すぞ」


 ヴァスクは、ラルクの遍く世界を血の色で照らさんばかりに光る瞳を見て、動けなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「起きてください、先生」


 胸を深く切り裂かれ、呼吸の浅い少女を抱き留め、彼はそんなことを言った。


「お願いだから起きてくださいよ、ヨシュア先生っ!!」


 彼女を抱き留め、ラルクが滂沱の涙を流す。

 ……本来なら、安静にしておいた方が長く延命できる。ただ今のラルクには、そんなことを考える余裕はなかった。


「……悪因、悪果ってやつ、かしらね。……らる、く、」

「!!先生っ!」

「バカみたいね、こんな単純な手に引っ掛かって。……私はもう、長くはない。そして加護が万全でない今、蘇ることもない」

「ッツ!!」

「だから、心して聞きなさい。そして、理解し(わかり)なさい」


 ヨシュアが彼女らしくもなく、弱弱しい声でそう言う。ラルクが頷くと、彼女は変わらず力なく笑って、そして話をつづけた。


「――『聖絶の試練』が、脅威に対抗するためのシステム、であるということは、伝わっているかしら?」

「……え?」

「ごほっ、その分じゃ知らないようね。聖絶の試練とは、言ってしまうと高度な魔法術式なのよ」


 唐突に何を、と思うラルクをよそに彼女は語る。


「聖絶が試練を作って、それを英雄候補が超える。すると術式から力が供給され、英雄候補はより『聖絶』に近づいていく。そうして最後の試練を越えた時、英雄候補は『英雄』となり、その世界を終焉までを守護する存在と化す」

「英雄。聖絶とは、違うんですか?」

「ええ。世界が終わり、役目を終えた英雄が『聖絶』となるの」


 ならばあるいはヴァスクという男も、グルディオクラッチも悪性の存在ではなかったのかもしれなかった。


「分かりました。でもそれが、何だって言うんですか!?」


 だがそんなことは、今のラルクにはどうでもよかった。彼にとって大事なことは、ヨシュアのことだけだった。

 彼は思わず、叫んでしまって、


「でもね、聖絶には世界を救うなんてより、もっと先の目的があるの」

「先の、目的……?」

「ええ、おかしいと思わなかったかしら?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()|、()()()()()《・》()()()()()()()()()()

「……確かに、」

「要するに世界を救うことなんて、りっちゃんからすればどうでもいいのよ」


 だが彼は、何が目的なのかさっぱり思い浮かばなかった。

 するとヨシュアは矢庭に空を見上げて、


「究極的なすべての魂の崩壊。我が父でさえ、免れ得ぬだろうと予言した終焉。それに立ち向かうことが、彼女の目的なの」


「だから聖絶が死んだときの為の、保険もある」


 差し出したヨシュアの手から、同心円状に波紋が広がっていく。

 その波紋の内側に、美しい灰色の幾何学的な紋様が形成される。


「力の譲渡。ラルク、今からアンタに私の力の全てを託すわ」

「えっ、そんな、受け取れません!だってそれを渡したらヨシュア先生はか弱い女の子に戻るってことで、そしたら今の傷では、」


 気づくとヨシュアの髪は、ピンク色になっていた。血のためでなく、本来の色に。


「そうね、この力の譲渡を最後に私は息絶える」

「なら、」

「でも、どうせ私は助からないわ」


 ラルクはそう言われても、諦めきれなかった。

 ヨシュアが死ぬのを許容できなかった。


「……泣かないで、ラルク」


 ヨシュアは悪戯でも諦めたようでもなく、満面の笑みを浮かべて言った。


「私はアンタの夢見た理想郷を見たいの。天国でさえありえなかった、すべての人が救われる世界を」

「…………俺の、理想を?」

「アンタは一方的に私に助けられていたわけじゃない。私は代わりに、アンタから希望を貰っていた」


 そんなはずはないだろう。

 俺の理想は、あまりにも夢物語が過ぎるとラルクは思って……、

  

「ラルク」


 その時初めて彼は、理想に燃えるヨシュアの瞳を見た。


「どうか私に、アンタの描いた理想郷を見させてちょうだい」


 ヨシュアの想いは、命は、魂は、彼の理想に託されていた。


 そう思うとひどく重たかった。彼のどこまでも遥かな、叶う可能性がゼロに近い理想に、彼女は大切なモノを託したのだから。


 けれどもなぜだかラルクは、それを背負える気がした。

 ヨシュアの想いを、背負って立つことができるような気がした。


 それがなぜか考えて……、彼はふと、もう既に自分がたくさんの想いを背負っていたことに気が付いた。


 亡き父の理想。アルマの信頼。レイシアの親愛。黎音の希望。ヴェートの灯。


 ふとラルクの中から、ヴァスクへの怒りが消えていく。瞳に炎が戻ってくる。殺すなどと言ってしまったが、彼がそれを選べば、自分と多くの人たちを裏切ることになるのだ。


「ラルク、アンタはもう、昔の力ない子供じゃない」


「アンタは理想を叶える力を持った、強い騎士なの」


 涙が、流れ出た。認めらていると知って嬉しかったし、何より暖かかった。


「……分かりました、先生」


「俺に力を、想いを託してください」


 ヨシュアが最後に、にやっとどこか悪戯に笑った。

 それが彼女なりの愛情表現なのだとようやくようやくようやっと気づいて、彼も笑って――

 


 その瞬間、世界を燃えるような光が覆っていた。




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