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慈愛の試練と、

 ヴェート戦争後のラルクたちの下にやってきたヨシュアは、自らを聖絶だと暴露した。

 恩師がレイシアを殺した人間たちの仲間だと知った彼のショックは、計り知れないものであっただろう。

 

 そして今、


「――それで黎音さんが龍王国に虐げられた復讐として、俺らに襲い掛かってきたんですよ」

「ちょっ、せめて龍王国の人間に復讐しなさいよ!ていうかなんで、アンタらを襲うのが復讐になるのかしら?」

「竜王の目的が、聖絶を倒し龍神を名乗ることだったらしいので。……まあ、彼女が龍神になろうとしたのも先代龍神の夫との不義理で生まれた黎音さんを許すためだったらしいんですがね」

「アハハッ、どうしようもないクズね~!見当違いここに極まれりって感じね!」


 なぜだか彼女はラルクと談笑していた。黎音は聖絶の一員とラルクが仲睦まじく会話しているこの光景が信じられなくて、


「ってラルク何、人の黒歴史を暴露しているのですか!?」

「いいじゃないですか。あれだけやっといて何のお咎めも無いのもアレなんで、話のタネにでもしときましょうよ」

「そうねー、これに関して貴女に言える文句はないわ。まっ、それは聖絶の私も同じなんだけど」

「ぷっ、確かに先生、黎音さん以下の外道じゃないですか!」

「おもぷっ!」


 黎音は現状がよく理解できていなかった。いつの間にか通りすがりのおもまで混ざってきている。

 一体全体自分は今、何を見せられているのだろうか。


「まあ外道って言っても、良いこともするんだからね。アンタの家族の方は、アストラフィアたちをボコボコにしてどうにかしておいたわ」

「ありがとうございますー」

「やけにリアクション薄いわね。もっと喜びなさいよ」

「いやまあ、先生が聖絶だと知った以上そっちの方は大丈夫だって分かってたので」


 二人は互いをよく信頼し合っているようだった。

 だが今はそんなことはどうでもいい。


「……その、試練は、」


 黎音が会話に割って入って、それを聞く。すると、ヨシュアは衝撃的な言葉を返した。


「そんなのはどうだっていいわよ」

「どうだって、いい……?」

「慈愛の試練って言ったじゃない?私の試練は英雄に相応しい優しい心を持っているか試すものなんだけれど、ラルクはもう持ってるって分かってるからね」


 あっけらかんとしていた。


「……そんな、試練とは軽いものなのですか?」


 黎音は問う。


「それのせいでラルクの主君は死に、私たちも死にかけたわけですが、」

「貴女、十分条件って知っているかしら?」

「ええまあ、はい」

「十分条件さえ満たしていれば、あとはどうでもいいのよ。これ以上やっても過剰なだけ。なら試練をやることもないんじゃない?」


 ドライだった。ラルクによく似た、ドライさだった。

 黎音は、ラルクが目の前のピンク髪の少女に大きな影響を受けてきたのだろうと理解した。

 

「ああでも、形式上だけでも試練はやっとかないとダメか」

「……形式上?」

「ええ、術式の発動に必要なのよ。『慈愛』の試練を与えん。えーと、なんかそこらへんに立ってなさい。『慈愛』の試練は果たされた」

「ええ……?」


 困惑する黎音を尻目に、ヨシュアは伸びをして地面に座り込む。何を言われるでもなく、ラルクもその隣に座った。


「さて、それじゃあ試練もいよいよ佳境ね」

「まだ4個しか終わっていませんよ?」

「七冠聖絶はりっちゃん、私、シア、ヴァスク、グルディオ、リシディアクォートの6人で、リシディアクォートは本当の緊急時以外顕現しないからね。残り一つってわけ」


 七冠なのに6人?彼は一瞬違和感を覚えるも、すぐに納得した。


「7人目はすでにどこかでやられ、空席になったんですね?」

「いいえ。そもそもこの世界で7人目の聖絶は生まれる予定なの」

「……えっ?」


 初めから七人いなかったのに、七冠聖絶?


「聖絶の七人目がこの世界で生まれるって、どういうことなんですか?」

「それはね……」


 ヨシュアが口を開いて、唐突に太陽の方角を見た。

 ラルクが思わずそちらを見るが、特に何も起こっていない。


「先生。どうしたんで」

「しっ。……何かが、近づいてきているわ」

「……?」


 だがやはり、誰もいない。一体何を見ているのだろうかと、彼は不審がって。


 

 ――パキン。



 音がした。

 

 空中に小さな黒の箱が現れる。

 

 その箱に彼は見おぼえがあった。即座に彼は、剣を構えた。


 パキパキ、パキパキ、箱が開かれる。


「――久しいな、心優しき騎士ラルクよ」


 中から白煙と共に、大剣を背負った禿頭の大男が現れていた。

 かつての武闘大会にて『選別』のテーゼンシアを、おそらく従えていた怪物。

 

 ラルクは目を見開く。


 だがそれ以上に、ヨシュアが驚愕していた。


「ヴァスク、アンタが来るなんて聞いていない!」

「余人の予め知るところではないだろう。これは試練なのだからな」

「嘘を吐きなさい」


 ヨシュアにしては珍しく、怒りをあらわにしていた。というより、彼女が怒っているのを見るのは、ラルクは初めてだったかもしれない。


「アンタ、本当に私たちを裏切っていたのね」

「えっ?」

「汝に嘘を吐くのも愚かしきことか。……今頃テーゼンシアは、聖絶の王リシディアクォーツを殺害しに向かっている」

「……そう、信じたくはなかったわ。血に手を染めながらも、その魂に正義は宿していると思っていた同胞が、実際はただの外道だったなんて」

「ど、どういうことですか、先生」


 ヨシュアは白の髪を手で流し、もろ刃の剣を正眼に構えた後で答えた。


「ヴァスクとテーゼンシアはかつて、一人息子を失っているのよ」

「えっ、結婚してたんだ。……寿命ですか?」

「いや、戦争で。そしてさっき確信したけれど、コイツらはエリクシルを作ろうとしているわ」


 エリクシルを作ろうとしている。その意味をラルクは一瞬考えあぐねて、かつてアルマが言っていたことを思いだした。


『エリクシルを作るには現状のレシピでは世界樹の花が必要だが、世界樹の再生にはそれこそこの世界全ての魂を生贄に捧げてもなお足りぬほどの、大量の魂が必要なんだ』


『強大な魂の持ち主である、聖絶や龍神を含めれば分からんが』


「……まさか、七冠聖絶計画に参加したのは、」

「然り。今のままでは全人類の魂を捧げたとて世界樹は復活せぬ。世界樹を再生するに足る、強大な魂を作り出すことこそが我らの目的よ」

「っつ、だけどエリクシルを錬金するだなんて、アルマですら難しいと言ったのに、」

「こちらにはテーゼンシアがいる」


 『選別』のテーゼンシア。弱弱しい花の一本でミスリルの剣を断ち切った、龍神ともまた別種の怪物。錬金において傑出した才能を持っているのかは定かではないが、彼の反応を見るに、


「だけど、大量の魂を集めるってことは、聖絶の他のメンバーと全人類を敵に回すということだ。勝てるはずが、」

「御託は結構」


 彼はたった一本しかない腕を後ろに回して、彼よりもさらに巨大な剣を抜いた。


「試練も愈々畢竟に。――最後の試練を汝に与えん」


 それはラルクが今まで見た誰よりも分厚く巨大で、そして強大な怪物だった。




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