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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
36/71

龍神

 竜王風見天華が七冠聖絶の一人、グルディオクラッチを倒した。

 この吉報は一時にして龍王国を駆け巡り、すべての竜人に驚嘆と喜びをもたらした。

 特に、竜人を集めて王都に守りを敷いていた黎音とラルクは、呆気に取られたような表情でその報を聞いていた。


「どうやって、あんなのに勝ったんだ……?」


 非常に喜ばしいニュースのはずだったが、ただ彼らは呆気に取られるばかりであった。


「どうやら私たちは、竜王様の力を甘く見ていたようですね……」


 黎音がそんなことをぽつりとつぶやく。事情が事情(王女の危機)ゆえ、輝水を持って帰路に着いたアルマを除く実力者全員を集めたというのに、それは無意味になったようだった。

 黎音に呼ばれた竜人たちがそれぞれ安堵のため息を吐いて、歓談しながら解散し始める。


「……」

「……私たちも帰りましょう、ラルク」

「そう、ですね」


 都の防衛要所である、(やぐら)周辺。ここから竜王城まではすぐなので、とりあえず二人は竜王に会いに行くことにした。






「やあやあ、遅かったじゃないか」


 王城の離宮に通された後、天華の御前まで進むと、傷の一つも負っていない彼女が座敷に佇んでいた。

 藤色の着物を着て、飄逸に笑う彼女は、本当に激闘があったのかも疑わしくなるほどだ。


「……て、天華様、まずはよくぞご無事で」


 黎音が少し震えながら、合手礼(親指と人差し指で三角形を作る座礼)をする。とりあえずラルクも王国流の、片膝を立てて手を合わせる敬礼を行った。

 天華はそれに眉を顰めながら、


「堅苦しいなあ。特に黎音、君はボクの異母姉妹じゃないか」

「……立場が違いますから」


 そのセリフには明確な拒絶があった。というより、なぜか怯えもあった。彼女は肩をすくめて、


「やれやれ。……まあいいや、ラルク」

「え、はい?」

「怪我をしただろう。しばらく裸でボクも体が冷えたから、一緒に温泉にでも浸かろうじゃないか」


 裸。温泉。


「……えっ?」

「龍王国は新期造山帯に位置しているからね。温泉が多いのも魅力の一つなんだ」


 そう言って天華は彼の手を取った。

 彼女は困惑するラルクを、しかし有無を言わさぬ力で引っ張って……、黎音が冷たい瞳で、天華を睨んでいた。


「……竜王様、何をするつもりですか?」

「なあに、此度の功労者をねぎらおうと思ってね。折角だから、この国の数少ない魅力も知っておいてほしいだろ?」

「……」

「ラルクを取られるのが嫌なら君も来るといい。ボクのことが怖いだろうに、諫言したのを見るに思うところがあるんだろう?」


 それだけ言うと、天華はラルクを連れて薄暗い廊下の方へと歩みを進めていった。


 何かたくらみがあるのだろう。天華という竜たちの王は、無意味なことを好むが無意味なことはしない人間だと、黎音は知っていた。

 仕方がなく彼女の後を付いて行く。







 夜半の空に、丸い金色の星が浮かんでいる。

 夏だというのに、標高2000mに位置している龍王国の夜は少し肌寒かった。

 

 竜王城から直接風呂に繋がっているという渡り廊下を彼らは歩む。ギシギシ木が軋むような音と、ざぁざぁ風に笹の葉が擦れ合うような音だけが聞えた。


 ラルクは未だに困惑していた。なぜ天華たちと温泉に入ることになったのだろうか。

 行雲流水。

 世界に君臨する最強の竜の王は、どこまでも意図がつかみにくい。まさか性欲目的というわけもないだろう。彼は中庭の、黒緑色の雑草の生える地面を眺めながら歩いて行った。



 そうしてしばらくして、屋根だけが黒く塗られた木造の建物の前についた。

 灯火で僅かに照らされただけの、仄暗い室内。灯火の下の木目だけが識別できる。

 天華は迷うことなく、足を踏み入れた。


「そこ、穴があるから注意するといいさ」

「えっ?あっ、ほんとだ」

「改修もされていないのですね」


 変わらずギシギシと軋む床。竜王の物という割に、そこまで金はかかっていないようだった。

 

「あれ、ていうかそもそも、ここって天華様の所有なんですか?竜王様のものにしては小さい気がするけど、公衆浴場とかじゃなくて?」

「ああ、これは誰の物でもない。その割に、二人を除いて使っていなかったけど、」

「二人?」

「ボクの両親さ。まあ、火災で一度壊滅したから再現だけどね。飾りっ気のない、小さな風呂だろう?」


 父母。つまり龍神とその夫。

 ラルクはむしろ一層意外に思った。


「へー、龍神様って最高権力者みたいなイメージがあったんですが、お金なかったんですかね?」

「資産は持っていなかっただろうさ。権力も持っていなかった。彼女は龍神池のほとりにあった小さな家で、家族と長閑に暮らしていただけだったよ」

「へー、え?」

「そもそも彼女は、9年しか龍王国にいなかったんだ。噂の龍神を一目見ようと竜人たちが移住して、龍王国が移転したというだけで、龍王国の発展にはマナを残したことくらいしか寄与していない」


 グローリー王国では口が裂けても『マナくらいしか』なんて言えないが、国民全員が膨大な魔力を持つ龍王国では話が違う。

 彼女たちにとってマナは、あったら便利というものに過ぎないのだ。


「でも、それにも関わらず、竜人たちは全員龍神を崇め奉っているんだよ。それこそ現竜王たるボクの命令でさえ、龍神の意に反していると思ったら平気で無視できるぐらいにはね」


 このとき天華は確かに、憎しみと怒りの表情を浮かべていた。自分に向けられたものでないのは分かるが、それでも背筋が震える。


「お母さんを、恨んでいるのですか?」

「まさか。彼女がボクに齎した苦難も大きいが、それ以上にあの人が遺したものも多い。……それにあの人は流石に、不憫が過ぎる。感謝はすれど、恨みはしないさ」

「なら、さっきの表情は……」

「ボクは信仰が嫌いだ」


 天華はキッパリと断言した。


「信仰はいつだって、思考停止で妄信的なモノさ。無数の偏見謬見超解釈を使って、対象を本来とはかけ離れた形に再構成していくんだ」


 ラルクはそれには、何だか納得した。

 社会教師のヨシュアが語っていたのだ。世界にはそもそも明確に確実にはっきりと『人を傷つけるな』と断言されているのに、その宗教の正義を語って人を拷問や処刑をする人間もいたと。

 そして実際に、ラルクも教科書や歴史書でそういった宗教集団をよく見てきた。


「人の思考はいかなる時も、ドライかつ合理的に、そして冷めていなければならない」


 それにもラルクは納得した。なぜなら彼もひどくドライな考え方だったからだ。


「ただボクは生憎と、善人の類ではない。狂信もまた、一つの道具としよう」


 彼女は何を想ってか、そんなことを呟いた。

 ……善人ではない。

 なぜだかラルクは、彼女の発言から暗いモノを覚えなかった。天華が清々しい表情をしていたからだろうか。







 ヒノキの風呂。暗く閉ざされた内湯。

 独特の辛く清涼な香りを吸い込みながら、透明な湯をラルクが掬う。


「わっ、苦いっ!」

「……いや、飲むなよ」

「だって温泉なんて初めてですからね!龍王国に来る前に一通り調べて来たんで、こういう文化があるのは知っていましたが……」 

「ああ、そういえば王国は安定陸塊に属していたね」

「安定、陸塊?」

「遥かな昔に形成された、造山運動の活発でない地域のことさ。そこでは火山が少ないから温泉が生まれにくいんだよ。対して新期造山帯に位置するここは山がちで、温泉が各地に湧出している。……世界屈指の学園の生徒だろうに、これぐらいのことも知らないのか?」

「生憎と、成績では下から二番目から数えるより一番目から数える方が早かったんですよ」

「……そうか」


 天華とラルクが、そんな他愛のないことを話し合っている。


「……そういえば話は変わるけど君は、少しは気にしないのかい?」

「?何をですか?」

「一応ボクは、裸体なんだが、」


 少しだけ恥ずかしがっている天華のほうをちらりと見た。

 完全な調和の元にある均整な肉体。その姿はあるいは、人よりも神に近いなと思いつつ、


「ああ、そこ触れるべきかずっと迷ってたんですよ。いきなりお風呂に連れてきて、正直ずっと変な人だなって思ってました」

「……」

()()ってたー」

「わっ、なんか出てきた!」


 びっくりしたラルクが声のした桶をひっくり返すと、その中に白髪のおもがすっぽりはまっていた。

 ラルクは彼女をすぽんと引き抜いて、自分の頭の上に乗っける。


「おもか、そう言えば母の友人に何匹かいたらしいね」

「おも~?あなた風見ににてるんだねー!」

「似ているというか、親子さ」

「おもびっくり!あの人に子供いたんだ!」


 びっくり、か、と天華は呟いた。


「確かにまあ父も母も、本当に性交してボクを生んだのか、疑わしいほど性に淡白な人だったからね」 

「あー、…………。……まあ結構いますよね、そんな感じの人」

「……ボクの両親に関して言えば、悍ましい裏があったりはしないから安心しろ」


 少し軽率な言葉だったね、と天華が咳払いする。

 

……すると、先ほどまで一言も話していなかった黎音が、ようやく口を開いた。


「……竜王様」

「ん?なんだい?」

「なぜここに、私たちを連れてきたのですか?」


 天華はヒノキの壁を枕にして、目を瞑りながら答えた。


「君は勝手についてきたんだろう」

「竜王様は、私が付いてくることを知っていたはずです。ここでなければ、それも三人で無ければ離せないことがあった。違いますか?」

「流石に鋭いね。まあ竜王の娘なのだから、当然と言えば当然か」

「本当に鋭いですかねこれ?」

「嘘くさいおもね」

「いやまあ、分かって当然ではあるけど……」


 そう言うと天華は、ゆっくりと瞼を開いた。

 そのまま幽かな赤の瞳で、茫と揺れる灯を眺めて、


「じゃあ些末なことは置いておいて、これからの話をするとしようか」


 これからの話。何だろうかとラルクたちが思っていると、


「まずボクはこれより、龍神を名乗ろうと思う」

「……!!」


 黎音が驚愕した。ラルクは黎音に聞く。


「龍神を継ぐって、そんなことやっていいんですか?」

「ダメに決まっているでしょう。国王世襲制の貴方たちには分からないかもしれませんが、龍神とは単なる身分ではないのですよ」

「ですよね」

「竜王様、いったいどういうおつもりですか」


 先ほどまでは天華に怯えていた黎音が、敢然と彼女を問いただす。

 その姿だけでも、龍神が彼女らにとってどういう存在なのか垣間見えた気がした。


「まあ、黎音の言う通りだ。ただ龍神には、色々な伝説があるだろう?少し思い出してごらん」

「え、ええ?」


 ラルクはそう言われて、龍神の伝説を思い出していた。曰く龍神山は帝国に追われていた彼女が、威嚇するために行った震脚で作った山であるとか。

 曰く龍神のその速度は一瞬にして大陸の端から端まで移動するほどだとか。


 とはいえそれは、あくまでも伝説だろう。現実的ではない。

 

「事実だと分かっている龍神の伝説は、確か……、」


「……!!」 

「そうさ。七冠聖絶。かつて無敵と謳われた、七人の怪物たち。それの一人と戦って、隻腕にして敗走させたというのが彼女の最大の伝説さ」


 つまり、龍神というその、言葉の本質は。


 そこで彼女はラルクの方を真っすぐに見つめてきた。彼も思わず見つめ返して、


「ラルク。君はこの国を去るのかい?」

「……?ええ、それはまあ、」

「あい分かった。今回で七冠聖絶よりボクの方が強いことが証明された以上、君はもう必要ないからね。適当に観光でもした後、王国に帰るといい。……そこで、」


 今度は彼女は黎音の方を見つめた。次は何を話すのかな、とラルクが思って二人を見て……、


 場の雰囲気がどこか剣呑な、そして真剣なものに変わったことに気が付いた。

 緊張した黎音。風呂の縁に頬杖を突きながらそれを睥睨する天華。


「黎音。君はこれからどうするつもりだい?」 

「……」

「ラルクは王国に帰るみたいだけれど、付いていくのかい?」

「えっ。黎音さんは竜将なんだから、難しいのでは?」

 

 思わず口を挟んでしまったラルクに、天華は厳かに頷いた。


()()()()()()()()

「……あっ、」

「流石に、黎音が君を特別に思っていることぐらいわかるだろう?ただ最近、国際情勢や王国との関係もきな臭くなってきた。竜将の黎音をボクとしては行かせるわけにはいかないのさ」


 ラルクはふと、黎音の顔をまた見た。困ったような、苦しそうな顔を彼女はしていた。


「……竜王様。私としましては、彼と共に王国に行きたい所存でございます」

「だろうね。知ってる」

「……」

「これはさ、感情の話だけれど、それ以上に現実の話でもあるんだ」


 そう言われて、黎音は悲しそうに眉を曲げた。竜王としても、この国屈指の戦力である黎音を他国にやるわけにはいかないのだろう。

 竜王にとっての利益、これまでの義理、王国側に裏切るかもしれないというリスク。様々な現実が錯綜して、彼女は雁字搦めにされていた。

 

 あるいは彼女が、初めてラルクに出会ったときのような破滅的な考えのままだったなら、すべてを無視してラルクに付いて行けただろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「……分かりました。いえ、分かってはいました」


 だから黎音は、言葉を呑んだ。震える声で、


「私はこの国に、残りたいと思います」


 天華がうん。と、ただそれだけ呟く。

 黎音は下を向いていた。表情は見えない。見えないだけだが。


 なんとなくラルクは、また現実かと、辟易した思いでそれを聞いていた。

 人を悲しくさせるのは、また現実なのかと。


 湯煙で前を見渡すことができず、どこか世界が茫洋として感じられる。


 父が貴族のせいで死んだとき、ラルクは立ち向かえなかった。幼心にもそれは、みんなが死ぬだけだという現実を知っていたからだ。

 テーゼンシアに、彼は再び立ち向かえなかった。絶対に勝てないという、現実を知っていたからだ。

 結果的には問題なかったが、竜王を置いて行った。実のところグルディオクラッチが死ぬことも許容したくないが、敵なのだから仕方がない。


 そしてこの世のどこかで、人は苦しんで、死んでいる。


 ……諦めたくはない。

 すべてを救いたい。誰も死なせず、苦しませない、そんな騎士になりたい。


 ただ彼に出来ることは、多くはない。感情で動いた結果、より多くの悲しみを生むかもしれない。


 正直な所、彼にまだ確固たる判断基準は存在していない。

 最初は全員を救うために黎音を助けた。次は、皆の為に他人を逃がすか黎音のために自分が逃げるか揺れて、結局全員が助かるという理想を求めた。

 最後に、現実的に被害を最小限にできるよう風見天華を置いて、逃げた。


 この一月で成長したことがあるとするのなら、それは『諦めない』ということを知ったくらいだ。ただ、諦めないということは知れた。


 今やるべきことは感情的になることではなく、選択肢を吟味することだ。


 すなわち、黎音を連れていくという選択肢と、黎音を置いて行くという選択肢だ。

 前者では竜王の不興を買い、最悪殺される可能性すらあり、後者では安全だが黎音が悲しむし自分も寂しい。


 二者択一か。

 そうラルクは、思って、



「…………ん?」


 ラルクは何かに気が付いてか、意外そうな顔をしていた。何かを思いだしたようでもあった。思わず彼は、立ち上がっていた。


「……何だい?」


 何かに感づいた竜王が、目を細める。威圧的でもあった。なんとなく、彼が黎音を連れ帰ろうとしていることに気づいたのだろう。

 

「いえ、竜王様」


 ただ彼は堂々と、



「王国と貴国とで、同盟を組みませんか?」

「……はっ?」


 天華が間の抜けた声を出してしまう。黎音も呆然としていた。それに彼は、さも普通のことを言っているように、


「いえ、両国で同盟を結べば、黎音さんを連れ帰るのに問題はなくなると思いまして。それでどうでしょう、これを機に、」

「いやいやいやちょっと待ちたまえ」

「何でしょうか」

「何でしょうかじゃないだろ」

 

 彼女は半眼で彼を見て、


「なんで君が同盟をするかどうか決めるんだよ。そんな権限ないだろ」

「いえ、」

「いえ?」

「確かに今は正式な同盟は結べませんが、アストラフィア王女殿下の病を治した褒賞として、同盟について打診したいと思います」

「だけど、」


 天華は一瞬だけ考えるように上を向いた。


「同盟ってのはそんなに軽いものじゃないだろ。いくら功績が大きいとはいえ、」

「ええ。ですが王国としても龍王国と、同盟を組みたく思っているはずです。ならば今回の話は王国にとっても渡りに、えーと、」

「船。……根拠は?」

「二つほどあります。一つ目は今回の協力により、龍王国への国民感情がよくなったこと。そして二つ目は……、天華様が聖絶の一人を倒したことにより、龍王国との同盟の価値が飛躍的に上昇したことです」


 上手い、と黎音は思った。さりげなく天華を持ち上げながら、しかもそれは真実であるからラルクの素直な性格も相まって嫌味に思わせない。

 実際少し天華は良い気になったようだった。


 ラルクは人の長所を見つけるのが得意で、それゆえおだてるのも上手なのだった。

 天華は少しだけ考えるように、細いあごに手を当てた。


「……確かに、同盟の話がすでに付いているのなら、アストラフィアは肯ずるだろう。王国側の利が大きいからね」

「!!なら、」

「でもね、」


 そこで真紅の瞳がラルクを射抜いた。爛々と深く輝く、宝石のような瞳が。


「ボクらの利はどこにある?ボクらは黎音を奪われ、ある程度の武力的援助が要求されるかもしれないんだ」

「……」

「正直さ、ボクはその気になれば、自分のことを龍神と認めさせるのは容易かった。それほどまでに強力かつ強大な奥の手を、ボクは隠し持っている」


 奥の手。そんなのがあるのかと思ったが、彼女があるというのだからあるのだろう。


「にもかかわらず、ボクはそれを使わなかった。それは龍王国の脅威、ある二人に備えるためだ。ボクは悪習や淀みこそあれどこの国のことを愛しているし、この国のことを真摯に想っている」


「山に囲まれていて、大陸の端にある以上他国も攻めにくい。国民一人当たりの魔力量が多く、生産能力も高い龍王国にとっての同盟の利は?」


 ラルクはちらりと黎音の方を見た。

 彼が何のリターンも思い浮かばなかったから、解答を求めてきているのだろうと黎音は判断した。


 ただ、彼女は苦しそうに眉根を曲げた。

 龍王国が満ち足りている以上、『竜王』風見天華を納得させられるだけの見返りを、王国は用意できない。それが黎音の結論だった。

 そう思って、



「まあ龍王国にとっての利は、そこまでありませんね。同盟はあくまでも、龍王国の人々に黎音さんを手放すことを納得させるためのものです」

「!!」

「!?」


 天華は不意を突かれたように、黎音は理解できないといったように瞠目する。

 竜王に利益を与えられることを示すための、同盟の打診ではなかったのかと。


「よくぞまあ、そんなことを言えたものだね。それは共生と言うよりは、」

「ただ、」


 天華の言葉を断ち切って、続けざまに、ラルクは、


「もう、いいじゃないですか。あれだけ頑張って来たんだから。……幸せになっても、いいじゃないですか」


 場に、沈黙が流れる。

 彼の発言を聞いた時、黎音は焦っていた。竜王様は感情論だけでは動かないと。口にこそ出せないが、それでは説得することは不可能だと。


 論理が破綻していた。龍王国の利益を考え天華を手放せないという話だったから同盟の話を持ち出されたのだ。その同盟が龍王国に利益を齎さないのなら、天華が肯ずる理由はない。



「……」


 ただ天華は神妙にその言葉を聞いていた。反駁することも、笑い飛ばすこともなく。

 そして少しして、一言。


「それは、どっちに向けた、言葉だ?」

「……?」


 黎音には彼女の言葉の意図は読み取れなかった。どっちも何も、自分に向けられているに決まっているだろうと。

 そう、黎音がどこに行こうと、それは天華の幸福には関係しない。強いて言うなら、黎音が残った方が国力を維持できて都合がいいくらいだ。

 

 それでもラルクは、炎のような橙色の瞳で天華を見据えて言った。


「もう、背負うべき責任は十分に果たしたでしょう。少しくらいわがままをやっても、いいんじゃないですか」

「え、いや、私は言うほど貢献しては、」


 と、そこで黎音は気づいた。天華が下を向いていることに。


「……君は、分かっていたのか」


 彼女は顔を手で押さえて、


「くはっ、」

「えっ?」

「くははははっ、よくぞまあ、この短期間でここまで!」

「何を、竜王様、ラルク、」

「要するにさ、」


 天華は黎音の瞳を見つめて他でもない黎音の瞳を見つめて、


「君はラルクと共に、王国に行け」

「……へ?」

「ああだけど、多分今生の別れなんだ。今日はボクの閨に来なさい」

「竜王様、だから一体何を!」


 本当に訳が分からなくなって、王国行きを許された喜びより先に驚きと疑問が出てくる黎音。

 

 それに対して天華は美しく、しかしそれ以上に可愛らしい、花のような笑みを浮かべていた。






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