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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
35/71

天地の戦い

 『天運』グルディオクラッチと竜王との戦い。それは竜王が優勢な状態で始まった。


「200年焦がれたさ」 

「ぐっ!?」

 

 蹴られ崖下へと落ちていった巨人に一瞬で追いつき、腹を踏みつける。轟音。

 怪物は奈落に堕ち、無数の巨大な氷塊が天に炸裂した。


「……あれが、竜王」


 ラルクは驚嘆する。何十メートルも離れているというのに飛散した氷の塵がブリザードのように襲い来る。

 未だ彼女の力の片鱗しか見ていないが、それでも黎音やアルマとは隔絶した実力があることが分かった。


 あの怪物と比しても、なお……、


「奴らから離れるように、ゆっくり降りていけ」

「……え?」

「竜王がどれほどのものかはまだ分からんが、聖絶より上だとは到底思えん」

「何を、」

「見ろ」

 

 ラルクが崖の下を少し覗き込む。

 するとそこでは、


「この程度かい。七冠聖絶っ!」


 天華が無数の拳を大男に叩き込んでいた。いくら再生能力があろうとも、あまりの衝撃、あまりの速度を前に何もできない。

 男が拳を振るおうとする。しかし腕を振り上げた瞬間には、その腕は無くなっている。

 肉片が、骨が飛び散る。彼の体に無数の風穴が空き、原型すらも残っていない。


「……凄い」


 ラルクは感嘆の声を漏らす。惨憺たる状況を前に、しかし竜王しか目に入らない。それほどまでに、彼女の力は常軌を逸していた。


「全く勝負にすら、なっていないじゃないか」

「……そう見えるか?」

「えっ?」


 これを見ても未だにそんなことを言うアルマに、彼は疑問の声を上げて、


「……」


 ふと天華の表情が一瞬だけ曇ったことに、気が付いた。グルディオクラッチの掌の顔が、唇を歪め嗤っていたことにも。


「一体何が、起こってるんだ?」


 妙な光景だった。圧倒している側と圧倒されている側が見た目と実際であべこべだった。

 ラルクは目を凝らして、戦いを見つめて、


「……再生速度が、落ちていない?」

「そして魔力の消費も感じられない」


 そう、ダメージを受けているように見える男は実際のところ全く消耗しておらず、翻って竜王は少しずつ、しかし確実に疲れ始めていた。 

 ラルクが呟く。


「……ありえない、失われた部分を再生させているんだ、何かのエネルギーを使わなければ、」

「要するにそのエネルギーが、体外から賄われているのだ。――すなわち『ギフト』」


 無限再生のギフト。なんて出鱈目な力だと、ラルクはそう思った。

 そんなもの、あるわけが、


「おや、」

「ぐっ、」

「漸く当たりましたね」


 そこで男の拳が天華の腹に炸裂した。無理矢理に彼女が手を振るい、男が吹き飛ばされる。


「この程度の攻撃でボクを倒せると思って、」

「まあ私の力は先ほどの黒髪の少女と比しても大差ありません。君に殆どダメージは入らないでしょう。……一撃なら」


 状況はまだ悪くはない。まだ。


「逃げろ、ラルク」

「いやでも加勢した方が、」

「お前如き、何の戦力にもならん。俺も、黎音もな」


 ラルクは不甲斐なさに唇を噛む。黎音たちとは一線を画す力を二人は持っていた。


「竜王が敗れたとして、龍王郷までたどり着けば対抗できるかもしれん」

「……彼が竜王様を殺した、敵になるからか」

「ああ。全竜人対聖絶なら、つり合いも取れている」


 認めがたい話だった。飲み難い条件だった。しかし黎音がそこで、初めて口を開いた。


「逃げましょう、ラルク」

「黎音さん」

「感情的になるのは必ずしも悪い事ではありません。ですがここで感情的になるのは、疑う余地もなく悪い事です」


 黎音がラルクの手を掴む。彼は振り払おうとして、


「それに、」

「…………それに?」

「竜王様は自らの最強を証明するために、七冠聖絶に挑むのです。ならば私たちが残ることは、彼女への背信になりましょう」

「……」


 ラルクは歯噛みした。

 

「……でも、それであの方を死なせるわけにはいかないです」

「ラルク。人は命がけにならねばならないのですよ。特に、大切な、譲れないものの為には」

「そんなの詭べ」

「ならなぜお前は、ここに来たのです」


 ラルクは目を見開いた。

 それは、なぜこの山まで遥々やってきたのかとか、そういう意味ではなく、


「命を大切にしたいのなら、戦いから逃げればいいでしょう。それなりに鍛錬をして、あとは魔物が出にくい田舎ででも過ごせばいい。それに、お前はアルマがエリクシルを求めることにも協力しました」

「それは、別に死とは関係ないですよ」

「いいえ大いにあります。というよりは、最良の騎士を目指すこともエリクシルを求めることも、()()()()()()()。なぜなら、」


「そこに至るまでの道で、幾つもの死(しれん)を乗り越えなければならないのですから」


 矛盾。ラルクは自らの致命的な矛盾に気づかされた。

 人の命に至上の価値を置きながら、自分の命(と、考え方によってはアルマの命)を顧みない生き方。 

 無論、何らかの線引きをすることは可能だった。力の弱い女子供老人と自分たちとでは話が違うと考えることは、ある程度筋が通っているだろう。


 ただかつて、レイシアという一人の少女が、ラルクを助けるために犠牲となった。

 厳密には彼女だけではない。彼の父もそうであるし、あるいは見知らぬ人も、もしくは気づいていないだけで身近な人も、ラルクのために大切な何かを犠牲にしているのかもしれない。

 

 ならばそれらの線引きに何の意味があろうか。人の命は一人のものではない。そこには責任があった。


「……でも、」


 そうは分かっていても、どうしてもラルクは目の前の少女を見捨てられない。

 彼は思わずアルマの方を向いて、


「アルマは良いのか!?あれはアンタのお姉さんを殺した連中の仲間なんだろ!?」


 思わずそんな、自分が残ることとは何の関係もないことを言った。

 それは黎音に付け入るスキを与えるだろう。しまったと、彼は思って、



「俺は奴が憎い。だが奴を殺しても姉さんは戻ってこない。ならば俺は、復讐など望んでいない」

「……あっ、」

「夾雑物だ。復讐心も、感傷も」


 彼の仮面の下の怜悧な瞳が確かに語っていた。


 お前の大切なものはなんだ?と。


「……」


 ラルクの中で、大切なことは決まっていた。人を助けること。


「正直に言おう。俺はお前を理性の面でしか見ていない。大会でも、小細工をしない方が優勝する可能性が高いと判断したから何もしなかった。黎音も感情で説得できるだろうと判断したから、お前を置いて行った」

「……ここに残るのは、愚策だと?」

「ああ」


「ここに残っても、お前の目的は何一つ達成されないだろう」


 理性。感情でも感傷でも激情でもなく、理性。


「……分かったよ」


 ラルクには、これが本当に正しいのかは分からなかった。

 理性で人を助けに行くのをやめれば、次第に何かがゆがんでいくのではないか。誰かを一度でも見捨てた人間は、正しい魂を失ってしまうのではないか。


 ただそれでも、彼は駆け出した。これが今ある選択肢の中で、最もいいものなんだと考えて。

 少年は葛藤する。レイシアの最期の表情が、ふと頭によぎった。





「……はあ」


 一方そんな三人を横目で見ながら、天華はため息を吐いていた。


「まったく、ラルクとアルマはともかく、黎音までも完全にボクが負けると思い込んでいるみたいだな」

「事実、そうなると思いますが」

「君たちは無敵じゃないよ」

「おや」


 彼女は唾を吐き捨てるように言うと、真紅の剣を腰から抜いた。


「私たちが無敵でないとは?」

「ボクの知りうる限り歴史で三度かな。君らは最強の獣人に帝国の大軍、そしてボクの母に敗北を喫しているはずさ」

「ふむ?」

「完全なる無敵、君らがそんな存在であるのなら敗北する道理はない」


 飄々とした態度でそんなことを言う天華。

 それを聞いた彼は、ぽりぽりと能面のような顔を掻いた。


「獣王国の時は相性が悪すぎました。帝国の大軍の時は、行ったのがあまりに戦いに向いていない子だったので」

「へえ、実力では負けていないと?」


 彼女は愉快そうに言う。すると男は首を振った。


「いえ、私如きでは別に相性が悪くなくとも、龍神には何もできずに敗北させられるでしょう」

「なら、」

「ですが、」


「君は彼女の足元にも及びませんよ。それは定めし、永遠に」



 瞬間、魔力が爆発した。

 一瞬でグルディオクラッチの体が無数の肉片に変わる。


「!!?」

「……ボクはさ、」


 殺意。


「ボクより強い者がいるということを許容しない」

「これは、」

「故にボクは最強を証明する。君を一方的に、虐殺することによって」


 すぐさま彼は再生したが、何が起こったのかは理解できなかった。一体どんな技によって、一瞬で自分がバラバラにされたのか皆目見当もつかなかった。


「剣の付与効果、でしょうかね」

「さあね」


 彼が攻撃しようと手を伸ばすが、その瞬間に腕が消失している。少なくとも剣が振るわれたようには見えなかった。


「……ならば、」


 その時、グルディオが今までの数倍の速度まで加速した。

 反応しようもない、凄まじい速度で拳が彼女に降り注ぐ。


「残念ながらね、」


 だがその拳を彼女はあっさりと掴む。


「あの時、全く疲弊していなかったにも関わらずこのボクが君の攻撃を受けた。何らかの加速能力を持っていることは理解していたよ」

「……くくっ、まさか一度見ただけで、」

「竜王なんでね」


 べきべきと骨が折れる音が響く。かかと落とし。背中側の骨がすべて粉砕されて、さしもの彼も動きを止めた。


「ぐ、これは、力だけならリシディアよりも、」


 規格外の怪物。竜将の黎音とは比べるべくもない神域の膂力。速度。グルディオクラッチは、彼女に対する認識を改めざるを得なかった。


「おそらくさ、」


 彼女は有利な状況に冷静を取り戻したのか、何か攻撃をするでもなく話し始める。


「君のギフトは時間に関係するものだろう?」

「なぜ、そう思いました?」

「加速と再生、これらを同時に行える力となれば、おのずと答えは導き出せるだろうに」

「……まあ、正解ですね」


 グルディオクラッチはつまらなそうに答え合わせをした。そして同時に、それがどうしたと言った風に彼女を手の目で睨みつける。


「種を見敗れたところで、貴女では私には敵いませんよ。私は種族柄生命力が高く、木っ端微塵に粉砕されても半日は生命活動を続けることができます。すなわち、」

「即死させるという、再生能力持ちへの攻略法が通用しないと」

「ええ」


 まさしく無敵だった。しかもそんな能力を持った者が、黎音と同等以上の身体能力を持っているのだ。

 七冠聖絶たちが竜王を歯牙にもかけていなかった理由はこれである。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……ふふっ、」 


 しかしにも関わらず、天華は笑った。


「……何を、」

「いやさ、正直最初はかなり焦っていたんだよ。再生能力と加速能力が別のモノだったのならば、勝ち目はないなって」

「時間を操る能力でも関係はないでしょう」

「いいや。時間を進めながら戻すことはできない。つまり君は、()()()()()()()()()()()()()


 だから何だと、グルディオクラッチは言いたかった。

 再生があるだけでも、竜王に勝ち目はないというのに。

 

 ただ、それを口に出すより先に、彼は地面に叩きつけられていた。


「ぐっ、速い、ですねっ!!ですがっ、この程度何にも」

「これだけじゃ、何にもならないだろうね。でも、」

「!!?」


 再び拳が放たれる。再生をしていた彼は避けることもできずに、雪を打ち砕いて岩の地面にめり込む。


「か、はっ、」

 

 呼吸が止まる。さらに隕石の衝突が如き威力の拳が上から何度も何度も叩きつけられる。

 

「バラバラでも生きていられると言っても、移動はできないだろう?」

「だから何を。精神を折ろうというのなら無駄ですよ、私は痛みには慣れて」

「ならば君は、無敵ではない。現在地上、3000ⅿと言ったところかな?」

「……?……!!まさかっ、」

「そう、そのまさかさ」


 轟音と共に、地の奥深くに沈められていく彼を嗤って、


「君を大地の下、マントルにまで叩き込もう」

「ッツ!!」


 地表から数十キロ下に位置するマントル。その中でも天華の狙っていたのは、流動層である地下百数十キロのアセノスフェアだった。

 流動層に押し込まれれば、重力が下に働く以上グルディオクラッチとはいえ戻ってくることはできない。無論、聖絶の助けも期待できない。

 だが、


「いかに竜王と言えど、百キロも押し込めるほどの体力などあるはずがないっ!!」


 スコップなどで一度地面を掘ってみれば分かるだろう。鉄の道具を使ってもなお、30㎝地面を掘る頃には疲労困憊になってしまう。


 ましてや果てしない重力によって圧縮された岩盤を、貫通して掘り続けていくことなど、


「……!!」


 その時グルディオクラッチは天華の煌々たる真紅の瞳を見て、恐怖に動けなくなった。


「通常の竜王なら、不可能だろうさ。でも生憎とボクは、龍神の娘なんだ」


「ならば龍神と同等の力を持っていると考えるのが、妥当なんじゃないかな?」


 彼の敗因は、竜王の実力を低く見積もり過ぎていたことにある。

 グルディオクラッチはようやく理解した。正体不明の彼をバラバラにした攻撃、それはただ単に、天華が本気で剣を振るっただけだったのだと。あまりの速度に視認すらできなかっただけだったのだと。


 一瞬でも再生を緩めれば意識が飛びかねない高速連打。避けることも逃れることも叶わず、彼は蹂躙され続けた。







 赤く輝く美しき肢体。

 片翼しかないのに、完全性すら感じさせるのはなぜでしょうねと、グルディオクラッチはそんなことを思った。


 天華が彼を一方的に殴り続けて丸三日。

 そうして今、彼女らは赤熱するマグマに覆われている。


 100㎞、それでは不安と思い、彼女は地下940㎞、下部マントルの所まで押し込んでいた。


「弱い。()()()を使うまでもなかったね」

「くくっ、」


 全身を燃やしながら、グルディオクラッチが笑い始めた。


「くくくくくっ、ははははははははあッ!!」

「何を笑っているんだい?もう君の負けは確定して」

「ええっ、私の負けですよ!完膚なきまでに、私は敗北しているのです!!」

「……なら、なぜ笑って」


 そんなもの決まっているじゃないですかと、彼は心底愉快そうに言った。


「竜王がいたという利運!竜王が間に合ったという強運!黎音君を説得できたという盛運!道中で死ななかったという幸運!あるいはアルマ・ヴェゼガと出会えたのも、最低限の才能を有していたことも!!すべての運が彼を英雄へと運んでいく!!」


狂気的な笑みを浮かべる男の掌を見て、悍ましさを感じた。七冠聖絶。


「おめでとう、ラルク君」


「君は試練を乗り越えた」


ボロボロと音を立てて、グルディオクラッチの体が崩れていく。諦めたのだろう。

風見は髪にかかるマグマを払うと、そんな彼を横目で見た。


「不気味な奴だね。何がしたいんだか」

「不気味、といえば君もでしょう?」


恍惚とした、狂気的な態度が一転、とても柔らかいものになる。

どうやって話しているのか、溶けて崩れた口で、


「なぜ私たちを倒すのにここまで躍起になっているのか。君からしても、私と戦うまでは勝てるか分からなかったはずです。まさか聖絶に絶対に勝てると思っているほど愚かでもないでしょう?」

「……ボクは、あの龍神を超えなければいけなかったんだよ。かつて聖絶を撃退し、神と崇められた怪物を」

「くくっ、積もる話もありそうで」


すね。と言おうとしたのだろうが、声がでなかった。彼の体は着実に、死に近づいていっている。唯一残った瞳で天華を見つめると、彼女は灼熱に照らされて、けれど静かに物思いをしていた。


「……」


一瞬。怪物は、祈るように目を瞑ったように見えた。

 そしてそれが永遠を生き世界にその名を轟かせた七冠聖絶、『天運』のグルディオクラッチの最期だった。




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