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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
34/71

天運の試練

『天運』と、そう名乗った。ならばあれの下す試練は、



「ご名答!」


 彼はラルクたちが何も言っていないというのに、指を彼に向けた。


「英雄になるのに最も重要な資質とは、すなわち『運』!」

「……身も蓋も、ないね」

「身も蓋もありませんが、事実でしょう?アルマ君と出会っていなければ今の君はいない。君のお父さんが生きていれば、今も君は安寧の中で生きていた!」

「……」



 否定は出来なかった。どんな英雄譚でも、英雄は必ず死なずに再び起き上がる幸運を持っている。今わの際、そこで死ぬ者は歴史に残らず、それを運よく乗り越えた者が英雄となるのだ。


 ……いや、それだけではない。英雄になる道を選ばなければならないような非運、それを持っている者だけに英雄への道が開かれるのだ。


「それで、試練とは何だい?」


 ラルクは既に理解していた。天地がひっくり返っても、この面子では彼には勝てない。ならば試練に挑んだ方が生き残る公算が高いと考えて、


「試練の内容ですか。シンプルですが、二度は言わないのでよく聞いていてくださいね」

「……ああ、」


 英雄になるための試練。命が懸かるのだろうとラルクは察していた。

 人死にがあっさりと出るような試練。


 しかし次に彼の口から発せられた試練の内容は、ラルクの想定している最悪を遥かに越えていた。

 

「試練、その内容は、」


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「……は?」

「重要な部分さえ避ければ、頭を貫かれても生きていた事例はごまんとあるのでね!さあ、運試しといきましょうか!!」


 ラルクの頭が真白になる。こんな治療も受けられない山の上で、脳を貫かれる?いや、仮に目の前に世界最高の治療師がいたとしても、即死すれば終わりだ。

 これはつまり、死ねと言っているようなものではないのか……?


 刹那、黎音が飛び出していた。


「私の大切な人を、傷つけるなあっ!!」


 彼女らしくもない絶叫。氷の爪がグルディオクラッチに振り下ろされる。


「黎音さん!?」 

「逃げてくださいラルク!お前も分かっていると思いますが、私の勝てる相手ではありません!」

「ふむ、そこまで知っていて挑んでくるとは、好かれていますね」


 彼は片腕で黎音の攻撃を受け止める。

 黎音の細い腕をつかんだのだ。


「ぐっ、何という、力、」 

「私は他の聖絶に比べれば非力ですが。それでも君ぐらいなら、止めることは容易い」


 少しずつ、後ろに押されて黎音の体勢が悪くなっていく。

 溜まらず黎音が蹴りを繰り出すが、それも足裏で止められる。しかし足に意識が行き手が離された。

 その瞬間に殴る、防がれる。蹴る、防がれる。意表をついて足にタックルする。雪の上なのに崩せない。


「化け物め、」


 すると後ろから少し遅れて、アルマも躍り出た。片方しかない手には、金の小剣が握られている。


「おや、二対一ですか?これもまた初めての経験ですね」


 アルマの技術は黎音から見ても卓越していた。

 最速最短で、剣撃が降り注ぐ。右、左、上、左、揺さぶりをかけて、


「ですがまあ、なんとも遅い動きです」


 グルディオクラッチは左手で黎音を、右手でアルマを捌く。一撃たりとも攻撃が当たらない。強すぎる、と黎音は思った。


「私とアルマの二人がかりで勝てない相手など、この世界にも10人もいないはず!どうやってここまでの人員を、7人も集めたのですか!?」

「七冠聖絶について、少し勘違いしているようで」


 目の前の男の掌の口が開き、言葉を語る。


「五つ存在する世界。一つの世界につき一人のみが、七冠聖絶に選ばれるのですよ」


 七冠なのに五つ?その疑問が浮かぶほど、二人に余裕はなかった。

 ただ分かったのは、眼の前にいる怪物が世界でも屈指の実力者だということ。


 っと、その時。


「やああああっ!!」


 さらにラルクも剣を振りかぶって、彼に襲い掛かった。


「莫迦、早く逃げなさい!」

「嫌です」


 彼は鋼鉄の剣を、男の頭めがけて振るった。


「ふむ、君は特に鈍いですね」


 グルディオクラッチは右手で黎音を、左手でアルマを捌く。そして右足でラルクの剣を防ぐ。

 やはり一撃たりとも攻撃が当たらない。


「技術、ではありませんね!むしろ技術は極めて低い!」

「単純な反射神経、力、速度だけで、ここまで……!!」


 それはアルマらの戦ったことのないタイプの相手だった。所謂強者は、普通その高い実力に見合った高い技術を持ち合わせている。

 露骨な動きは普通なら怪しまれる。そこでアルマが僅かなフェイントを入れるが、異形の男は気づきすらしない。 


「くっ、ある意味やりにくい!!」


 彼があまり積極的に攻撃してこないから何とか均衡が保たれていたが、攻撃しない相手に互角というのもマズかった。

 それに彼はまだ、あの雪崩を耐えるのに使った魔法か何かを隠している。


 痺れを切らした黎音が、近距離戦のさなかだというのに魔法を詠唱した。



「凍て付け絶海、天まで白く、」

「ふむ?」


 男は魔法の詠唱自体知らないのか、怪訝そうに手に付いている目を黎音に向けるだけであった。


「以下詠唱破棄、『氷柱』!」


 刹那、天空から学園の校舎の高さほどもあろうかという巨大な氷柱が降り注いできた。思わず男が後ろに下がろうとするが、それをみすみすと逃がすアルマではない。

 すかさず足にタックルして、男を転倒させた。


「なっ!?」

「やれっ、黎音!」

「言われずとも!」


 もはやアルマに目の前の男の心配をする余裕はなかった。ラルクは手を伸ばしたが、それより先に巨大な氷柱が彼を刺し貫く。



「ぐあああああああああっ!!」


 体が右半身と左半身とで真っ二つに裂けて、血が天高く噴き出た。

 亜人種だろうと魔物だろうと、二つにされても生きられるモノはいない。


「やったか、」

 

 不安げに、否、ある種の暗い確信を持ってアルマが呟く。

 明らかに致命傷、だが、



「あああああっと、ふぅ。存外に強いですね」

「……予想はしていましたが、」

「龍神がいないからといって侮りすぎるのも良くなかったようです。まさか掠り傷を二度も受ける羽目になるとは!」


 二つに裂けた体はすぐに接合して、元通りになっていた。圧倒的な再生速度。


「……なるほど、最初に雪崩を喰らっても耐えていた理由はこれでしたか」

「ええ。これが私が聖絶の一人たる所以です」


 七冠聖絶。常軌を逸した怪物たち。一応食い下がれているように見えていたが実際の所は、勝負にすらなっていなかったのだろう。

 真っ二つになってもすぐ元通りになる怪物を、倒すすべなどない。いつかは必ず敗北する。


「……逃げてください、黎音さん、アルマ」


 後ろからそんな声がかかる。


「お前こそ、」

「奴の狙いは俺です。怪我のせいで走って逃げることが出来ないから、アレを倒す以外の術はありませんが、それは無理でしょう」


 ギリッと黎音が歯を食いしばる。そしてラルクを睨みつけて、


「私をまた、一人にする気ですか」

「……」

「私が唯一手に入れることが出来たものを、踏みにじる気ですか?」


 黎音の言わんとしていることは、痛いほど分かった。ラルクの命は、ラルク一人のものではない。

 人には生きる責任がある。大切な人がいる限り、いてくれた限り、あるいは未来にいるかもしれない限り、決して死んではならない。


「……」


 ラルクにはそれが、痛いほど分かってしまった。

 

「私は抗います。最後の時まで」

「黎音さん……、」

「俺もまあ、黎音と同意見だな」

「アルマ、」


 二人が武器を手に、怪物に立ち向かう。ラルクは唇を噛んで、しかし確かに強く地面を踏みしめた。


「分かりました」


「戦いましょう、理想の為に」


 そんな彼を見て、怪物はようやく攻撃する気になったのか、黒く錆びた二対の巨釘を持った。

 

「やれやれ、無意味だと分かっているでしょうに、なぜ無意味に抗うのですか?」

「それは、」


 黎音がキッと彼を睨みつける。さしもの彼女も震えていたが、それ以上に決意は固かった。

 そして彼女は徐に口を開いた。


「抗う理由、抗わねばならぬ理由、そんなもの決まっています」

「ほう?」

「彼が私を、「多少粘っていれば、奴が来るからだな」

「……へっ?」



 次の瞬間、音もなくそれはグルディオクラッチの背後に現れていた。


 紫紺の髪に、真紅の瞳。巨大な黒の片翼に、真っ黒に染まった角。

 見目は麗しく、神々しく。


 青白い雪との対比で、紫と赤と黒が良く映えた。


 黎音は驚愕した。


「通信機はないはずでしたが、」

「俺が余分に貰っておいた」

「……裏切りを、想定していたと?」

「いや、寒さで壊れるかもしれんと思ってな」

「やぁやあ君たち!そんなことはどうだっていいだろう!」


 次の瞬間異形の怪物が拳を振るって……、



 そして彼は何十メートルも吹き飛ばされていた。



主役(ボク)が来たんだ」


 竜というよりは神の如く睥睨する竜王。


「些事も万事も、握りつぶして終わりとしよう」



 雪が舞い散る。氷が神秘的に舞う。


 ゆらりと遠くで、男が起き上がった。まあこれくらいじゃ死なないだろうねと、天華は笑う。

 怪物たちの、戦いの火ぶたが切って落とされた。









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