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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
33/71

絶佳の怪物

「おやおや、テーゼンシアの話ではあの山に彼らは登っているそうですが」 


 龍神山の麓、空気のよく澄んだ山林。

 そこでは二つの顔のない頭を持った男が山を見上げていた。身長は3m近く、亜人種にしても異様な見た目。

 両手


「あまりにも高い。これほどまでに大きな山が地上に存在していたとは!流石は最後にして最大の世界です!」


 男は感嘆するような声を上げる。

 天を衝く剣にも喩えられる険しい山体。白銀の美しさ。


 その山は遥かな過去から、あらゆる生き物たちの畏敬を集め続けてきた。


「15000mほどでしょうかね。これを登るのは、運動が苦手な私では少々骨が折れる」


「――登頂まで2、30分と言ったところでしょうかな?」


 次の瞬間、轟音が響き、林がなぎ倒されていった。凄まじい勢いで、怪物が迫りくる。







 異変に初めに気が付いたのは、黎音だった。


「……何かが来ます」

「え?」

「魔物では、ありませんね。備えていてください」

「奴らと考えるのが妥当か」


 何が、とラルクが言おうとした瞬間、彼も異音を聞いた。


「……速すぎる」

「……」


 愕然する橙髪の少年を後ろに、黒髪の少女が氷の爪を創り出す。まだ見敵してすらいないというのに、警戒を露わにし、瀕死のラルクには決して使わなかった魔法さえ使う黎音。


 ラルクは内心何が来るか理解しながらも、外れていてくれと祈る。黎音は辛うじて目で追えたのに対し、アレの攻撃は視認することすら叶わなかった。この状態で勝てる相手ではない。


「こちらに来ますね。敵です」

「う、ぐっ、」


 ラルクが遥か下方を見ると、わずかにそれの頭が見えた。絶句する。


「顔がない、それに頭が二つも、」

「該当する亜人種を、寡聞にして知りませんね。つまりは、」

「そういった枠組みを、超越した存在……、」


 地を蹴り高速で近づいてくる異形の巨人。出鱈目な動き。彼から魔力は感じられないが、それが一層不気味であった。

 

「アルマ、黎音さん。奴の狙いは俺です。どうか、逃げていてください」


 彼はそんなことを言った。この面子では相手にならないと判断したのだ。

 しかし黎音は彼を睨みつけた。


「いえ、逃げるのは及びませんよ。アレを確実に殺す方法が見つかりましたから」

「えっ?」

「薙ぎ払え、氷爪」


 彼女がそう唱えると、目の前の地面がスパァンと裂断された。

 何を、とラルクが思っていると……、


「うっ、この音は!?」

「まさか……、」


 ゴゴゴゴと、大地が激震するような音が山に響いた。いや、ようなではない、これは、


「雪崩です。アレの目は手についているゆえ、岩を掴んで登っている時は上を見ることができない」

「よくぞ気づいたな」

「竜の眼は特別なので」


 残り100mほどの所に来ていた異形の巨人は、どうやら雪崩にはまだ気づいていないようだった。

 高さ20m、横幅200mという莫大な質量の氷の津波が岩を、魔物を、何もかもを巻き込みながら進んでいく。


「おや、気づきましたか」


 流石に音で気づいたのか、相手が上を見上げる。しかし雪崩は凄まじい勢いをもって、すでに彼の眼前にまで迫っていた。


「アレが飛べるのなら避けられましょうが、直撃すれば確実に100%絶対に間違いなく即死しますよ」

「う、お、」

「おや、」

 

 そうして双頭の男は上に跳躍して逃れようとして……、氷の地面で足が滑ったのか、その場に転倒した。

 

 氷塊が彼の上を容赦なく通過していく。雪崩の轟音で音こそ聞こえなかったが、無数の血が辺り一面に飛び散り、しかしそれもすぐに雪崩に巻き込まれていく。


 大自然による絶対的な破壊。一万トンでは到底済まない圧倒的な質量。

 ラルクはただ茫然として、それを眺めていた。


「これで私たちの勝ちです」

「あ……、」

「歴史を見れば帝国の軍勢に、龍神様に、幾度か七冠聖絶は打ち破られています。聖絶と言えど、無敵ではないのですよ」


 テーゼンシアを見たせいで、どこか究極の怪物というイメージが彼らにはあった。しかし横にいる黎音という少女も、龍王国で屈指の実力を持つ怪物には違いないのだ。

 ただ彼はそれを再認識するとともに、どこかやるせない気持ちになっていた。

 

「……何ですか、そんな顔をして」

「いや、死んじゃったんだなあって、思いまして」

「?」

「もしかしたら分かり合えたかも、しれないのに。そうじゃなくとも、彼の仲間もいるだろうに。畏れに眩んでしまった」

「……あんな見た目の化け物にも、お前は情をかけるのですね」


 黎音は彼の甘すぎる発言にため息を吐いた。


「私にああ言ったのも分かる気がしますね」

「すいません、ちょっとまだ生きていないか見てきます」

「……正気ですか?敵ですし、そもそも見たでしょう、あれの血が弾けるところを」

「聖絶となれば、生きている可能性もあるかもしれない」


 ラルクはそう言うと、斜面を走って降りていった。その姿に呆れながらも、思わず黎音は笑ってしまった。笑って、そして、憂うような表情で呟いた。


「お前は誰でも愛するのですね。――その愛が、私にだけ向いていれば良かったのに」


「でもその愛で、救われる人もいるのでしょうね。それならいいかな」


 そこまで言って彼女は、いつの間にか、自分の考え方が少し変わっていることに気が付いた。前までなら他人の幸福を祈るどころか、他人は不幸であった方が嬉しかったというのに。


「本当に、ヒーローのような男です」


 彼女はもはや、笑うことができた。優しく、恋する乙女のように。

 

「……惚気なら、俺の居ないときにやれ。微妙な気分になる」

「ふふ、人間如き矮小な存在、いてもいなくても気になりませんよ」

「お前はそんな、矮小な存在のことが好きなようだが」

「ええ、力の強弱はそう重要ではないので」


 アルマは一瞬だけ目を見開いていた。


「変わったな」

「変えられたのですよ。ああも愛されて、それでも変われないほど凍ってもいなかったようで」


 感慨深そうに黎音が言ったあと、少しだけ彼の目を見て、


「お前こそ、私への敵意がなくなりましたよ」

「もうお前を嫌う理由は残っていないだろう」

「ラルクの言っていた通り、本当に真摯な男です」


 自分の知らない世界もあるのですね、と黎音は思った。いや、知らない世界でもないのか。

 龍神様もきっと、彼らのような人だったのだから。不幸にもその優しさは塵と消えたが。


 不思議と満たされた気分だった。いや、心地よいわけでもないが、不快でもなかった。

 そうして彼女はゆっくりと、彼が急いで転んでしまっていないか、斜面の下の方を見て、



「初めまして、ラルク君!」



「……は?」


 見ると異形の巨人が無傷で、ラルクの前に立っていた。


「いやはや、なかなかのお手並みです!さすがは竜の将軍といったところでしょうか!」

「……馬鹿な、」


 アルマが金の小剣を構える一方で、思わず黎音の口から言葉が漏れ出る。


「あの大質量、生きているはずがない!あの大出血、生きているはずがない!」

「生憎と、」


 遥かな先で顔のない頭が、黎音の方を向いた。


「この程度で死ぬのなら、七冠聖絶になどはなれませんので」

「ぐっ、」


 自分の認識が甘かったことを黎音は悟る。

 違う。これは黎音たちとは違いすぎる。


 男は手を胸に当てて、優雅に悍ましく一礼する。


「私は聖絶の二、『天運』のグルディオクラッチ。――ラルク君に試練を、齎しに参りました」






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