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ロード・オブ・エリクシル  作者: ナムル
第二章 大地の涯
32/71

七冠会議

 亭々たる無数のコンクリートビル群。直方体のそれらの箱には蔦やコケがびっしりと付着し、すでに崩壊は訪れた後であることが如実に表れていた。


 澄み渡る青空の下、噴水公園跡地。鷹揚に歩いてきた男が、もう水の出ることのない噴水に腰かけた少女に話しかける。


「おやおや、随分遅刻してきたというのに、まだ集まっていないのですか」


 その男は歪であった。

 何が歪かと言うと、まず頭が2つあった。マネキンのようなつるりとした頭が。

 そして顔に感覚器が付いていない代わりに、右手に目と鼻が、左手に口と耳がある。果たしてこれらは本来の機能を果たしているのだろうか。

 さらに不気味なことに、服装は黒のタキシードとカジュアルなものであったが、丈が異様に高かった。肩幅こそ常人のそれと同じなものの、身長は優に3mはあるだろう。


「もー!時間通り来てくださいよ!」


 対して噴水に腰かけた銀髪の女性は彼?の容姿を気にすることなく、頬を膨らませながらそんなことを言う。


「はは、そう怒らないでください。どうせまだ全員が揃っていない以上、会議は始められないのですから。――『選別』のテーゼンシアよ」

「今回はあの子は集まらないでしょうから、貴方が最後ですよ」

「おや。それはどういった理由で?」

「あの子は私のやり方に文句があるようでして」

「ああ!まあ貴女のやり方は悪辣が過ぎますからね。善良な存在である私たちのほとんどは、心を痛めていますよ?」

「しょうがないじゃないですか、あれは最善かはともかく最速の策なのですから!あの子の反応からも、一応納得はしてくれていたみたいですし、」

 

 テーゼンシアがぷりぷりと怒っている。……すると先ほどから噴水の横に、泰然と立っていた隻腕の大男が言った。


「予定時刻から、49時間23分の遅れだ」

「おや、そんなに経っていたとは。丸々二日分ですかね」

「今まで何をしていた?」


 常人なら気絶しかねないほどの圧を込めて、彼が怪物を睨みつける。

 それに怪物は肩を竦めて、一言。

 

「次の『英雄』候補とやらを見に行っていたのですよ」

「そうか、なら構わん」

「時間なんて腐るほどありますもんねー」

「然り。無論無駄にする理由もないが」


 見逃されたことを、怪物は気にも留めなかった。彼を殺せる人間などいないからだ。

 その後の二人の発言は少し気になったが、今度は彼が見逃すことにする。

 彼もまた、彼女らを殺すことはできないからだ。


「――それでは今より『七冠聖絶』として、第七百九十六回目の会議を始める」


 男がそう言うと、ベンチに座っていた二人の少女が立ちあがった。 

 それぞれ赤と白のメッシュ、青と白のメッシュの髪をしていて、おそろいの純白のドレスを身に纏っている。


「はいはーい!質問いいかなー?」


 身長は150と少し。花の冠を被った彼女らは、奇妙なことに一言一句違わず同時に喋った。


「何だ?」

「なぜ私たちを呼び出したんだい?」

「今年中に、『七冠の試練』を終わせることとした」


「……へえ?」


 それを聞いた瞬間、少女の声のトーンが一段階下がった。


「まったく、珍しいことでしょう?まさかアルテラ君のときに続いて、今回まで試練を早く終わらせようとするだなんて。特に最終試練に関しては、彼には早いと思いますが……、」

「方針は変えませんよ!」

「……やれやれ」


 と、そこまで言って怪物は口を噤んだ。周囲に放たれる、濃密な殺気を感じ取ったからである。


「そうかあ、今年で試練を終わらせるのか。……アルテラ・ヴェゼガの試練から、まだ少ししか経っていないんだよね?」

「……何が言いたいのだ」

「いやさ、」

 

 ごほんと咳ばらいをして、彼女らは隻腕の男を睨みつけた。


「君たちさあ、なんか焦ってない?」


 少女たちの背中から、炎の翼と氷の翼が現れる。炎は吹き出すように、氷は波紋の広がるように。


「……」

「あまり感心しないな。いくら新たな英雄が欲しいからって、人命を無駄にするのは。人はみな生きていて、ゆえに尊いんだ。たとえたった一つの命だとしても」


 場の空気が一瞬で凍り付いて、燃え盛る。青髪の少女のいる側は凍て付く吹雪が吹き荒れ、赤髪の少女の居る側はコンクリートが溶け灼熱が噴出する。

 かつて万を超える人間を虐殺しておいてどの口が言うと大男は思ったが、口には出さない。


「……意味のあることだ」

「ふぅん。一応言っておくけれど私はさ、他はともかく、シアと君は信用していないよ?」

「ひどいです!」

「……ふむ」


 マグマに全身を包まれながらも呑気に、信用されていないことに対して抗議するテーゼンシアと、少し考えるそぶりを見せた隻腕の男。


「おやおや、まさかの諍いとは!仲間であったはずなのに、悲しいですねえ」

「……汝は少し、黙るといい。そして、リシディアよ」

「何かな?言っておくけれど、返答次第じゃ君のこと殺すから」


 彼女らの鋭い目つきと、それよりも遥かに鋭利な殺気が、それが冗談でないということを告げていた。


「わっ、怖いですねー。でも我が主を殺すとなったら私も黙っちゃいませんよー!」

「……」


 濁った金の瞳のまま腕を可愛らしくブンブン振って彼女が言うが、全員がそれを無視する。

 そして徐ろに隻腕の男が口を開いた。


「……試練の日程を早める理由については説明できないが、あの青年を選んだこと自体に間違いはない」

「ふぅん。だからそれが信用に値しな」

「奴を見出したのは我らではない。『慈愛』だ」

「!!?」


 少女たちは驚いたように目を見開いた。まるで同一人物かのように、リアクションまで寸分たがわず同じに。


「へえ。私たちも稀に提案することはあったけれど、あの子がか。……一応聞いておくけれど、本当なんだね?」

「無論。どうせ彼奴はあの場所にいる。信じられないのならば聞きに行けばいい」


 そこまで聞いて彼女たちは、納得したように頷いた。


「シアはともかく、君はバカじゃない」

「バカじゃないです!」

「すぐにばれるようなつまらない嘘はつかないだろう。それならばまあ、目を瞑ろうかな。……年齢の方は?」

「既に齢十五に達している。」

「ふぅん、ならいいか」


 頷いて二人の翼が消えた。すでに公園全域と見渡す限りのビル群は凍て付き溶かされ原型を留めていなかったが、ともかくのどかな日差しは戻ってきた。


「それじゃあなんだ、次は誰が行くの?一の試練はクリアしたってことでいいよね?」

「むっ。露骨に避けさせようとしていますね!」

「それはそうだろ。君は少し、試練に関係ない他人を巻き込み過ぎる」

「私というのは、どうでしょうかねえ」

「……二でいいだろう」

「ほう!」


 隻腕の男の発言に、双頭の男は驚いたように目を見開いた。


「いやはや冗談で言いましたが、まさか本当に再試練を行わないとは!彼の選択は果たされなかったというのに!」

「そもそも彼奴に一の試練を行うべきかどうかも疑問だった。彼奴は1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()ゆえ」

「ほう、それは本当ですか?」

「本当ですよー。事実彼は選別の試練においても、殆ど迷わなかった。その時点で試練の本懐は果たされていました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 テーゼンシアは飄々と笑みを浮かべて言った。

 少女たちが、お前自分が行けないのに文句言っていたじゃないか!と非難するが、隻腕の男がそれを手で制した。


「無駄な争いはやめるがよい。それでは第七百九十六回目の会議を終えようと思うが、何か発言のあるものはいるか?」

「はいはーい!この前ドラゴンさんに襲われて、つい私たちの目的を教えてしまいました。龍王国がなぜか私たちの動向を調べているようなので、各自気を付けてくださいねー」

「おやおや、それは恐ろしい。ときに、龍神はまだ存命ですかな?」

「天の大海に還りましたよー」

「ならどうでもいいですな」

「ならどうでもいいかな」

「……以上か?それでは会議を終える。各自、来るべき試練の時を待て」


 彼のその言葉と同時に双頭の男は霧のように消え、少女たちは空に飛び立ち、テーゼンシアは手の上の箱の中に消えていった。


「相も変わらず、息が合うのだか合わないのだか分からぬ連中だな」


 隻腕の男はただ一人、荒廃した世界の中で空を眺めた。









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