錬金
臙脂色の絨毯の敷かれた、大きな部屋。壁は金の装飾が施されていて、シャンデリアは蒼の宝石でできている。
そんな豪勢な部屋の中、天蓋のベッドに座って、青髪の少女が何かを考えていた。
「アルマ・ヴェゼガは山を登っている頃か?」
「頂上に至るのもそうだが、青の輝水を持ち帰るのも並大抵のことではない」
彼女は手元にある羊皮紙を眺めていた。
「極めて重い輝水を持ち帰るには一旦錬金するしかないが、錬金難易度は基本的には素材の格に比例して上がる。いかに天才アルマといえども至難の業だろう」
「……とはいえ、貴君が失敗したなら国外の錬金術師に頼るしかないぞ。帝国か、魔王国か」
「アルマ以上の錬金術師。これからの事を考えれば、金を使っている余裕はないというのにな」
その頃アルマは青の輝水で満たされた池を前に、適当な魔石と共に錬金を始めようとしていた。
マナを手に集約させる。
「やるか」
彼は魔石に水を練り込むようなイメージを浮かべながら、マナを流す。流水の絶えず流れるが如き、詰まりのないマナの流れ。
「マナの流れは均等に、かつ大量に」
魔石と水の融合が急速に進む。ところが途中で、目に見えて融合の速度が遅くなる。
「……これは、融合限界か?いや、違うな。不純物のせいで、融合できないんだ」
しかし彼は一切焦っていなかった。
「ならばそれを取り除く」
錬金は『一つ』の素材と魔石を合わせて物を作る技術だ。その素材の一部としてよい場合を除いて、少しの埃が混ざっているだけでも錬金は進みにくくなる。
「水に囲まれている以上、燃焼法は不可能。なら、」
ぴっと、一瞬だけ指を差し入れて空中に幽かに浮かぶ塵を掬った。
「残りは練るだけか。まあこれが一番難しいわけだが……、」
「これだけは、得意だからな」
それから先は一瞬であった。神速の錬金。彼は一切の苦のなく淀みもなく、高難易度の錬金を終わらせて見せた。
彼と戦ったアストラフィアの読みでは難しいはずだったが、あくまでアルマは戦闘者ではなく錬金術師である。
彼の錬金の実力は、彼女の想像をはるかに超えていた。
「……たぶん姉さんなら、入山さえできれば簡単に手に入れられたんだろうな」
「まだまだ精進が足りん」
されど彼は、少しも慢心しない。目指す場所が、錬金の頂きであるからだ。
前に進む、今日も明日も明後日も。
一息ついている暇はなかった。
下山に十分な体力はある。
彼はバッグの中に青の輝水の練り込まれた魔石を放り投げて、それを背負って立ち上がって、
「さて、降りるか」
そう呟いた。美しくも寂しい山頂の湖畔に声が響いた。
降りる際は楽だ。エネルギーが低い状態から高い状態に行く登りと違い、下りでは体力を使いにくい。しかも呼吸が荒くならないからオゾンの影響も小さい。
あらゆる要素が都合がいい(上りのあらゆる要素が都合悪いとも言うが)。降りは膝を痛めやすいが、当然アルマなら自重程度では問題ない。
上りで苦戦した崖も、壁を伝って降りることができる。
果たして彼は、すでにラルクたちの場所まで半分ほどの所まで降りていた。
「万が一、憶が一まだ戦闘が続いていた場合に備えて、急がねばならんな」
「……生きていろよ」
仮面の下の表情は分かりにくかったが、心配しているようにも見えた。
それから約10分。ラルクが負けて、黎音が勝った場合は近づきすぎるのも危ないので、彼らの元々いた場所を遠くから見下ろす。
見下ろして、
「……!」
数百メートル下。平坦地にて、雪のような色の髪をした少女と、橙髪の少年が座って話していた。心なしか、黎音の方も楽しそうに見える。
「……勝ったのか」
その声には驚きも混ざっていた。
「勝ったのか!」
実際は、ラルクは敗北した。黎音から回復魔法を受けたとはいえ未だに怪我は重く、完治させるにはそれなりに長い期間が必要だろう。
ただそれでも、ラルクは黎音を救い出した。アルマは高度のために雲一つない蒼天を見上げて、呟いた。
「奴の夢、」
「本当に叶う日も、来るのかもしれんな」
少しして、アルマはラルクたちと合流した。
輝水を取ってこられたぞと言うと、ラルクは顔を輝かせた。
残りは下山して、王国まで輝水を持っていくだけ。
何事も無ければいいがと、アルマは思った。




