東へ
現在の龍王国。それは大陸極東部の、温暖で急峻な山岳帯に位置している。
現在の龍王国は、古来より外界からの侵入を阻むように聳え立ってきた無数の山々を、200年前『龍神』風見水蓮が夫と共に開山したのがはじまりとされている。
遥かに見渡す風景。鬱蒼たる木々に覆われた蒼の山肌。道の花。
今日では彼女が住んでいたとされる池を聖地として、それを取り囲むように竜人たちの首都龍王郷が存在している。そうして聖地を越え竜王城を越えていくことで、初めて青の輝水のある山に行くことができるのだ。
グローリー王国は大陸西端にある。大陸を横断する遥かな旅路を、アルマとラルクは歩んでいた。
「……」
気だるい暑さが二人を襲う。大陸中央の山脈を迂回するような経路を選んだ結果、南部の赤道付近を通る羽目になった。緯度が高く、冷涼なグローリー王国に住む彼らにとっては中々に辛い物があった。
「……おい、ラルク」
「……何だい?」
「速度を上げるぞ。龍王国に入る前に『七冠聖絶』が襲ってきたら一たまりもない」
それでも彼らは道を急がなければならない。
アストラフィアの話によると、現竜王は聖絶の討伐を目標としているそうだ。おそらく、数百年前の竜王たちが聖絶に殺されたという確執が理由だろう。
ゆえ、ラルクに彼女らが近づいてきた際には討伐をしてくれるとの言質を取ることもできた。
「竜王とて奴らに勝てる保証はないが、それでも人類側で最大の戦力であることに変わりはない」
「そうだな。それにたぶんだけれど、聖絶たちは大挙して来はしないはず。魔王と並んで世界最強と名高い竜王に加え、多くの戦力がいる状況なら勝てる」
そのため彼らは出来る限り道を急ぐ。幸い、葬式の当日に抜け出してくることは想定外だったろうから、捕捉されている可能性は低いだろう。
最後に人が通ったのはいつごろか。
微かに街道の跡が残っているが、おおむね土や草草に掻き消されたその道を彼らは進んでいく。
……大自然の力が、人智を越えているとはよく言われることだ。
長い年月で風雨は建物を朽ちさせ、最後にはただ山河のみを残す。虫の運ぶ伝染病は容易く人の命を奪い、赤竜の炎は人間を死した証拠すら残さず燃やし尽くす。
そんな大自然を往く旅とは本来命がけの行為だ。魔物に襲われるのはもちろん遭難や怪我、食料の不足など問題は挙げればきりのないほどである。
ただそれらの問題は、アルマとラルクには無縁のものだった。なぜなら、
「おっと、グリーンジャガーか」
「倒すか?」
「いや、出来る限り殺生はしたくない。レッドドラゴンと違って脅威でもないしね」
彼らは大自然を乗り越える強大な力を持っていた。
それで誰を、救えたわけでもないが。
歩き疲れて、さびれた町の広場の中心で、彼らはどこまでも広がる夜空を見上げる。
「なあ、アルマ」
「どうした?」
「俺はさ、レイシア様をよみがえらせようとは思わないんだ」
「……」
唐突な話題だった。アルマは仮面の内で静かに目を細める。
「なんの話だ?」
「なんの話でもない。強いて言うなら、アンタに聞いていてもらいたい話かな」
「……」
「話を続けるよ。俺はレイシア様に生きていてほしいし、また会いたい。別れて数日でこんな話をするなんて変なことだと思うかもしれないけれど、これは俺にとっての話じゃないんだ」
ラルクは遥かに頭上に光る一等星を見つめて、
「それでもさ、俺はあのお方を生き返らせはしない。仮に目の前にエリクシールがあったとして、あの人には使わない」
「……なぜだ」
「多分さ、違えてはいけないラインなんだと思う。人をよみがえらせるってのは」
「……」
その時アルマが珍しく、怒りをあらわに語気を強めて言った。
「それを俺に言うか?誰もを助けるなどという、夢物語を語るお前が?そも、人を助けるも、よみがえらせるも、同じだろうに」
彼は姉を蘇らせるという大望を否定されているように感じたのだろう。
ただラルクはそれにひどく悲しそうな、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「終わりがないんだ」
「それには、終わりがないんだ。そして責任ばかりが、重く積み重なっていくんだ」
アルマは瞠目した。
それだけ言うと、ラルクは立ち上がって宿の方へと向かった。
ただ一人、無人の広場にアルマが取り残される。
「……」
アルマは彼の言っていたことを反芻する。
聡い彼のことだ、彼の言わんとしていることは分かった。
蘇らせた死者が再び亡くなったとき、それを蘇生させた者はどのような行動をとるだろうか。答えは簡単、また蘇らせるのだ。
それだけならまだいいが、アルマにできることはアルテラにも行えると考えるのが妥当だろう。ループする。
その歪んだ輪廻の終着点は、どこであるのだろうか。
「たぶん関係性の破綻、なんだろう」
それは酷く悲しい事だ。たぶん普通に死に別れるより、ずっと。
ラルクも決して頭が悪いわけではないが、アルマはそれより遥かに頭が良い。
そんなこと、決して考えようとはしなかったが、心の奥底ではとっくの昔に分かっていた。
「……どうして日常はこうも脆く、一度崩れ去ったら戻らないのだろうな」
無数の星が彼を見つめていた。あの中にアルテラもいるのだろうか。
もしいるのだとしたら、あの人は俺を止めようとするのだろうなと。
彼はアルテラの語った責任とは矛盾していることを思った。




