終章 人類の未来③
「しまった」
カレンが舌打ちをした。
「やられたわね」
ターニャが冷静な口調で言うと、「やれやれ」桜井がため息をつく。
足許が揺れ、今にも床が崩れ落ちそうになる。
五人は示し合わすことなく、屋上へと向かって走り出した。
カレンが、駆け上がりながらリュックに手を入れる。
「出たでっ! なんでもリュック」
悟が、嬉しそうに叫ぶ。
「なんでもリュック?」
三人は歩を緩めず、怪訝な目を悟に向けた。
「そうや。カレンのポケットやリュックからは、その場でほしいものが、なんでも出てくるんや。まるで、どこかの猫型ロボットの四次元なんとかみたいにな」
悟が目を輝かせて、無邪気な声で三人に説明する。
桜井とヒューストンはわけがわからないような顔をしたが、ターニャにはわかった。
カレンは、自分が赴く先に何が待ち受けているのか予測して、必要と思われる準備を万端に整えているのだ。
単に戦闘好きの荒っぽいだけの女ではないとは思っていたが、そこまで緻密で狡猾な部分を併せ持っているとは思わなかった。
ターニャは、いずれカレンと決着をつける日が、ますます楽しみになった。
悟が嬉しそうに説明している間に、カレンはリュックから、お目当てのもを取り出していた。
それを、ターニャと桜井とヒューストンに放った。
それは、鞭のようなものだ。
三人は、それをどうするとは訊かなかった。
「やっぱり、それか。しかも、ご丁寧に人数分あるやん」
こんな時でも、悟は緊張感がない。
カレンとターニャは微笑んだが、桜井とヒューストンは呆れていた。
五人が屋上に出たとき、建物が崩壊を始めた。
「サトル、わたしにしっかり捕まって。離しちゃだめよ」
カレンが言い終わらぬうちに、悟はすでにカレンの腰に腕を回していた。
なにせ、二回目である。慣れたものだ。
そのせいか、はしゃぎ過ぎてしまい、勢い余ってカレンの胸を、悟の両の手のひらが包んだ。
「バカ!」
カレンが顔を赤らめる。
「こんな時でも、仲がいいわね」
ターニャは、心底呆れた顔をしている。
そんな悠長なことをしているうちに、建物が断末魔の悲鳴をあげながら崩壊し始めた。
止めを刺すように、三階から凄まじい爆音が轟く。
四人と一人は、爆風を追い風にして、身を躍らせた。
落下しながら、奇跡的に破壊されずに残っている電線に、鞭を走らせる。
四人とも、うまく電線に鞭の先を絡ませた。
「ひゃっほう」
もう、悟の歓喜の雄叫びを聞いても、カレンは驚かなかった。
みなが見事に着地を決めたが、悟だけはカレンの邪魔にさらないように、着地の寸前で手を離したため、尻もちをついた。
「あイタタ…」
悟が、尻をさすりながら立ち上がる。
「揺られているとき、ひゃっほうって叫んでなかった?」
ターニャが、呆れたように悟に問いかける。
桜井とヒューストンは、薄気味の悪そうな目で、悟をしげしげと見ている。
「そんなことにいちいち驚いてちゃ、サトルと一緒に暮らせないわよ」
「カレンには、言われたないで」
すかさず、悟が突っ込みを入れる。
知れば知るほど、悟の得体の知れなさが増幅してゆく。
一筋縄どころではいかない連中が、悟という男を測りかねて、戸惑った顔をしている。
なにかを感じ取ったように、カレンが眉をぴくりと動かした。と同時に、咄嗟に悟を突き飛ばして、自分も横に飛ぶ。
刹那、二人の居た空間に、幾つもの銃弾が飛んできて、路上にめり込んだ。
その時には、あとの三人も、身を投げ出していた。
五人が居た場所に、次々と銃弾が降り注ぐ。
「東京のど真ん中で、市街戦かよ」
桜井が路地裏に身を隠しながら、忌々しそうに呟いた。
「なんで、建物に入る前に襲わなかったんやろう? その方が、不意を突けたはずやのに」
こんな時でも動じることなく、悟は首を捻っている。
隣接するビルの残骸に銃弾が集中し、五人の身体には、細かいコンクリート片が降り注いでくる。
「シホの仕掛けた罠にやられるのを、期待してたんでしょ。その方が、手間が省けるからね」
カレンが、髪についたコンクリート片を払いながら答えた。
「同感」
ターニャが頷く。
「それより、どうするよ。これじゃあ、身動きできないぜ」
間断なく降り注ぐ銃弾に、反撃の糸口を掴めず、桜井が歯ぎしりした。
「任せといて」
カレンが満面の笑顔を見せ、リュックから、またなにかを取り出した。
「こんどは、なんやろ?」
悟がわくわくした顔で、カレンの手元を除きこむ。
(この男の精神構造は、一体どうなっているの?)
プロでも、こういった極限状態に強いものは少ない。
カレンと自分は、世界の三凶と謳われるほどの人間だ。桜井も傭兵で鍛えている。ヒューストンも、相当の場数を踏んでいるだろう。
それが、ただの民間人なのに、まったく動じていないどころか、楽しんでいるようにすら見える。
これまで、悟の非凡な一面を、数々見てきたターニャだが、悟の底の知れなさに、初めて戦慄を覚えた。




