終章 人類の未来④
カレンが取り出したのは、ミニ四駆だ。
「それも、スパイの常備品なんか?」
悟が、楽しそうに訊く。
どう使うのか、わくわくしているのだ。
「当然じゃない。そうでないものを、わたしが持つと思う?」
悟の心情がわかっているので、カレンは得意そうな顔をする。
路上に置かれたミニ四駆を、ターニャと桜井は怪訝な目で見つめている。
ヒューストンは、あまり驚きもしていない。
カレンの上司だったというのもあるが、それ以上に、悟に驚きを覚えていたからだ。
敵の銃撃は、二方向から行われている。
片方は、カレン達が潜んでいる路地裏の左手のビルの陰から。もう片方は、右手のビルの一階と二階からだ。
カレンは、もう一台リュックから取り出した。
二台のミニ四駆の上部を取り外す。
中には、白い布状のもので包まれた四角い塊が二個置かれてあった。
「C4ね」
ターニャの目が輝いている。
「元はね。それに、わたしが改良を加えているの」
「C4って?」
悟が訊いた。
「プラスチック爆薬よ」
二個の塊を外して、車の底部になにやら取り付けながら答えるカレンに、悟が納得のいかない顔をする。
「プラスチックが、爆発するんか?」
「バカね。プラスチックが、爆発するわけないじゃない。プラスチックっていうのはね、粘土のように簡単に変形できることから来ているの。可塑性っていうんだけどね。ダイナマイトなんか比べ物にならないくらい、凄い威力なのよ」
「ふーん」
悟は、わかったようなわからないような顔で頷いた。
「そやけど、そんなん持ち歩いとって、なんかのはずみに、爆発せえへんか?」
「大丈夫よ。信管を付けないと、爆発しないわ」
「ふーん」
またもや悟は、わかったようなわからないような顔で頷いた。
「もっとも、これくらいの量で、あのビルを吹っ飛ばそうなんて無理だけどね。でも、これはわたしの取って置きだから大丈夫」
そう言って、カレンがにやりと笑った。
ポケットから小型のリモコンを二つ取り出すと、ひとつをターニャに渡した。
「右手を任すわ。目的地に着いたら、わたしの合図と共に、横のボタンを押してちょうだい」
ターニャは黙って受け取り、静かに頷いた。
「ゴー!」
カレンが、子供のような無邪気な声を出した。
二人の操縦の腕前は相当なものだ。
敵に気付かれぬようビルの下を縫って、敵の居る建物へと近づいてゆく。
「こんなシーンを、どこかで見た覚えがあるぞ」
桜井は記憶をまさぐるような遠い目で、走りゆくミニ四駆のテールを追っていた。
「そうだ。ダーティハリーっていう映画のシーンにあったんだ。確か、テロリストがラジコンカーを車の下に潜らせて、爆破するような場面があったな」
「五作目ね」
ターニャも知っていたようだ。
「そうなの?」
当のカレンだけが、知らないらしい。
「それからヒントを得たんじゃないのか?」
「別に、映画なんて見なくても、これくらい、誰でも思いつくわよ」
「いや、思いつかんやろ。たとえ思いついてもやな、それを作って持ち歩く奴は、そうはおらんで」
「だから、男は細かいことを、いちいち気にしちゃ駄目っていってるでしょ」
悟の突っ込みを、カレンがお決まりの台詞で片づけた。
「だいたい、あの手の映画なんて、非現実過ぎて、見ていられたものじゃないわ。あんな撃ち合いなんて、あるわけないじゃない」
「同感ね」
ターニャがdふ同意する。
「それを、君らが言うか?」
呆れた顔で、桜井がカレンとターニャを見る。
「桜井さん。彼女らの言うのは、映画のような撃ち合いは、大人し過ぎるっちゅうことや。彼女らを見てたらわかるやろ」
「杉村の言う通りだな」
悟の言葉に頷いた桜井が、カレンとターニャに睨まれた。
「わかってるで。男が、細かいことをいちいち気にすんなって言いたいんやろ」
「わかってればいいのよ」
そんな緊張感のない会話を交わしているうちに、二台のミニ四駆は、敵に気付かれることなく、目的の建物に着いた。
「グッバイ」
カレンが朗らかに言って、リモコンの横のスイッチを押す。
同時に、ターニャも押した。
一瞬にして二つのビルは崩壊し、銃撃がぴたりと止んだ。
「すげえな」
桜井が、驚きの声をあげた。
長年傭兵をしてきた桜井も、あれだけ小型で、これだけの破壊力の爆薬は見たことがない。
「よく、あんな破壊力のあるもの作ったわね」
戦闘に関してはカレンに引けを取らないと思っているターニャだが、パソコンの腕前や、高性能爆薬を自ら作り出すカレンの頭脳に、少し敗北感を味わっていた。
(こんな危険な女が日本に居たんじゃ、日本も安泰ではおれんな)
桜井はこの件が片付いたら、一刻も早くカレンを日本から追い出したほうが良いと思った。
「さあ、シホとご対面といきましょ」
言って、瓦礫と化した建物に踏み出したカレンの足が止まった。
背後で、悟のうめき声が聞こえたのだ。
振り返ると、悟の喉に劉の左手が巻かれ、こめかみに拳銃を突き付けられていた。
「いつのまに?」
ターニャが悔しそうな顔する。
カレンにせよ、ターニャにせよ、桜井にせよ、決して気を抜いてはいなかった。
ヒューストンもだ。
戦闘の最中であっても背後に気を配っているし、無駄な話を交わしていても、油断はしていない。
それが、四人に気取られることなく、背後を取られたのだ。
劉は、怒りに燃えた目で、四人を睨んでいる。
「銃を捨てろ」
金属が擦れるようなかん高い声で、劉が命令する。
四人は、劉が背後から撃たなかった理由を理解した。
部下を全滅させられた復讐というより、あれだけ大勢の部下を持ってしても、いとも簡単に全滅させられたことに、屈辱を覚えているに違いない。
だから悟を人質に取り、四人に武装解除させた上で、なぶり殺しにしようと思っているのだろう。
「捨てたらあかんで」
締め付けられた喉から、悟がしわがれた声を振り絞った。
「どうせ、俺も殺されるんや。俺のことは気にせんと…」
そこまで言った時、劉の左腕に一層力が加わった。「グェ」と呻いた悟の顔は赤くなり、直ぐに青くなっていった。




