終章 人類の未来➄
「サトルから、手を離しなさい」
言ったカレンの声は、怒りに震えていた。
「おまえの弱点は、わかっている」
劉が、唇の端をわずかに吊り上げた。
「こいつを助けたければ、銃を捨てろ」
「卑怯な」
桜井が唸った。
ターニャも、眦を吊り上げている。
劉は悟の身体を完全に盾にしており、悟をはずして劉を撃つには、いかなターニャでも難しかった。
いつものターニャなら、悟を犠牲にしてでも、躊躇わずに撃っていただろう。
だが、ターニャは、悟にいくつか借りがある。
それに、なぜか悟を犠牲にする気にはなれなかった。
桜井もターニャも、カレンの出方を窺うしかなかった。
カレンの出方は、二人の想像を超えた。
劉に向かい、平然と銃を構えたのだ。
「もう一度言うわ。サトルから手を離すのよ。さもないと、撃つ」
「強がりはよすんだな」
劉が、小馬鹿にしたようにせせら笑う。
桜井とヒューストンは、カレンの言葉がはったりかどうか判断がつかなかった。
しかし、ターニャには、カレンが本気で言っているとわかった。
悟を犠牲にしてでも、劉を撃つつもりなのだ。
それが、次の言葉で証明された。
「強がりなんかじゃない。サトルが言ったとおり、あんたはわたし達が銃を捨てても、サトルを殺す。わたし達を殺した後でね。それに、自分のせいでわたしが死ぬのを、サトルは耐えられない。わたしは、サトルをそんな目に合わせたくない。だから、サトルを殺したければ殺しなさい。その代り、あんたは楽には死なせない。早く殺してくれと請い願うほど、時間をかけて切り刻んでやる」
桜井とヒューストンが、息を呑んだ。
並みの人間なら、言う通りにしたところで殺されるとわかっていても、人情が邪魔して抗えないものだ。
自分の命が惜しくて言っているのではないことは、カレンから噴出する気迫に現れている。
カレンは、悟が殺されたら、劉を倒した後に、自分も死ぬ気なのだろう。
(こんな愛の形もあるのか。いや、これこそが、本当の愛かもしれない)
桜井は、これまで恋愛というものには、甘ったるい印象しか持っていなかった。
こんな世界で生きていくには、愛なんて邪魔なだけだと。
しかし、今のカレンを見ていると、愛もまた戦いなのだということが、痛いほどよくわかった。
なぜ、カレンのような女が、男を好きになったのか。
これまでは理解できないでいたが、カレンは違うフィールドで戦っていたのだ。
決して勝敗のつかない、永遠の闘いを。
ターニャも、恋愛に関しては、桜井と同じように思っていた。
そのターニャの価値観を、カレンは根底から変えた。
(自分に、ここまでの勇気があるだろうか?)
胸に問いかけたが、答えはノーだった。
勝てるわけがない。
それを、思い知らされた。
ここまで命を懸けて愛を貫くカレンに、いくら頑張ってみたところで、自分には到底及ばない。
悔しいが、なぜか心には、爽やかな風が吹き抜けていた。
ヒューストンは、これまでの悟を見、今のカレンの言葉を聞いて、カンパニーを抜けた理由を、初めて理解できた。
劉も、カレンが本気だとわかったようだ。
カレンの迫力に気圧され、一瞬の隙が生じ、悟を締める腕の力が少し緩んだ。
その一瞬の隙を突いて、悟が動いた。
首が絞まるのも構わず、悟は顔を前に突き出した。
それを押えようと、劉が再び腕に力を入れた瞬間、その力を利用して、悟は後頭部を思い切り劉の顔面に叩きつけた。
同時に、両手で劉の右腕を持ち上げる。
それらの一連の動作を、一片の迷いもなく、迅速にやってのけた。
劉の銃が、空に向かって続けざまに吠える。
悟が、もう一度劉の顔に頭を叩きつけた。
だが、そこまでが限界だった。
再び劉に首を絞められ、劉の腕を押える力が弱まった。
劉の右腕が悟の手首に逆らい、銃口が徐々に悟の顔に向いてゆく。
もう少しで、悟の頭に向けられようとしたとき、カレンの肘が劉の頭頂部を襲った。
悟が、最初に劉の顔に後頭部を叩きつけた瞬間、カレンはダッシュしていた。
そして、人間離れした跳躍力で宙を舞い、劉の頭頂部目がけて、肘打ちを喰らわせたのだ。
劉より遥かに体重が落ちるとはいえ、カレンの全体重を乗せた肘打ちに、劉が呻き声をあげ、たたらを踏んだ。
そこへ、カレンの肘が、劉のこめかみを打つ。
劉の意識が、一瞬吹っ飛びかけた。
悟に巻き付いた腕から、力が抜ける。
悟は素早く、劉の腕から脱出した。
最後の気力を振り絞ったのだろう。
悟は、その場にくずおれかけた。
その悟を、ターニャが素早く抱え起こし、桜井に渡した。
ターニャは、悟の盾となるように、桜井と悟の前に立つ。
その手にはすでに銃が抜かれ、劉に向けられている。
「手出しは無用よ」
カレンが、切り裂くような声で言った。
「するつもりはないわ。存分にやってちょうだい」
ターニャが、クールな口調で返す。
「礼は言わないわよ」
カレンが、劉の手首を蹴り上げた。
銃が劉の手を離れ、宙に舞う。
「だけど、サトルを守ってくれていることには礼を言う」
反撃してきた劉の拳を躱しながら、カレンが息も切らさず言った。
「サトルには借りがあるからね」
そう答えると、ターニャは手で桜井に合図をし、二人の戦闘の場から離れるように後退した。




