第15章 天使と悪魔⑥
人類にとって、最大の危機を迎えるまで、あと5時間に迫った。
そんなことを何も知らない人々は、久しぶりに訪れた平和を、心の中ではびくびくしながらも喜んでいる。
人間の性というべきか、多くの人々は、起こってほしくないことを、起こらないと思い込む。
いわゆる、現実逃避という奴だ。
そういう人に限って、いざ事が起こると、パニックに陥り易い。
言っても仕方がない「タラレバ」を連発し、誰かのせいにしたがる。
どこまでも、現実と向き合おうとはしない。
もちろん、そうでない人もいる。
そういった人間が、現在、志保の起こした数々の事件を解決すべく、昼夜を分かたず取り組んでいる。
あと5時間で、人類が滅亡にまで追いやられようとは思ってないものの、このままでは済まないということはわかっていた。
多くのハッカーも、志保の影を追跡していた。
彼らは、人類の危機を救うという意識より、自分を超える者が許せないのと、パズルを解くような楽しみの方が強かった。
志保は、あれから、くつろいだ時を過ごしていた。
一時のように、憎悪に燃え盛る目はしていない。
今の志保は、どうしても人類を滅ぼしたいという気持ちは薄れている。
最後の最後に、人間の運に委ねようと思っていた。
カレンの調査をした時から、そんな気持ちになった。
カレンの過去はわからないものの、エージェント時代にカレンが行ってきた事については、ある程度掴んでいた。
トップシークレットだっということもあり、すべての記録を残しているとは思えないが、それでも、彼女がやってきたことは凄まじかった。
彼女が本気になれば、それこそ人類を滅ぼしかねないのではないか。
志保は、そう感じた。
志保における良心が瑞穂だったように、カレンにおける良心は悟だ。
大阪でのカレンを監視しているCIAと公安の記録をハッキングした結果、志保は確信していた。
悟に何かあれば、誰も手が付けられないだろう。
その場合、自然や他の動植物なんてどうなろうが、一切頓着しないと思える。
どちらも悪魔だ。
だが、志保が人類を滅ぼせば、志保は自然や動植物にとっての天使となり、志保の企みを阻止すれば、カレンは人間にとっての天使となる。
成功した方が、天使になれる。
「面白い」
志保が呟いた。
どちらが、悪魔か天使か。
あと5時間で、結論が出る。
志保は、それまでの時を楽しむことにしていた。
「わかったわ」
カレンがキーを打つ手を止めて、モニターを凝視する。
「どこだ?」
「ここよ」
声を揃える桜井とヒューストンに、モニターに映る赤い印を指さした。
そこは、池袋の西口にある繁華街から、少し外れたところだった。
「なんと、大胆な」
桜井が呆れる。
「木を隠すなら森の中って言うでしょ。シホは、あなたの教えを忠実に守ったのじゃない?」
皮肉な目でカレンに見つめられて、ヒューストンは肩をすくめてみせた。
「嫌な予感がする」
ターニャの言葉に、カレンが頷く。
「ぐずぐずしてはいられないわ。行くわよ」
カレンが、勢いよく立ち上がった。
志保の仕掛けたウィルスが流されるまで、あと90分となっていた。




