第14章 騙し合い⑦
桜井は慌てず、緒方の手を払いのけて、銃把で緒方の側頭部を殴打した。
緒方が、白目を剥いて昏倒する。
「バカは、どこまでいってもバカね。救われないわ」
カレンが軽蔑を込めた目で、倒れた緒方を見下ろした。
その時、緒方の頭が吹き飛んだ。
続いて、スコットの頭からも脳漿が飛び散った。
傍らに立って、銃を突きつけていたヒューストンの顔に、スコットの脳漿と血しぶきが降り注ぐ。
カレンが悟を突き飛ばして、自信も横っ跳びに飛んで転がる。
ターニャと桜井も、カレンと同じ行動を取った。
スコットの血で目を塞がれたヒューストンも、咄嗟に身を伏せた。
ヒューストンを覗く三人が、入り口に向かって銃を向ける。
しかし、そこに人はいなかった。
それを見てとって、カレンが立ち上がる。
銃を下ろし、スコットに近づいた。
「赤い金貨もやるわね」
スコットの頭の破片を観察したカレンが、しかめた顔を上げた。
「なにが、起こったんや」
悟は、わけがわからない様子で、カレンに尋ねる。
「この二人は、頭に小型の爆弾を埋め込まれてたのよ。裏切ったり、敵に捕まって拷問を受けたりした時、組織のことを喋らないようにね」
「えげつないことをするもんやな」
そう言ってから、はたとあることに気付いたように、怪訝な顔をする。
「それやったら、なんで、高柳はんは、頭を吹っ飛ばされへんかったんや?」
「脳波で感知しているわけじゃないからよ。そんな技術は、まだないし。多分、近くからリモコンで操作しているだけね」
「そうか。公安に入り込むのは難しかったというわけか」
「それもあるでしょうけど、まだ、彼の正体がばれたとは気づいてなかったんじゃない」
「じゃあ、なんで、この二人は…」
言いかけた悟の言葉が止まった。
部屋全体が、異様な雰囲気に包まれたからである。
その源は、ターニャだった。
ターニャの全身から、凄まじい殺気が放たれている。
それは、妖気といっていいものだった。
桜井が、反射的にターニャに銃口を向けた。
カレンがその手を押さえて、桜井の銃口を下げさせた。
「心当たりがあるようね」
ターニャに向けた、カレンの目が笑っている。
「大ありよ。直ぐに本国に帰って、ニコルに償いをさせてやる」
いつも冷静なターニャにしては、珍しく怒気を含んでいた。
「まあ、そう慌てないの」
カレンは全てを察していた。
ここに来る途中、ニコルからターニャに、途中経過を求める連絡があった。
ターニャは、よほどの事がない限り、ミッションが終わるまで連絡を入れない。
邪魔をされたり、指図されるのが嫌いなのだ。
そんなことをされれば、即座に任務を降りてしまう。
ニコルも、そのことはよく知っているはずなのに、今回に限って報告を求めてきた。
考えられることは、ただひとつ。
ターニャの上司のニコルも、赤い金貨の一員で、今回の件に絡んでいたのだ。
カレン達が部屋を出ていった後、高柳が連絡を取ったに違いない。
それで、ニコルが状況を知りたくて、ターニャに連絡した。
ロシアも爆弾騒ぎで大変な目に遭っており、大統領に報告を求められたからというニコルの言葉を信じて、ターニャは無愛想ながらも状況を報告した。
「あなたの言う通りよ」
カレンが自分の考えを述べると、ターニャが頷く。
「それしか考えられない」
「酷い話だな。日本も、アメリカもロシアも、一体、どうなっちまったんだ」
桜井の顔に、憂いが満ちている。
「フン、人間なんて、そんなものよ。自分の欲望の前には、国家なんて関係ないの」
カレンが鼻で笑う。
「桜井さん、カレンの言う通りや。悲しいけど、それが現実や。今の世の中、政治家になろうちゅう人間は、そんな奴が多いと思うで。仮に、純粋に国家や国民のことを思っているお人には、風当たりがきついんちゃうかな」
悟が桜井の肩を叩いて、慰めるように言う。
「サトルの言う通りね。今の世の中、そんな純粋な人間は、直ぐに叩き潰されるわ」
顔を拭い終えたヒューストンが何か言いかけたが、口を噤んだ。
ヒューストンは、本当に国家のことを思っている。
だから、悟やカレンの言うことは、心底理解できる。
彼もまた、欲の皮の突っ張った連中に、幾度も汚い罠に嵌められそうになってきたのだ。
彼がエージェントからの叩き上げでなかったら、今頃とっくに潰されていただろう。
「とにかく、今は、そんなことを嘆いていても始まらないわ」
カレンが、桜井からターニャに顔を向けた。
「ターニャ、落とし前はいつでもつけられるわ。その前に、この馬鹿騒ぎを終わりにしない? ニコルに一泡吹かせてから、落とし前をつける方が楽しいでしょ」
「それはいいけど、シホの居場所は掴めるの?」
「任せといて」
カレンが、自信ありげに頷いた。




