第14章 騙し合い⑥
「そいうことか。それで、ヒューストンを殺したように見せかけて」
スコットが、顔をしかめて唸った。
「そう、あなたを安心させるためにね。まんまと引っ掛かってくれたわ」
「おまえが裏切り者だと聞かされたときは驚いたよ」
ヒューストンが渋い顔をして、カレンの後を引き取った。
無理もない。
これまでスコットは、ヒューストンの忠実な部下だった。
いや、スコットが忠実な部下を演じていた。
エージェントから叩き上げてきたヒューストンだが、どこか人の良いところもあった。
カレンもそれを認めていたので、ヒューストンの家に押し入ったとき、殺さずに済ましたのだ。
「しかし、サトルの裏切りが演技だと、どうしてわかった。サトルは、おまえとは打ち合わせをする暇などなかったはずだ。おまえは、私のやり方を見抜いていたのか」
「大体はね。あなたは、小さな頃から陰険だったからね。そんなあなただから、サトルと二人にしてあげれば、うまいことを言って、サトルに裏切りを持ちかけるんじゃないかと思ったのは確かね」
「あの公園での諍いは、演技だったってわけか」
カレンはそれには答えず、うっすらと笑みを浮かべただけだ。
「わたしは、サトルに一億円をくれてやると言ったんだぞ。本当にサトルが裏切っていたら、どうするつもりだったんだ」
「どんな条件を出しても、サトルは絶対に裏切らないわ」
自信を持って言い切るカレンに、
「金より、命の方が大事やからな」
悟の言葉が続く。
そんな悟に、カレンは微笑みを投げかけた。
「私は、あなたに殺されるのなら本望よ」
カレンの言葉に、居合わせた皆が驚いた。
悟だけは、照れて俯いている。
「凄えな。カレンにそこまで言わせるなんて。一体、おまえは何者なんだ」
桜井が、眼を丸くして悟を見る。
「ただの民間人や」
胸を張って、悟が答える。
「それにね、あなたに連絡したとき、サトルに代わったでしょ。そのときに、サトルはちゃんと教えてくれたの」
カレンが、話を本題に戻す。
「馬鹿な。サトルは、そんなことは一言も話していなかったはずだぞ」
「言うてたで。カレンが俺にくれた本を持ってきてって。それに、そのお返しにカレンの好きな寿司を奢るってな」
「本? スシ? 確かにそんなことを言っていたが、それで何が伝わるんだ? そうか、暗号を決めてたのか」
「いいえ、暗号なんて決めてないわよ」
「じゃ、どうして?」
納得がいかない様子のスコットに、悟が答える。
「カレンはな、寿司が大っ嫌いなんや。それを、よう知っとる俺が、お礼に寿司を奢るなんて言うわけないやろ。それで、俺が裏切るぞと教えたんや。それにな、俺はカレンから防弾になるからって、雑誌を二冊渡されたことがあってな。実際、それのおかげで死なずに済んだんやけどな。そやから、カレンから貰った本を持ってきてと言ったんは、俺がカレンを撃つという意味で言ったんや」
「そんなことで、カレンに通じると思ったのか?」
スコットは、驚きを通り越して呆れている。
「ああ、カレンなら、絶対わかってくれると信じとった」
悟が、自信を持って言い切った。
「実際、わかったもの。だから、防弾ベストを身に付けてきたのよ。ご丁寧に、血糊まで用意してね」
「防弾ベスト? 雑誌を入れてるんやなかったんか」
悟がカレンを振り返って、素っ頓狂な声を上げた。
「だって、サトルが撃つんじゃ、どこに当るかわからないもの」
カレンが、すました顔で返す。
「どこに当るかわからへんって、確かにそうやけど」
悟が、少し傷ついた顔をする。
「いい加減にしろ」
その場にいる者を置き去りにした緊張感のない二人の会話に、今まで黙っていた緒方の怒りが爆発した。
「おまえは、黙ってろ。後で、じっくりと話を聞いてやる」
桜井がドスの利いた声で言って、緒方を睨みつけた。
桜井は緒方に、ヒューストンはスコットに銃を突きつけている。
「愛国心なんて言葉を平気で口にする奴に限って、ろくな奴がいないって、私が言った通りでしょ」
カレンは緒方を見ながら冷然と言い放ち、再びスコットに顔を向けた。
「これでわかった? あなたを捕まえて尋問しても、本当のことは言わないと思ったから、こういう芝居を打ったってわけ。どう、私のお芝居。アカデミー賞ものだったでしょ。口に血糊の入ったカプセルまで仕込んだんだもの」
カレンがにこやかに言ったあと、直ぐに真顔になり、突き刺すような視線でスコットを睨んだ。
それから、嫌悪感を露わにした口調で言う。
「あなたが、修羅場を潜り抜けてきたプロだったら、私の流している血が本物かどうか、容易に見分けがついたはずよ。そんなこともわからないあなたが、わたしのようなエージェントを仕切るなんて、無謀にもほどがあるわね」
「……」
スコットは唇を噛みしめながら、凄い目付きでカレンを睨みつけている。
何か言いたそうだったが、唇がプルプルと震えるだけで、言葉は出てこない。
「おまえの演技も、大したもんだったぞ」
桜井が悟の肩を叩いてから、「さて緒方、おまえは、俺がとっくりと調べてやるから、覚悟しておけ」ドスの利いた声で、緒方の頭を小突いた。
「待ってくれ、桜井さん。俺は、こいつに脅されていただけなんです」
スコットを指差しながら、緒方が哀れな声を出す。
「何を、言ってやがる。おまえのことは、高柳から聞いたよ。奴は、逃れられないと観念したのか、潔く自分でけじめをつけた」
桜井のはったりに、緒方が乗った。
「嘘だ。俺は、あの人の子飼いだぞ。そんな俺を、あの人が売るなんて、ありえねえ。それに、あの人は、潔くけじめをつける人じゃあねえ」
「おまえは、バカか」
桜井が、苦笑を漏らす。
悟は呆れた目で緒方を見、カレンとターニャは、冷ややかな眼差しで緒方を見ていた。
「スコット、お前は俺だ。覚悟しておけ」
ヒューストンが、スコットに向けた銃を、わずかに持ち上げてみせた。
その時、緒方が雄たけびをあげながら,、桜井の銃を奪おうと、手を突き出した。




